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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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結婚記念日の苺のケーキ(5)

 昨日は一日中雨だったが、すっきりと晴れていた。窓の外は水色の空に淡い雲が広がっている。


 今日もカフェでバイトだった。明日香は一人、住宅街を歩きつつカフェを目指す。道は水たまりも多く、若干歩きにくいが、仕方ない。風も春らしく暖かだったが、花粉症の明日香の鼻は少々痛む。


 天気はこんな風に晴れていたが、母と父は相変わらずだった。母は相変わらずムッツリと黙り込むか睨みつけているか。父は空気の読めない話題をし、母や明日香を余計に黙らせてしまうのだった。


 父はこんな空気に耐えられなかったのだろう。朝食をとったら友人宅へ逃げた。明日香もこうしてバイトがある事がありがたい。母は仕事へ行ったが、こんな父と家で二人でいると思うと、肩が重くなった。


「岡辺さん! 今日は大変忙しい予定!」


 そんな事を考えつつカフェに着いたが、すぐに店長に迎えられた。今日は急な配達の予約が入り、ひたすらパンとケーキ作りだそう。


「本当ですか?」

「そう。早く手を洗って!」


 いつになく慌てている店長の促され、手を洗うと厨房へ。作業台には焼きたてのパンが並べられ、とても良い香りだった。名前は分からないが、おそらく北欧風の白パン。明日香は店長の指示を受けつつパンを袋に包んだり、テイクアウト用のケーキボックスを用意したり、トッピング用のフルーツをカットし続けた。


 今日はカフェの開店後も忙しい。いつになく名村達常連客が押し寄せ、明日香は注文をとり、給仕し、バッシングして皿やカップも洗い続けた。


 また、カフェの自転車を使って配達にも向かった。


「いい? 岡辺さん。ちゃんと領収書もお客様に渡して。あとおつりも忘れず」

「は、はい!」


 従業員入り口を出て、自転車に乗り込む前、店長から口酸っぱく注意も受けた。


「安全運転で。分からない事、トラブルがあったらすぐに僕の携帯に連絡して。あと迷ったらすぐに連絡!」


 まるで心配症な親みたいに注意する店長を見ていたら、ちょっと気も抜けていた。


「わ、わかりました。行ってきます!」

「気をつけて!」


 最後には店長は笑顔だったが、自転車を漕ぎつつ、住宅街の道を走り始めた。明日香は方向音痴だという自覚がある。行く前に地図アプリで何度も確認していた。我ながら頭の中でのシミュレーションもパッチリだったが。


「あれ? こっちの道、行き止まり!?」


 道に迷ってしまった。とりあえず自転車を止める。


「いや、大丈夫でしょう」


 再びスマートフォンから地図アプリを開き、現在位置を確認するが、この辺りの住宅街は土地勘もなく、家も全て似たように見える。コンビニなどの目立った目印も見つけられない。


「ど、どうしよう……」


 また迷子になってしまったが、ちょうど目の前に制服を着た女子高生が通りかかった。道を訪ねたが。


「は? そんな道知らないし。おばさん、きっも!」


 なぜか手を叩かれ笑われた。当然道を教えてくれる訳もなく、明日香はその場に取り残された。


「そんな……」


 この対応に笑われるが、いつまでも迷子になっているわけにもいかない。それに店長も迷ったらすぐに連絡しろと言っていたが……。


 昔、ブラック企業に勤めていた時、似たようなシチュエーションになった事があった。確か菓子折りを買いに行かされた時だったが、道に迷って上司に電話をかけたら、罵倒され、結局、近くにいた交番の警察官に頼って帰る事ができた。


 当時の事を思い出すと、明日香の指先が震えしまったが、スマートフォンを取り出し、店長に電話をかけた。


「え、道に迷った?」


 最初、店長の第一声にドキドキとしてしまうが、すぐにどう行けば良いか道を教えてくれた。郵便局や公園などの目印も教えてくれた為、方向音痴の明日香でも何とかたどり着けそうだ。


「岡辺さん。大丈夫だから。迷ったらすぐ連絡して」


 スマートフォンから聞こえてくる店長の声は優しく、鼻の奥がつんと痛い。


「大丈夫。落ち着いて。店の方は大丈夫だから。ゆっくりでいいから」

「は、はい」

「はい、オッケー。じゃあ、引き続きよろしく!」


 最後の店長の声は明るく、怒っても呆れてもいないようで、明日香の肩の荷が降りる。


「大丈夫……」


 明日香は自分に言い聞かせ、再び自転車に乗り込むと、店長に言われた通りの道を走っていく。店長の声を聞いたからかは不明だったが、今度は落ち着いて移動する事ができた。ちゃんと教えられた通り荷向かうと、目的地であるお客様の家の前まで到着し、明日香はほっと胸を撫で下ろす。時計を見ると、予定の時間まで二分前だった。ギリギリだったが、間に合ったらしい。


 お客様は全く文句も言わなかった。見たところ、二十代前半ぐらいの若い主婦だったが、今日は突然の来客があり、途方にくれていた所、カフェに連絡したら、希望を聞いてくれたのだいう。


「本当ありがとう。助かったわ。というか、カフェの店長さん、本当に優しいわ」


 お客様が目元に涙を浮かべつつ喜んでいた。明日香も深く頷きつつ、注文された品を渡す。家には小さな子供もいるのか、玄関先にも、賑やかな声が響いていた。


「そういえば、あのカフェって、悩んでいる人だけが行けるっていう噂があるんだけど、店員さんは何か知ってる?」

「え?」

「知らないの? あと、あの店長はあのルックスじゃない? 北欧の妖精さんがやっているカフェという噂も」

「えー?」


 それは初耳だった。確かに店長のルックスは日本人離れしていたが。


 帰り道、今度は全く迷わなかったが、あのお客様が言っていた事が気になった。


「まさか……」


 店長がそんな人外な訳がない。フィンランド人と日本人のハーフだと聞いていた。


 それに、悩んでいる人だけが行けるカフェとは。確かに店長は昨日、明日香の愚痴っぽい話もちゃんと聞いてくれた。現在、明日香も悩みの真っ只中だった。


「まさか、そんな事は噂でしょ……」


 明日香はそう結論づけ、これ以上考えないようにした。こうして自転車を走らせ、店に帰り、店長にお釣りを渡す。


 思わず厨房でスープ鍋をかき混ぜている店長の横顔を見てしまう。日本人離れした目の堀の深さや鼻の高さなど。


「うん? 岡辺さん、どうした?」

「い、いえ。店長、道教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ、いいんだよ」


 目尻に皺ができる。一見とっつき難い店長だったが、この笑顔はどこからどう見ても優しい。


「さあ。まだまだ仕事があるよ。まずは流しの洗い物お願い」

「は、はい!」


 明日香はすぐに仕事に取り掛かり、流しの洗い物をが始めた。


 今日はこうして一日中忙しかった。汗も出てくるぐらいだったが、不思議と嫌ではなく、テキパキとこなしていた。


 夕方、閉手間際。母がカフェに訪ねて来るまでは。


「明日香、来たわよ。へえ、ここが北欧カフェね……」


 母は不躾にキョロキョロとカフェを見渡し、一番日当たりの良いソファ席に座る。


「ナァ?」


 猫のムンキはお気に入りの場所を母に取られ、変な声を出しつつ、カウンター席の方へ逃げていた。

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