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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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日々のパン・サンピュラ(3)

 その次のバイトの日。午前中は晴れていたが、午後から強い雨が降り続け、客は全く来ない。


 テイクアウト客も来ない為、完全に手隙時間になってしまう。時計をみると、ちょうど午後三時だったが。


「暇だね、岡辺さん」


 店長はカフェのカウンター席に座り、のんびりとコーヒーを啜っていた。


 明日香は暇な時間が耐えきれず、カフェの床のモップがけをしていた。床でゴロゴロしていた猫のムンキをどかす。猫のムンキは不満そうに唸り、店長の膝の上にピョコンと乗っていた。


「おぉ、ムンちゃん。お前、ちょっと太ったかい? うん?」


 ムンキを目の前にすると、店長の目尻はさらに下がり、笑顔だ。


「店長、お客様来なくて不安じゃなんですか?」

「それはしょうがないでしょ。ま、ここも副業でやってるし、もし潰れたら、また教会へ戻して子供達の学習支援や奥さん達の語学教室の場所にしても良いと思ってる」


 店長はあくまでも呑気だった。カフェ経営については全く心配してないらしく、お金の事で悩んでいる明日香と対照的だった。


「岡辺さん、もう床も綺麗になったし、少し休憩しよう」

「いいんですか?」

「まあ、今日の天気だとお客様は来ないよ」


 店長は猫のムンキの背をもふもふと撫でると、一旦膝から降ろし、厨房の方へ。


 猫のムンキはまた床でゴロン。ゴロゴロ言いながら。


「ムンちゃんは呑気だね」


 そうは言っても返事はなく、ゴロゴロ鳴き終えるとソファの方へ。


 カフェの中にも雨音が響き、窓ガラスも雫でびしょびしょだ。時々猫のムンキの鳴き声は響く。それでも雨音でかき消される。雨音はどんどん大きくなってきた。


「岡辺さん。はい、コーヒー」

「あ、店長ありがとうございます」

「まあ、ちょっと休憩しよう」


 店長から渡されたコーヒーは良い匂い。それにパン・サンピュラのサンドイッチもくれた。


 地味な日常のパンというイメージだったが、こうして野菜やハムと挟んで食べると美味しい。雑穀も入っていて食感も悪くない。初めて食べるパンだったが、カフェで人気なのも分かる気がする。毎日食べても飽きがこないだろう。シンプル故に色々な具やハチミツやジャムとも合いそう。


「そういえば岡辺さんは、FIREってやつはどうしてる?」


 コーヒーやパンを味わい、リラックスしていた明日香だったが、店長から出された話題に明日香は真顔になった。


「いえ、一応投資セミナーに行ってみたんですが、やっぱり難しそうというか」

「そっか」

「お金さえ有れば何とかなるって思っちゃうんですよね」


 弱音も溢れてしまった。元々はお金に執着あるタイプではないが、こうして人生迷子中は、それさえ有れば何となかなると視野が狭くなる。頭では金持ちでも不幸な人がいる事、健康な身体こそが一億以上もの価値がある事は理解はしている。


 それでも店長は口を挟まず、ただ明日香の弱音を聞いていた。今日はFIRE=ニートだとは言わないらしい。少し我慢をしているように店長の口元は引き締まってる。本音ではFIREを目指すという明日香に言いたい事もあるかもしれないが。


「まあ、岡辺さん。いざとなったら、福祉でも何でも頼れるから大丈夫」

「そうかな。フィンランドと違って日本の福祉は本当にいいのかなっていうイメージですが」

「だったらフィンランド行く?」


 店長は無邪気に笑ってコーヒーを啜った。


「え?」

「連れて行ってあげるよ。うちの実家に行けばいいさ」


 ニコニコ笑っている店長はどういう意図で言っているのか分からない。


 今の明日香には彼氏などいない。それでも恋愛経験は少しはある。これは恋愛的なアレなのか。明日香は照れるよりも、店長の意図が全く読めず、何も言えずに戸惑ってしまう。


「うん? 岡辺さん、何か驚いてる?」

「いえ、どういう意味なのか全くわからない」


 店長の父親は日本人だが、母親はフィンランド人だ。フィンランドでは日本のような回りくどいコミュニケーションはしないともネットに書いてあった。日本のように言葉に裏の意味など持たせない。言葉そのままのコミュニケーションだと書いてあった事を思い出すと、明日香もストレートに聞いてみた。


 窓の外から雨音も響く。その音をじっくりと聞いていたら、明日香も冷静になってきたらしい。


「店長、それってどういう意味ですか?」

「いや、うちの教会では時々みんなで旅行行ったり、宣教師同士で旅行行くことも珍しくない。実家でもよく旅人をおもてなししているから、岡辺さんもぜひフィンランドに来て」


 そう語る店長に明日香はホッとする。恋愛的な何かと思ったが、勘違いだったらしく、ほっとため息が溢れる。


「ええ。みんなでだったらフィンランド行きたいな」

「いいね。行こうよ」


 一瞬でも恋愛的な何かを想像した事が恥ずかしい。そもそもバイト先でそういう雰囲気になりたくない。明日香は職場恋愛は一度もした事がなかった。


「本場のサウナにも入りたいなぁ」

「いいね! あと教会もシンプルで綺麗なんだよな。他にも……」


 店長からフィンランドの話を聞いている時だった。観光地から地元民ならでは話題にうつり、話に夢中になりそうだったが、客がやってきた。


 この雨の中では珍しい。明日香が急いで客に席を案内しようとカウンターから立ち上がる。


「いらっしゃいませ。お客様」


 もっとも先に店長が案内していたが、明日香は変な声が出そうになった。


 客は投資セミナーで知り合った立花和美だったから。


「へえ。ここが北欧カフェかー」


 今日の和美は薄手のセーターにジーンズ姿だ。雨で靴が少し濡れてはいたが、セミナーの時より普段着という雰囲気だ。


「明日香さん? こんにちは!」


 和美は明日香を見つけると、薄らと微笑む。


「来ちゃった。このソファの席座っていい? あ、本当に猫がいる! 可愛いな」


 静かなカフェに和美の声が響く。


「ミャーァ」


 初めて会う和美だが、猫のムンキは気に入ったらしい。和美の膝の上に乗り、ミャーミャー鳴いていた。

 

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