表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/44

サルヴィのツノ(6)

 退職代行を使おうと思ったが、その手続きはあっけないものだった。


 一度出社する必要はあったが、工場の事務所で書類上の手続きを済ませ、靴、制服を返品して終了。


 あとはロッカーにある私物を回収し晴れて退職。その間、いじめの主犯格の渡邊、倉井には会わず、同じ部署の人間にも全く会わずに終了した。


 相変わらずロッカーには菊の花も置いてあったが、一応画像も撮り、ロッカーのラベルも剥がす。「岡辺明日香」のラベルだけでなく「遠山君枝」のラベルも剥がしておいた。


 その後は和美に言われた通り、各種相談機関にこの件を話す。画像も添えて出したら、同情しかされなかった。最後に役所に行き、保健証や年金の手続きも終わらせた。


 役所は混んでいた。なかなか番号は呼ばれなかったが、その間、転職サイト口コミも投稿しておいた。他にも明日香と同様、悪い投稿が多い。入社する前にこれらの口コミをスルーしていたのは自分の落ち度だ。


 転職サイトでの会社の評価は最悪になったが、これは誹謗中傷ではない。明日香は事実を箇条書きで投稿しただけだ。


 会社への怒りもあった。自分勝手な怒りかもしれないが、被害者が減る事を祈るしか無い。あの様子だと今度は内田が渡邊達のターゲットになるそうな悪寒がするが、どうにか逃げて欲しいと願う。


 こうして明日香は泣き寝入りせず、自分が出来ることは全部やってみた。


 正直、とても疲れた。これが正しい行動かもわからいが、時には怒る事も必要なのかもしれない。


 最後にシェアハウスに帰る前、カフェにも寄った。


 もう閉店間際なので他に客もいない。ケーキもパンもほぼ売れ切れ。猫のムンキもお気に入りのソファの上で眠っている。


 明日香はそんな猫のムンキの隣に座り、コーヒーとパンを店長に注文。パンは残りのサルヴィだけだった。


 ツノ型のサルヴィを見ながら考える。動物にも自分を守る為にツノがある。人間にもツノのような強さが必要なのかもしれない。


「岡辺さん、大変だったね」


 店長はそんな明日香に労ってくれた。今日の飲食代は全部奢りでいいと言う。


「いいんですか?」

「いいよ。奢りだ。正しく怒る事ができた岡辺さんにご褒美」


 店長の笑顔を見ながら、明日香もつられて笑いそう。


 猫のムンキのホワホワとした背中の毛を撫でつつ、ホッとため息が出た。


 まだまだ人生は迷子中だが、こうして帰れる場所はある。


「しかし、そのヤンキー女子と高齢お局って酷いよな。新人いじめて喜んでるとか、社会人としても最低すぎる!」


 驚いた事に店長はコーヒーを飲みながら怒っていた。


 目が吊り上がり、いつもより目がキリリとしている。顔もいつもより赤く、声も大きく、一瞬、頭にツノがあるようにも見えた。幻だろうか。


「そんな事をしているから、日本はワークライフバランスや女性の社会進出、弱者への福祉が進まないんだよ。北欧を見習って欲しい」


 なぜか日本の社会問題にまで怒っている店長に、明日香は苦笑する。猫のムンキの背中を撫でながら、クスリと笑ってしまう。


「岡辺さん、次、こういう目にあったらすぐに僕や真緒、田中牧師とか、和美さん、誰でもいいから相談するんだ」


 脱線気味の店長だったが、すぐに明日香の目を見ながら本題に戻る。


 その目は真っ直ぐだ。明日香は店長の目を見ていられなくなり、急いでコーヒーを啜った。


「あ、ちなみにこの件を最初に店長に言ったらどうなってました?」

「もちろん、会社に乗り込んでヤンキーとお局に説教しよう」

「そ、そこまでします……?」

「宣教もしようかな? むしろ、それが僕の本業だから」

「へ、へえ」

「いっとくけど、俺は怒ったら怖いからね?」

「そうかな? っていうか店長が俺っていうの珍しいですね」

「そう?」


 店長とこんな会話をしていたら、もう会社での嫌な記憶が薄れてきた。


 どうやら明日香には味方がいるらしい。帰る場所もある。


 人生迷子中だったが、決して今は不幸でもない。こんな風に自分の為に怒ってくれる人もいる。


「じゃあ、岡辺さん。明日からまたカフェへ。もうシフトも組んであるから」

「えー? 店長気が早くないですか?」

「いや、真緒さんが案外、仕事できなくてね……」


 もう店長怒っていない。明日に焼くパンやケーキの話題に移っている。


「ふぁ〜。みやー」


 猫のムンキも起き、ふわりと欠伸までしていた。


「店長、明日からカフェの仕事頑張ります」

「うん、お願い。僕は岡辺さんを絶対クビにはしないから」


 明日香も前を向く事にした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ