表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/35

日々のパン・サンピュラ(2)

 その後、どうも店長は不機嫌だった。原因は明日香がどう見てもFIREの話題。FIRE=ニートという認識の店長にとっては嫌な話題かもしれないが、仕事自体は滞りなく終わり、明日香は家路につく。


 今日はテイクアウトの客が多く、あの地味なパン・サンピュラは午後過ぎに完売した。常連客の名村もパン・サンピュアを五個も買って帰っていた。「このシンプルなパンがいい」とホクホク顔でテイクアウト用の紙袋を抱えていたが、明日香にはわからない。シナモンロールやムンキの方が甘くて美味しそうに見えた。明日香はパン・サンピュラの味については全く知らない。毎日切ったり、紙袋に詰めたりしていたが、一度も食べた事がなかった。


 そんな事を考えつつ自宅の玄関の前まで到着。玄関に三和土の上には母の靴もあった。どうやら今日は仕事が早く終わったらしい。バイトが終わって疲れた時に母の顔などあんまり見たくないと思つつ、リビングへ。


「あら、明日香。おかえり」


 しかも母はリビングで家計簿をつけている。レシートと電卓も取り出し、キリキリしながらお金の計算中だった。


「た、ただいま……」

「あー、今月赤字だわ。キャベツもお米も卵も値上がりしてる。チョコレートやパスタも。電気代も上がってるし、どういう事?」


 なぜか明日香が責められた。昨今の物価高は明日香の責任ではないはず。


「という事で明日香、家に月十万円入れて」

「え、なんでそうなるの!?」


 母の小言は慣れていたが、具体的な金額を要求される事は初めてだった。しかも十万円。カフェとスキマバイトで頑張れば出せない金額ではないが、今の明日香にとっては痛い金額だ。


「もう決めましたよ。私の友達の息子さんだって月に十五万円も家に入れてるのよ。三十の娘に要求しても悪くない金額でしょ?」

「そ、そうだけど……」

「私も三十の時は子供もいたわ。別におかしな事でもないでしょ?」


 母の言う事はいちいち正論だ。


「それが嫌だったら家を出る事ね」


 そう言い残した母は、家計簿を閉じるとキッチンの方へ。明日香は急いでその家計簿を確認したが、確かに毎月の出費に頭が痛い。もう父は働いていないし、明日香が実家に帰って来てから明らかに食費と光熱費がかかっていた。


 現実的な金額に胃が痛い。夕飯を食べる気力もなくなり、自室へ籠ると、投資の本を読み続けた。


「物価高の現在、投資で少しでも生活を楽にしませんか?」


 本の帯にはそう書いてあり、貪るように本を読むが、所詮、本で読むだけのインプット行為だ。何から手をつけて良いのか不明だ。テクニック的な事は頭で理解しても、心が追いついて来ないというか。


 結局、明日香は投資セミナーに申し込む事にした。金額も安かったし、今、予約すると限定でAmazonのギフトカードが貰えるらしい。これに明日香が飛びついた事は言うまでもない。


「とにかく月十万ぐらいは投資で稼がないと……」


 そう心に決めた明日香は、数日後の日曜日、投資セミナーへ向かっていた。


 投資セミナーは都内の雑居ビルの一室だった。前方にホワイトボードがあり、椅子が二十ほど並べられ、受付を済ませると、好きな席に座って良いという。


 既にセミナー参加者が会場に来ていた。前方は参加者で埋まっていたので、仕方な窓際の後ろの席に座った。


 参加者は男性が多い。三十歳から七十歳ぐらいまでバラバラだ。女性は数人しかなく、しかも全員五十代ぐらいなので、明日香は場違い。居心地が悪く、セミナーの資料を読みつつ、首をすくめてしまう。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


 そんな明日香だったが、隣の席の人に声を掛けられて挨拶をした。


 隣の席の人は、明日香と同年代の女性だった。黒髪メガネで優等生タイプ。パンツスーツもピッタリな女性だった。もしかしたらバリキャリかもしれない。明日香はバリキャリとは遠い存在だが、この会場で同年代の女性は貴重だ。嬉しくなり、ついつい話しかけてしまう。


「どこから来ましたか?」


 明日香が聞くと、驚いた事にあのカフェの近くの住宅街に住んでいるという。


「え? あの教会のオシャレなカフェの店員さん? 北欧カフェなんですか?」

「ええ。パンもお菓子もコーヒーも美味しいです。看板猫のムンキももふもふで可愛いですし」


 なぜか店長の事は全く話せなかったが、カフェについて営業トークまでしてしまう。


「そうなの? 猫ちゃんもいるなら一度でいいから行ってみたいな。あ、名前は?」

「岡辺です。岡辺明日香って言います」

「私は立花和美」


 和美は仕事について何も言わない。少し不自然だと思いつつも、明日香も訳アリだ。そこは全く聞かない事に決めた。この雰囲気なら、フリーリーランスやクリエイターでバリバリと活動している可能性もあるだろう。


「岡辺さん、よろしく。カフェに遊びに行っても良い? 私、毎日暇でやる事無いのよ」

「え、暇? まさか専業主婦?」

「そんなようなもんね」


 和美の左手を見たが、薬指には指輪なない。それに和美の雰囲気からも専業主婦には全く見えなかった。


 しかし、思いがけず和美と親しくなり、連絡先も交換したところで投資セミナーが始まった。


 投資セミナーは思った以上に退屈だった。本で聞いた知識ばかり説明され、月十万円稼ぐ方法はよくわからない。


 それにセミナー講師はチャラチャラした雰囲気のアラサー男だ。不細工ではないが、目元がギラギラと嫌らしく、声も妙に高い。首元のジャラジャラとしたネックレスにも嫌悪を持ってしまい、明日香は全くセミナーに集中できない。


 セミナー講師は自己啓発関連の講座も持っているらしい。最後に月額十万円以上するサロンも紹介していたが、明日香はすっかり萎えてた。前方の参加者達が盛りがっているのもついていけない。少しずつ投資へに熱も冷めてきてしまった。店長がFIRE=ニートという認識なのも急に意識してしまった。


 とはいえ、和美と仲良くなれた事は単純に嬉しい。思えば最近は店長、常連客、母、父、それに猫のムンキとしか会話していなかった。


「じゃあ、和美さん。カフェにも遊びに来てください」

「ええ。良いわね。北欧カフェかー。フィンランドにも行ってみたいわ」


 そんな会話をしつつ、和美と別れた。投資セミナーでの実りは無さそう。なんとなく冷めても来たが、新しい友達が出来たのが嬉しい。


 まだまだ問題は多い。転職活動や月十万円の事を思うと、肩の荷物は重い。


 それでもこんな風に友達ができた。カフェのバイトの偶然決まったようなもの。


 人生迷子中だったが、完全に出口が塞がれてしまった迷路ではないはず。投資が抜け道になるかは謎だ。方向音痴の明日香がゴールまで辿り着けるかも不明だが希望はある。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ