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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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サルヴィのツノ(2)

 数日後、入社日はあっという間にやってきた。春も終わりかけ、日差しが強い日だった。もう少しでゴールデンウィークも始まる為か、通勤電車に乗る人々の顔は比較的ゆるやかだった。一方、明日香はスーツを身を包み、緊張で顔がこわばっていた。


 会社からは特に指定の服装はなかった。仕事中も制服も靴も給付されるというが、一応無難なスーツを着ていた。靴擦れは相変わらずで、あの時の真緒の言葉も気になるものだが、もう入社を決めてしまったし、内定が出るだけありがたい。


 それに今朝は真緒も笑顔で応援してくれた。カフェの仕事が終わった事は寂しいが、まずは仕事を覚える事が重要だろう。


 こうして九時過ぎ、会社の工場の事務所へ。工場地帯で、駅から工場まで田んぼや畑、それに変な落書きが書かれた掲示板などが気になったが、まずは仕事に集中しようと決めた。


 人事部からは年金手帳のコピーを渡したり、契約書へのサイン、福利厚生の説明、食堂の使い方、弁当の予約方法なども教えて貰い、あっという間に時間が過ぎる。


 最後に工場の入室方法、衛生、コミュニケーションの研修動画を二時間ほど見て終了だった。


 退屈そうな内容の研修動画だったが、せっかく雇ってくれた会社だ。明日香はメモを必死に取りつつ、動画を見ていた。


 工場の衛生面についても長く時間が取られていた。食品ではなく、食品の袋を製造している会社だ。髪の毛も一本でも混入したらクレームになるそうで、その辺りは徹底的している。


 そんな動画を視聴しながら、明日香は首を傾げていた。なぜかコミュニケーションについても研修動画で尺を取られていた。衛生面と同じぐらいの熱量の動画内容。


「同僚の悪口や陰口は言ってはいけません」

「あだ名ではなく、名前で呼びましょう」

「上司や同僚には敬語を使いましょう」


 そんなトピックが流れ、敬語の基本的マナーや日本語の文法講座まで始まってしまった。


「ごめんなさいね。この工場は外国の人も多いから」


 若い事務員に説明されたが、そういうものか。外国人といっても、ある程度日本語が出来る人を採用するのかと思うが。


 どうも違和感が拭えないまま研修動画が終わり、事務員にロッカーの説明も受けた。工場の入り口周辺にある部屋で、男女別となり、ここで着替えるという。


「すみません、ロッカーの鍵が無いようですが?」


 自分のロッカーには鍵がなかった。事務員に聞いたが、なぜか口元が歪み、ほうれい線あたりがひきつっている。


「いや、私もパート職員でよくわからなくて」

「そうですか」

「着替えましたね。さあ、もう工事に行きましょう」


 次は工場へ。といっても衛生室管理は厳しく、手を洗ったり、服の埃を落としたり、忙しい。事務員によると、この衛生室は朝は混むので、ラッシュ時は避けた方が良いとアドバイスされた。


「熱や指の切り傷もないですね。さあ、次はざっと工場見学です」


 こうして事務員に導かれ工場内へ。大きな工場は印刷機が稼働し、うるさいぐらい。高速で回転する印刷機は指を挟まれると危険という事で、明日香もろくに見学できなかったが、見たところ気さくそうな男性社員が多く働いており、明日香が新入社員だと知ると、笑顔で対応してくれた。外国人も多い。特に東南アジア系だと思われる。日本語も上手で敬語もきちんとしていた。日本人の明日香も見習いたいぐらい。


 それにロール状に並べられた製品を見るのも面白い。インクの調合などをしている社員のも、気さくに話しかけられ、明日香の緊張感は一気に緩む。この会社だったら大丈夫そう。


「さ、最後に岡辺さんが配属する検査室へ」


 最後に事務員から明日香が実際に仕事をする検査室へ案内された。工場の一番端にあり静かだ。ある意味先程案内された事務室よりもずっと静かだった。


 デスクの島は一つ。そこにパイプ椅子があり、パソコンも置いてある。サンプルと思われる食品の袋も乱雑に積み上がっていた。菓子やパンメーカーの袋も多いようだ。測定危機もあったが、見た事も聞いた事もない器具でそこだけ実験室のようだが、あとは普通の事務所とさほど変わりない。


「この人です。新しい入った人は。あとはよろしく」


 事務員はすぐ帰ってしまった。残された明日香はこれから世話になるであろう上司や同僚に頭を下げ、挨拶をした。


「よろしくお願いします。岡辺明日香です」


 衛生用の白い帽子が重苦しいが、なんとか明日香は挨拶ができた。


 この部署は四人しか社員がいないらしい。全員女性だった。男性の課長は基本的にここにはあまり来ず、印刷機の方にいる事が多いという。


 さっそく自己紹介が始まった。一人はここの直属の上司となる羽山智子という女性だ。若い。二十三歳ぐらいだが、黒縁メガネ姿はかなり賢そう。ここでも羽山だけが正社員だという。


 もう一人は六十前ぐらいの女性だった。いわゆるお局だと身構えるが、気さくに挨拶をしてくれた。名前は倉井ミナコ。パート社員だと説明され、家庭の事情で早退する事も多いらしい。


 もう一人はいかにもギャルという雰囲気の女性。年齢は智子と同じぐらいか。今は衛生用の帽子で不明だが、派手な金髪が似合いそう。手に持っているボールペンも中学生が好みそうなキャラのものだった。名前は渡邊凛華という。なぜか聞いてもいないのに、パート社員で入社して二年目だと言ってきた。


 もう一人は陰が薄いタイプだ。色が白く、目が細く、おそらく黒髪。衛生用の帽子をかぶっているので髪色は不明だが、黒髪が似合いそうな雰囲気だ。ぽそぽそと小さな声で自己紹介。名前は内田玲子だという。契約社員で年齢は明日香と同じぐらい。この中では内田の一番親近感を持った。


「内田さーん、ボソボソ喋るのやめてくれない?」


 渡邊は内田にきつい。そして羽山や倉井はスルー。空気がさっと凍り、内田は臭気判定の仕事で別室へ消えた。逃げるようにすばしっこかった。


「よ、よろしくお願いします?」


 なぜか疑問系になりながら、明日香は再び頭を下げていた。

 

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