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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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人生の実とベリーケーキ(1)

 世間ではゴールデンウイークが始まったらしい。真緒は観光がてらリゾートバイトにも行ってしまい、再び明日香はシェアハウスで一人暮らし状態だった。


「まあ、ちゃんと働いた分の給料は入ってるね。残業代も」


 そんな中、明日香はネットで口座をチェックした。会社から給料の振り込みがあった。転職サイトの口コミによると、残業代を出さないトラブルもあったらしい。こうして振り込みがあった事は救いだ。明日香はひとまずホッと出来ていた。


 自室から共用スペースのキッチンへ行き、お湯を沸かしてコーヒーを飲む事にした。


 今は午前十時だが、フィーカとしよう。あのカフェで働き始めてから、明日香もすっかり感化されたらしい。それに今はあの会社から辞められて、ゴールデンウイーンも始まり余計に安堵するぐらい。


 残念なのは店長は忙しい事だった。ゴールデンウイーク中は、子供達とのキャンプのイベントや日本各地で宣教イベントもあり、ゴールデンウイーク中はカフェもお休み。


 こんな稼ぎ時に休むカフェはどうかとも思うが、店長らしいのかもしれない。


「あれ? 私、なんで店長の事ばかり考えているんだ。あーお湯入れなきゃ!」


 キッチンでドリップバック式のコーヒーを淹れ、リビングのソファへ。今日は北欧の菓子やパンは無いが、クッキーを二枚、コーヒーカップのソーサーに乗せて、フィーカを楽しんだ。


「はあ、美味しい」


 今日はいい天気だ。風も心地よく、空も綺麗な青空。


 そんな天気の中、家で一人でコーヒーを飲んでいる。


 派手な時間でもないが、ホッとため息が出た。あの会社から離れられたと思うと、肩から力が全部抜け落ちそう。


 ゆっくりとコーヒーを啜る。ほろ苦いいい匂い。


「ほぉ。美味しい」


 気づくと、明日香の右手の腫れもすっかり引いていた。皮膚科にも一応行ったが、会社で使っていた石鹸類が合わなかったのだろうと医者の説明を受けた。また、ストイレスも大きく影響していただろうとも言われ、軟膏も出されたが、もう跡形もなく綺麗になった。


「はぁー。リラックスしたー!」


 そうは言ってもいつまでフィーカをやっているわけにもいかない。コーヒーを全部飲み切ると、コップ類を片付け、再び転職サイトで求人閲覧する事に。


 一人でスマートフォンを操作しつつ、求人票をにらめっこしているが、何を見てもピンとこない。中にはゲームしているだけで月収四十万円の正社員の求人もあったが、怪しい。あとはアットホームや人間関係の良さを強調するような求人もゲンナリとする。今思えば、職場の人間関係が良いのは当たり前の事。もしカフェに求人が出たとしたら、店長はわざわざそんな記載はしないはず。


 他にも食種や給料、待遇なども度外視しながら求人を読み漁ったが、応募したい会社がゼロだった。


 こんな事は初めてだ。いつもだったら、無理矢理にでも応募し、嘘くさい志望動機を書き上げ、自己PRも作っていたのに。


 今はどんなに良い待遇に求人を見てもピンとこない。無理矢理応募しようとしても、勝手に手が止まってしまう。


 明日香は自身も原因はわからない。考えられる事は、あの会社での一件で、仕事へのイメージがさらに悪化したからか。


「というか、私。転職活動の為の転職してたな。何の目的も無かった気が……」


 ふと、転職サイトに掲載されている内定者のインタビューを読んでみたが、人生でやりたい事や夢、理想が明確だった。仕事もその手段。だから、大変な転職活動も乗り越えてられたと語る。


 一方明日香はどうだろう。そんな目的意識はなく、ただ「やってる感」に溺れ、あの会社に入ったのも、正直、どこでも良かった。焦っていた。この焦りが解消されるのならどこでも良いと、目的も何も考えていなかった。


「あぁ」


 一人で変な声が出てしまう。頭も抱えそう。ここに来て人生迷子の根本的原因がようやく分かった気がする。


 こんな内定がで無かったのも、入った会社でも上手くいかなかったのも「本当は何をしたいの? 人生の目的は? やりたい事はないの?」と誰かに問われていたのかもしれない。まるで荒地に種を蒔いているような無駄な行為だった。種を蒔く前に、水や肥料をあげる前に、きちんと土壌を整える必要があったと気づく。たぶん良い実を結ぶ為に一番重要な事だったのに、表面的な行動ばかり熱心だったのだ。


 それに自分の人生に責任を取る事からも逃げていたのかもしれない。ずっと人生迷子中の方が、責任からは逃げられて楽な面があったのも事実だ。誰かに人生を投げて仕舞えば楽だが、本当の幸せには遠い。


「そっか。そうだったのか……。だから実にならなかったのか」


 ようやく問題の全貌が見えたが、頭を抱えそうになる。全て自分が招いた事。社会、親、会社のせいにもできないのだから。


「あー、でももう色々考えすぎて頭がパンクしそう。またフィーカしよう!」


 しかしもうキャパオーバー。ずっと考えているのは長くは続かない。


 明日香は再びキッチンに立ち、お湯を沸かしてコーヒーを淹れた。


 ふわりと漂うコーヒーの匂いを感じつつ、ひと休みだ。


 とりあえず、もう自分の人生から逃げない事を決めよう。そして自分が本当に何をしたいか、焦らずに考えてみよう。転職サイトや求人を見るのも一旦お休みだ。


 そう決めたら明日香の心も晴れやか。心なしかコーヒーの味も優しく感じていた。

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