プロローグ
わたしは猫のムンキっていうの。みんなからはムンちゃんって呼ばれてるわ。
え?
わたしの名前の由来?
北欧の揚げ菓子・ムンキから取られたのよ。五月の労働者の日に食べる伝統的なスイーツでもあるわ。丸いドーナツ。もちもちで美味しいのよ。カルダモンも入ってるから、普通のドーナツより豊かな匂い。
そんな素敵な名前と真っ白なふわふわな毛と、可愛いらしい鳴き声がチャームポイントよ。お客様にも店長にも良くして貰ってるわ。
そう、わたしはここのカフェ・午後三時のフィーカの看板猫なの。日本ではちょっと珍しい北欧風のカフェよ。
カフェは元々は古い教会をイノベーションした所だから、三角屋根と高い天井、大きな窓が居心地がいいのよ。わたしも窓辺でゴロンとするのが大好き。
もちろん、白木で作られたテーブル、イス、オレンジのランプ、キャンドルも素晴らしいわ。あと、地元のアーティストさん達が手がけたオーロラやサウナの絵、ウマやリスの木彫りの小物なんかも素敵。それにコーヒーとムンキ。シナモンロールの濃厚な甘い香り。わたしの自慢のカフェ。わたしは日本一だと思う。いえ、世界一だと思うわ。
といっても店長の雨川麦は全く商売っ気がない。元々フィンランドに住んでいた店長は、二十三歳の時にキリスト教の宣教師になって世界各国を転々。最終的に自分のルーツがある日本で宣教師の仕事もしながら、副業でカフェもやっているというわけね。営業日も不定期。昼間にオープンして夕方には閉めちゃう。もちろん、日曜日は休業日。店長は教会で日曜礼拝のお仕事もあるからね。本業も大事。
それでも、こんな自由気ままの営業形態だったせいかしら?
このカフェは「悩んでいる人だけが行ける特別な場所」という噂が呼び、店長も妖精や天使なんじゃないかって囁かれているぐらい。ま、店長はフィンランドと日本のハーフなので、顔立ちもちょっと浮世離れてるから仕方ない。実際は悩めるお客様の相談に乗ったり、常連さんの愚痴を聞いているだけなんだけどね。
「ムンちゃーん! ムンちゃん! 今、掃除中だから、ちょっとどいてな」
今日はカフェの営業日。開店前、店長はわたしをソファに退けて掃除してたわ。今は日向ぼっこでゴロンとしてたのに。
「ごめんよ、ムンちゃん」
でも、店長は顔がいいイケメンだし許すわ。美味しい餌もこさえてくれるしね。
「それにしても。今日はいい天気だな」
掃除を終えた店長は、窓の外を見ながらニコニコ笑ってる。
「こんないい天気の日は、ちょっと一休みしたいよね。うん、日本人は働きすぎだよ」
店長はふわぁとあくびをしながら、わたしの背中や頭を撫でてきた。
でも店長の気持ちは分かるわ。日本人は働きすぎ。真面目すぎ。頑張りすぎ。北欧のワークライフバランス精神は全くない。わたしや店長みたいに、少しは肩の力を抜いてもいいのにね。
わたしのそんな気持ちが伝わった?
店長はこうも呟くわ。
「そっか。俺も肩の力抜こう。バイトでも雇って負担減らそうか。でも、前に求人出しも来なかったしな……。あ、スキマバイトアプリを利用してみる?」
店長の独り言を聞きながら、わたしもふわぁと欠伸をする。
ひだまりいっぱいのカフェは、心地よくて、まぶたが重いわ。
「さて、今度はどんなバイトの人が来てくれるかな?」
店長の独り言を聞いていたら、もっと眠くなってきたわ。はぁ、眠い。




