人の器とカルヤラン・ピーラッカ(2)
その二日後、シェアハウスの見学に行く事になり、大家と待ち合わせしていた。待ち合わせ場所はカフェの前だが、今日は休みで静かだ。
「初めまして。牧師の田中です。いや、大家業もやってますが」
明日香より少し遅れて大家が登場した。初老の男性だった。髪は真っ白だったが、細いフレームのメガネが品が良く、大学教授のような雰囲気だった。本業は牧師と聞いていたが、今の服装はスーツ姿った。
「初めまして。岡辺です」
「おお、あの岡辺さんが。あの噂はかねがね」
「う、噂?」
「ええ。私にとっては宣教師の彼ですが、本当に真面目でいい子がバイトに来てくれたって喜んでいましたよ」
夏でもないのに、明日香の頬がかっと熱くなってしまう。まさか店長に好意的な噂をされていたとか、不意打ち過ぎて心臓も波打ってしまう。
とはいえ、今日はシェアハウスの見学だ。明日香は冷静さを取り戻し、田中と共に現地へ向かった。
そこはカフェから徒歩三分の距離にあった。まさに目と鼻の先。どちらも住宅街にあったが、シェアハウスの方が現代的な雰囲気だ。スクエアタイプの二階建て、一見アパートなどには見えない。オシャレな事務所風だ。庭もあり、ミントやローズマリーも植えてあり、小さなベンチもある。庭でちょっとした休憩も出来るらしい。
「庭の掃除とかは?」
「まあ、それは一応大家の私がしますよ。もっとも気づいたら住人が掃除するというゆるいルールはありますが」
「へえ」
「まあ、その辺りの細かいルールはおいおい説明しましょう。まず中へ」
田中に案内さて、シェアハウスの中へ。玄関は広く、ざっと見たところ古い家ではなさそう。田中によれば元々は教会が訳アリ女性の面倒を見るシェルターだったらしいが、そんな女性も全員自立した為、今は改築し、シェアハウスとして活用しているとか。
「ここは共有の洗面所です。あとこっちはリビングね」
「わ、リビング広いですね。テレビもある」
「ええ。家具は全部ありますから、本当に手ぶらで来たって大丈夫」
田中の説明によれば共有部分はいろいろと細かいルールはあるものの、家賃は光熱費込みで月四万円。冬はガス代の関係の為、少し値上がりするというか、五万を超えることはないとういう。
「あと料理です。たまに私や、あの店長も作りにきますよ」
「えー、それで月四万ですか。安すぎですよ。天国みたい」
驚きを隠せない。
店長の事を思い出す。カフェの時給も最低賃金よりは八十円ほど高い。仕事内容を考えれば、明日香の方が得でしかない感じだ。
違和感も持った。なぜかこんな待遇なのか。ブラック企業勤めもしていた明日香は、嬉しさよりも、何か裏があるのかと猜疑心も持ってしまい、咳払いしてしまった。
「聖書では弱い人、子供、シングルマザーをイエス様のように大切にって書いてありますからね。こんなの普通ですって」
田中はさらっと言っていたが。
「まあ、この日本では馴染みない考えです。さて、次は二階へ行きましょう」
「え、ええ」
明日香の戸惑いは全く消えないが、個室のある二階へ。
確かに広くい個室だが、ベッドも机もあり、洗面台やクローゼットまである。それに窓からはあのカフェみ見えた。窓の風景は悪くない。周辺の道は住宅街で静香だという。
明日香は新卒時、駅の近くのアパートに住んでいた。確かに通勤は便利だったが、電車や車、バイクの音がうるさく、不眠症になりかけた。
確かにここは駅からは距離がある。バスが必要だったが、バイト先のカフェまでは近い。もう半分以上はこのシェアハウスに住む事を決めていた。
残る問題は一つ。
「田中さん、今はどんな方が入居しているんですか?」
このシェアハウスが共有部分も多い。同居人に癖があったら、天国から一気に地獄だ。
「ああ、実は私の遠縁の大学生が住んでいるんですよ」
「え?」
「真緒っていう大学生です。いや、とっても真面目な子で」
田中と一緒に個部屋を出て一階に降りる。一階ぼ共用部のリビングには、一人の女性がいた。
ショートカットスタイルの若い女性だった。日焼けもし、腕や足首も引き締まっている。何かスポーツをやっていそうな雰囲気の女性だったが。
「え、新しい入居者の方? 私もこの春から入居しているんです。真緒です。よろしく!」
その女性は、このシェアハウスの住人だった。人懐っこい笑顔で、明日香は真緒との年齢差をさほど感じない。快活そうな見た目も好印象だ。
「よろしくお願いします。岡辺明日香です」
明日香も頭を下げるが、真緒は気さくだ。
「そんな頭下げないで。いいじゃない。楽しく一緒に暮らそう!」
「え、ええ」
「そうですよ。真緒と明日香さんは気が合うと思う」
田中にも押されてしまう。
「よろしくお願いします!」
再び明日香は挨拶した。今はこのシェアハウスが天国のようにしか思えなかった。
「こちらこそよろしく!」
真緒と握手を交わしながら、悪い予感は全くしない。
「良かった。お姉さんって感じ。仲良くしてね」
真緒の屈託の無い声が響いていた。




