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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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人の器とカルヤラン・ピーラッカ(5)

「真緒さん! 大丈夫ですか?」


 明日香は真緒にかけより、脈や顔色を調べた。脈は正常だったが、真緒の顔は真っ白だ。目の下だけ黒っぽく、とても大学生の若者に見えない。目も半開きになり、小さくうめく姿は、どう見ても体調不良。


「救急車呼びます?」


 どう考えてもそのほうがいい。明日香はカバンからスマートフォンを取り出そうとしたが、真緒に遮られた。倒れてはいたが、腕はちゃんと動くらしい。


「辞めて。もし親にバレたら大変。バイト詰め込み過ぎて体調不良になったとか、絶対実家に連れ戻されるから」

「でも」

「大丈夫だから!」


 真緒は力を振り絞って叫ぶが、おかげでもっと気分が悪くなったらしい。ゴホゴホと咳き込んでいた。


 明日香は一応スマートフォンをカバンに戻した。状況は理解した。バイトを詰め込み過ぎた真緒が体調不良になっている、と。


 確かに今の様子では救急車を呼ぶほどでもない。寝ていたら治るかもしれないが、玄関先で転がられても困る。


「真緒さん、リビングのソファの方には行ける?」

「う、うう……」


 呻いている真緒は同情できない。今朝の真緒の正論を思い出すと、自業自得の結果にしか思えないが。


「わかった。少し待っていて」


 頭の中に浮かんだのは、なぜか店長の顔だった。こんな時でも店長はなんとか対処してくれる。明日香には確信があった。


 走ってカフェに行く。正直、靴擦れしたつま先は痛いが、今はそれしか方法が思いつかない。カフェの入り口あたりで猫のムンキがゴロゴロしていたが、今はとりあえず無視。従業員入り口からではなく、前方の入り口からカフェに入った。


「いらっしゃいませ。って岡辺さんじゃん? 面接の帰りでしょ。どうした?」


 その店長の声があまりにも優しく、名村など常連客が来ていた事もすっかり忘れた。


「大変なんです! 実は真緒さんが……」


 事情を話すと、店長はシェアハウスまで一緒に来てくれた。今は常連客しかいないし、もし他の来客があったら、名村が対応してくれるという。初耳だったが、名村は若い頃、カフェでのバイトがあったらしい。


 という事で二人で走ってシェアハウスへ、


「店長、ありがとうございます!」

「いや、いいけど、どういう事?」

「何かバイトを詰め込み過ぎて体調不良になってしまったみたいです。たぶん、救急車呼ほどでも無いと思うんですが!」


 そんな事を言い合っている内にシェアハウスに到着。


 玄関で倒れている真緒に店長は、特に驚かず、脈や顔色を確認していた。


「なんだ、店長じゃん」


 元々真緒と店長は顔見知りだったらしい。店長の姿を確認すると、子供のように悪態までついている。


「バイト詰め込んだ? はあ、これだから若い人は無謀だ」


 店長は呆れつつも、真緒を背負い、共用のリビングまで連れて行った。ソファの上におろし、毛布もかけていた。毛布は明日香が自室から持ってきたものだが。


「店長、なんでよー。もう午後からバイト行くから!」


 まだそんな事を言っている真緒だった。


「いいから、寝なさい」


 一応真緒から見れば店長はかなり年上だ。そんな店長に言われたら、何も文句言えないらしい。


「わ、わかったけど」

「岡辺さんにまで心配かけてダメだって。もう高校生じゃないでしょ。人間には器ってものがあるから、自分のキャパオーバー以上の仕事したらダメ」

「そうだけどー」

「いいから今日は休みなさい」


 こんな店長には真緒も反論できない。しばらく文句は言っていたが、すぐに寝ていた。


 明日香はその間、お湯を沸かしたり、一応風邪薬やロキソニンなども用意していた。


 店長はカフェに帰ってしまったが、とりあえず明日香もできそうな事をした。


 それに昼ごはんも食べた。レトルトカレーにパックご飯だった。共用のキッチンでそれを作りながら、ため息が出た。


 真緒もそうだが、自分も器以上の何かを探していたかもしれない。FIREなんてまさにそうだ。正社員という地位や給与にもこだわっていたし、とにかく普通に自立した大人に見られたい欲求が強かった事にも気づく。


 こんなメンタルで転職活動がうまく行くわけもなく、面接で緊張し過ぎた理由も察してしまった。自分ではなく、架空の誰かになろうとしていたから、面接で実力など出せるはずが無い。


 自室でスーツから部屋着に着替えながら、カフェで作ったカルヤラン・ピーラッカを思い出す。


 器のような生地にお粥を入れるわけだが、多過ぎても溢れるし、少な過ぎてもバランスが悪い。結局は、自分の器をよく知ることが大切だ。真緒の様に働く事は、明日香も辞めようと思う。


「真緒さん、大丈夫ですか。これ、一応薬です」


 夕方近く、真緒に薬を持って行った。すこ元気になったようで、リビングでゲームをしていたのは呆れてきたが。


 ちなみに明日香が午後からカフェにバイトしに行った。面接が思ったより早く終わったし、なんとなく真緒と二人でシェアハウスにいたくなかった。


 それに、さらっとこのピンチも助けてくれた店長。店長の顔を思い出すと、自然に足がカフェに向いてしまった。


 カフェでは常連客の名村も働きたいと騒ぎ、それをおさめるのも結構大変だったが。


「これ、店長からのお土産です」


 明日香は名村の大声を思い出しつつ、店長からのテイクアウト用の箱を渡す。


「へえ、店長から?」

「ええ」

「カルヤラン・ピーラッカかな? 私、あのパン結構好きで」


 真緒の言った通りだった。カルヤラン・ピーラッカが入っていた。他にもムンキやクリスタルコーヒーブレッド、シナモンロールなどカフェで人気のパンも入っていたが、店長からのメモも入っていた。真緒がそれに気づいて中身を読み上げた。


「無理しない。ワークライフバランスが大事! 店長より、だって」


 なぜか真緒は大笑い。


「体調悪い時にパンは重いかも。和食がいいけど、空気読めないね。どうせだったらミルク粥を作ってくれればいいのに」


 まだ文句を言ってる真緒だが、少々空気の読めない店長に明日香も苦笑。


 結果、お粥を作って食べた。このパンたちは明日元気になったら食べるという。お粥は明日香が作り、リビングで真緒と一緒に食べた。


 食べながら真緒は案外饒舌だった。親が厳しかった事や、日本の未来に不安を持っている事、海外で働きたい希望も語る。貧困や虐待問題にも関心があり、子供の為にボランティアもしたいという。


 見た目以上にしっかりした真緒。明日香は何も言えず、ただただ聞いていた。


 店長も明日香の愚痴に何も否定せずに聞いてくれた。その事を思い出すと、真緒が好きなように語らせるのが一番だろう。


「でもま、店長の言う通りだね。自分の器も大事だわ。もうバイトは少し減らすよ」


 そう語る真緒の目は憑き物が取れたようにスッキリいた。それに明日香との距離も縮まったようで、さほど年齢差も感じない。むしろしっかりした真緒に、人生迷子中の明日香は尊敬すらしていた。


 こんな迷子中でも、だからこそ他人を尊敬できるものだ。辛い境遇でも全てが悪く無い。その事の気づいた明日香は自然と笑っていた。


「はは、なんか笑っていると楽しくなってきたよ、うん」


 真緒もつられて笑っていた。


 翌日、真緒もすっかり元気になり、カルヤラン・ピーラッカも全部胃の中に収まっていた。


 明日香はバイトに向かい、いつもの様に開店準備に追われていた。


 店長には軽く真緒の現状を報告するのみだ。それでも元気になったと聞いてかなりホッとしていた。


「日本人、働き過ぎだよなー」


 そう言いながら、今日の予約客の為に苺のケーキをデコレーションしていた。丁寧な作業もバリバリとこなしていたので、その言葉にさほど説得力はなかったが。


 明日香もレモンを輪切りにしたり、焼き上がったパンをカフェのベーカリーコーナーに運び、うっすらと額に汗が滲んでいた時だった。


 ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。先日、面接を受けた会社からだ。


 明日香はバックヤードに下がり、電話を出る。


 昨日の面接官の声が響き、明日香の指先は少し震えてきた。まだあの緊張の場面に戻されそう。


「内定です」

「え?」


 どうせ良い連絡では無いだろうと決めつけていた。なので「ナイテイ」が何の意味か一瞬忘れそうになるぐらいだった。


「え?」


 我が耳を疑う。今日まで送られてきたお祈りメールの数々。FIREへの現実逃避。スキマバイトでの扱い。バイトすら落ちた日々。母の愚痴や減っていく銀行口座の残高。


「わ、わかりました! 働かせください!」


 即、入社を決めてしまった。

 

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