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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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結婚記念日の苺のケーキ(4)

 カフェからの帰り道、まだ雨は降り注いでいた。


「寒……」


 一応春ではあったが、肌寒く、明日香の口から情け無い独り言が漏れてしまう。


 家の近所の桜並木は、すっかり花びらを落とし、道の上に散らばっていた。水たまりにも桜の花びらが散らばり、地味なコンクリートもピンク色に染まっている。


 そんな天候だったが、明日香じゃ今日の事を思い出すと、口元が緩む。そんな歓迎パーティーなど初めてだった。コーヒーの味、シナモンロールの匂い、ポテトチップスの食感、猫のムンキの鳴き声もリアルに思い出せるぐらいだ。母の件は気が重いが、この帰り道は少しだけ心が軽い。


 とはいえ、カフェから明日香の自宅までは徒歩二十五分ぐらいだ。あっという間についてしまう。


 さしていた傘を閉じ、鍵を取り出して自宅のドアを開ける。傘立てに戻すと、変化に気づいた。玄関には母の靴だけでなく、父の靴もあった。父も先程帰ってきたばかりだろう。玄関の三和土は雨水でじっとりと濡れている。それに父のスーツケースや旅行鞄も放置してあった。


 すっかり忘れていたが、今日は父が旅行から帰ってきた日らしい。元々は教員で真面目一辺倒の父だったが、定年退職後はせきをきったように旅行や習い事にしている。この家にもあまり帰った事もなく、明日香も顔を合わせるのは久々な感覚だったが。


「ただいま」


 洗面所で軽く手を洗い、リビングに向かう。ソファで父と母が向き合っていた。ソファのテーブルの上の煎餅や緑茶は手をつけておらず、テレビもついていない。窓の外か雨音が異様に目立っている。


「あ、明日香。おかえり」


 父は一応返事をしたが、母は無視。ソファのテーブルを凝視しながら、口をへの字に曲げていた。


「た、ただいま……」


 一応もう一度言うが、母はずっと無視。しかも父と母の雰囲気が明らかにおかしい。


 二人とも全く会話をせず向き合ってる。テレビもついていないのがおかしい。父も母もテレビ好き。どちらがリビングにいれば必ず電源がついていた。


 より変なのは母の方。確かにいつもと様子が違う事は分かっていたが、この顰めっ面は何だろう。元々愛嬌の良いタイプではないが、この状況はどう見てもおかしい。


「バイト行ってきたんか?」


 父もこの母の変化に耐えられないらしい。助けを求めるように明日香に話しかけてきた。


「明日香、なんかいい香りする。シナモン? ハーブ? それにコーヒーの匂いも」

「そう? お父さん、最近北欧風のカフェでバイトやってるんだよ」

「北欧風? ムーミンかい?」

「店長さんがフィンランド人のハーフで」

「なんだそれ、オシャレじゃなー」


 父とこうして会話するが、母の視線が居た堪れない。母は父を刺すように睨みつけていた。


 父もその自覚があるのか、わざと明るい声をあげてくるが、会話は盛り上がるわけもない。カフェの話題が終わると、父は明日香の転職状況を質問し、今度は明日香の方が無言になってしまった。


 こうちょっと空気が読めないというか、無神経な所が父にはあった。基本的の真面目で優しい父だったが、学校の世界しか知らず、鈍感な部分も否定できない。ちなみに父も方向音痴だ。遺伝したのかもしれない。


「いや、転職の話はしたくない」


 明日香はそうはっきり言うと、二階の自室に駆け込んだ。


 確かに今はそんな気分だ。その証拠に昨日も応募していた企業からお祈りメールが来ていた。他のスキマバイトの求人も保育士や美容師など免許が必要なものが多く、応募し損ねている。


「はぁ……」


 昨日送られてきたお祈りメールを思い出しながらため息が出る。


 今は無闇にインプットする事も辞めた。母の言葉も気にしないように決めていたが、なかなか難しい。


「はぁ、困ったな」


 その上、母の様子も変だ。正直、少々無神経なところがある父と一緒にいるのもしんどい。


 窓の外からは、まだ雨音が響いている。天気予報によると明日は晴れだそうが、明日香は全く信じられない。永遠に雨のような気がした。

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