人の器とカルヤラン・ピーラッカ(4)
その翌日。本来はカフェのバイトがあったが、急遽、面接が決まり、早起きし、明日香はシェアハウスの一階にある洗面所でメイクをしていた。
一応共用部分の洗面所だ。使った後は、髪の毛が落ちていないか気をつかう。こうして新しい生活が始まったが、真緒とも全く会えず、どうも微妙だ。
「さ、でも。今日は面接だ。頑張ろう」
ちゃんとスーツを着て、メイクも髪も清潔感のあるアラサー女の出来上がりだ。
店長にこの件を伝えると、すぐに休みが取れた。もし内定とれたら、お祝いに特別なケーキも作ってくれるという。
「店長、優しいよなー」
そんな独り言が漏れてしまうぐらい。大学生の時にバイトしていた飲食店は、休む時は上司に文句を言われ、代わりの人を探してこいと言われる事も多かった。
こうして準備を終え、カバンを置いてあるリビングに向かう。
「え、真緒さん!」
リビングには真緒がいた。ソファに座り、エナジードリンクを一気飲みしている。
「大丈夫です? なんか全然会えないから心配していたんですよ」
真緒は明日香の言葉に、軽く頷くだけだった。目は少し虚ろで、クマも濃い。大学生のはずだが表情に若々しさもなく、疲れているようだ。聞くと、工場バイトの夜勤明けで疲れているという。
「大丈夫? そんな頑張ったら、体辛いよ?」
明日香はブラック企業に勤めていた時の事も思い出す。明日香は幸い、身体を壊す前に辞められたが、先輩や上司や鬱病や適応障害にもなっていた。休職したまま帰って来ず、自殺した人もいるという噂も思い出す、明日香が他人事ではない。お節介とは思う。ほぼ初対面のシェアハウスの同居人だが、どうしても心配になってしまう。
「まあ、大丈夫」
「でも」
「これから昼もバイト」
「えー、そんな。寝ずに行くのは……」
通りで真緒とシェアハウスで顔を合わせないわけか。これだけバイトを詰め込んでいたら、ろくに帰れないだろう。
「でも私、海外で働きたい夢があるし」
「身体壊した後では遅いよ。特にメンタルは元に戻りにくい」
本当にお節介だ。それでも、ついつい若い真緒に忠告してしまう。
「いえ、大丈夫だから。ちゃんと大学も行くから」
「でも」
「明日香さんは、今日は面接かな? 人の事はいいんじゃない?」
真緒の指摘はもっともなものだった。
「そ、そうだね……」
「やっぱり若い時に頑張らないと。アラサーになって転職地獄とか避けたいから」
これは真緒も失言だったと気づいたのだろうか。はっと口元を抑え、そそくさと二階の自室の方に登って行く。
確かに真緒は正論すぎたが、今は面接だ。
明日香はカバンを掴むと、少々歩きにくい皮靴を履き、バス停に向かった。
朝なのでバスは混み合い、電車もラッシュだ。受けに行く企業は、食品のパッケージをデザイン、印刷などをしている。その工場での品質検査の仕事だった。仕事内容は未経験でも出来るらしい。企業の雰囲気も若い人が多いというのも好印象だ。他、企業研究もし、キャリアカウンセラーからも太鼓判を押されていた。正直、書類が通るのも期待していなかったので、余計に嬉しい。
少しネックなのは、工事のある土地だった。駅から徒歩十不五分で、工場地帯にあり、通勤は少し大変そう。シェアハウスから引越しすることも考えた方がいいのか。他、志望動機や自己PRも頭をぐるぐるし、すっかり緊張していた。道に何度か迷い、時間ギリギリにつく。
工場の応接室に通された時は、手のひらは汗だくだ。額にも汗がにじみハンカチで拭う。面接官が来るまでに時間が永遠のように長く感じる。
普通の応接室だったが、机の上にあるノベルティやカレンダーもやけに目がつく。なぜか机の上には金色の子牛の置物も飾ってあり、緊張感が余計に高まる。カフェに置いてある木彫りのリスやクマの飾りだったら緊張などしないのにと思った時、人事部の面接官がやってきた。しかも三人もいた。一人の転職希望者と三人の面接官は、どうやっても緊張し、頬が引き攣り、笑顔などとても作れない。
「検査の仕事は、女性向けではありますが、細かい作業もあり……」
面接官の一人が説明するが、緊張しすぎて頭に全く入って来ない。完全にフリーズ。
「今はカフェでバイトされているんですか?」
しかし、面接官の中で一番若い女性が、現在のカフェの仕事について聞いてきた。
「どんなカフェです?」
「北欧風のオシャレで落ち着いたカフェでして。店長が優しく」
なぜここでこんなせ言葉が出てしまうのだろう。いくら緊張していたとはいえ、口が滑ったとしか言いようが無い。手の平はさらに汗で濡れていき、頭の中は真っ白になった。
面接はやはり苦手。そもそも初対面の人と会話するのも、全く得意ではなく、明日香の顔は緊張で石のように固まってしまう。一応転職サイトのキャリアカウンセラーと面接練習はしたが、本番に強くなければどうしようもない。
「そうですか。店長が優しい、と」
予想通り、面接官の反応は白けたものだった。
こうして面接ではガチガチに緊張し続け、どうにか自己PRや志望動機は言えたものの、失敗したとしか思えない。
まだ昼前だった。電車やバスに乗っている時も落ち込も、ため息すら出ない。
そんな重い気持ちのまま、シェアハウスへ帰る。この転職活動はゴールが見えず、FIREに現実逃避していた過去も恥ずかしく、さらに靴ずれしたつま先も痛く、気分はどんどん底の方に落ちていく。
「はあ、ただいま」
そんな声も弱々しく喧嘩に響くが、明日香は目を丸くした。
「真緒さん!」
玄関に真緒が倒れていた。




