サルヴィのツノ(5)
礼拝の後、真緒はバイトへ行ってしまった。バイトは減らしている真緒だが、スキマバイトアプリで良い求人があったらしい。
明日香は家に帰ったが、シェアハウスの門の辺りに和美がいて驚く。
和美はFIRE関連で知り合った友達だ。
確か近くに住んでいるというので、いつでも遊びに来ていいとは言っていた。真緒にも一応連絡を送り、和美をシェアハウスに案内した。真緒から返信はなかったが、スキマバイト中なら仕方ない。
「へー、このシェアハウスいいじゃない。これで月四万円はお得!」
「そう?」
「この家気になってたんだよね。まさか明日香さんが住んでいたとは」
和美の声は明るい。カフェに初めて来た時は明らかに情緒不安定だったが、今は落ち着いているよう。髪も一つに結び、スッキリした雰囲気だった。
「じゃあ、お茶出すよ。リビングの方で待ってて」
「いいよ、いいよ。同居人は? いるの?」
「今はバイト中」
「だったらいいか。お邪魔しますー」
和美は共用スペースのリビングに向かい、ソファに座った。
一方、明日香はペットボトルのお茶を出す。本当は温かいお茶でも出したほうがいいんだろうが。
「え、ペットボトルか……」
そんな明日香の異変に和美はすぐに気づいた。
「明日香ちゃん、なんか顔色悪くない? 右手もすごい肌荒れ。実は最近あんまり連絡なかったし、気になってたんだよ」
道理でこのシェアハウスの前まで来ていたわけか。そう言えば和美にもここの場所を教えていた事を思い出す。
「実は就職決まって」
「良かったじゃん!」
和美は喜んでるくれたが、明日香の表情は引き攣ってしまう。
「で、でもなんか変な会社みたいで……」
上手く言葉にできず、詰まった。
「え、まさかブラック? 私、こう見えても工事勤務長いから。噂もよく耳に入る。どこの会社?」
確か和美は弁当工場で働いていた。FIREして今は別の工事にいる。
「実は、あのX市のX社というところで」
「え、マジで!?」
和美は会社名を聞くと、目を見開く。
「あの会社ヤバいよ。良い噂全然聞かないから。男性社員はまともっていう噂だけど、女性は近所のヤンキー高校から採用しているから、いじめやパワハラが多いっていう」
「そ、そうなん?」
「もう! 工事系行くなら私に相談してくれたら良かったのに! 良い工場教えられたのに! 同じ袋の印刷や加工してる工場でもホワイト企業あったのに!」
自分の事のように怒る和美に明日香は声も出ない。
「そもそも田舎の工場はけっこうな地雷率。偏見だけど、ヤンキーと社会不適合者とお局が多いよ。発達障害っぽい男子がいじめられて逃げたのも見た。工場って人付き合い楽そうなイメージあるけど、逆だから。コミュ力と愛嬌力が一番必要で、かなり難易度高い所」
心当たりがあり過ぎて明日香はさらにさらに口篭ってしまう。
そうは言っても和美は労基、ハロワーク、その他相談機関に訴えろという。転職サイトでもどんどん口コミしてオッケーだという。
「そんな事していいの?」
「むしろ、新たな被害者出さない為にやった方がいい」
和美に菊の花などの嫌がらせを話すと、さらに目を吊り上げていた。
「泣き寝入りしちゃいけないよ?」
その和美の声は想像以上に大きかった。
先程の店長の説教内容も思い出す。これはどう見ても自分勝手な怒りではなっかった。
「菊の花なんて小学生か!? そんな田舎のヤンキーと高齢お局が魔合体してる職場なんてヤバいよ。もう絶対辞めたほうがいいからね」
怒っている和美を見ていたら、だんだん明日香も元気が出てきた。しかるべき対応をしようと思うが、これで仕事を辞めるのも怖い。短期離職で履歴書が汚れてしまう。
「でも、また辞めるのは……」
「もう弱気にならないで! FIREすれば良いいよ。私が投資も教えるから。大丈夫だって」
すっかり気が弱っている明日香に、和美は辛抱強く励ましてくれた。
そうこうしているうちに真緒も帰ってきた。事情を知ると、真緒も和美と同じく励ましてくれた。
「げー、この会社、本当のヤバめな求人出してる。転職サイトの方では『人間関係が良い会社です』とか言ってるけど、そんなん当たり前だし、アピールする事か?」
「真緒ちゃんの言う通り! そんな会社やめてFIREだ! 明日香さんなら出来る!」
こんな風に親身になってくれる和美や真緒。
二人の声を聞いていたら、明日香の目元もうるうるとしてきた。
会社では誰一人味方がいないが、ここには二人もいる。どう考えても有り難く、泣きそうになる程だ。
「店長だって明日香さんに戻って来て欲しいよ。だって私、カフェでバイトしているけど、よく遅刻するし、花柄の派手なコーヒーカップ割ったし」
なぜか真緒は店長の話題を出し、明日香は顔をあげた。
「え、あの派手な花の? あれは名村さんがお気に入りで」
「そうなのよ、私は仕事が雑だって名村さんに怒られたわ。店長は、岡辺さんは仕事丁寧だったのにってぼやいたよ」
真緒は気を遣ってそんな話題を出して来たのだろうか。視界がぼやけてきた。なぜか店長の顔を思い出したら、涙が溢れてしまった。腫れている右手の甲に雫がポタポタ落ちる。
「やだー、だったらカフェには明日香さんが戻った方がいいじゃん」
和美は泣いている明日香を無視し、真緒に突っ込んでいた。
「そうだね。あのカフェは明日香さんのほうが向いてるよ。みんな待ってるよ。名村さんも、猫のムンキも。店長も」
真緒はそう言うと、トントンと明日香の肩を叩いた。
「う、うん……」
また涙が溢れしまったが、明日香は深く頷く。
辞める事にした。短期離職になったが、どうやら無職にはなれそうにない。帰る場所だけは用意されていた。




