第5話 ひと時の幸せ
私が、誕生日プレゼントを渡すと、南はとても喜んでくれた。でも、彼女は全身で喜びを表現した後、今にも泣きそうな顔をして、こう言った。
「あたしと一緒に過ごしてくれてありがとね、琴葉。あたし、充分幸せだったよ。」
「何よそれ、辞世の句みたいなこと言わないでよね。」
南は弱弱しく微笑んだ。それは今まで見たことが無いような、とても悲しそうな、弱弱しそうな表情だった。
「あたしに万が一のことがある前に、楽しいことしとこっか。」
「楽しいこと?」
「遊園地言って、動物園言って、2人で映画を見るんだよ?」
「それ全部前にも行ったじゃない。」
「もう一度だよ。2人だけの思い出を残すの。今回のお金は全部あたしが出すわ。」
「でも、」
「良いから。これはあたしからのささやかなお礼。」
彼女の様子を見ていて、私は堪らない不安に襲われた。彼女の発言が死を前提にしているように感じたから。
私たちは結局、遊園地に行ってアトラクションを楽しみ、動物園でいろんな動物を見て、恋愛映画を鑑賞した。映画の内容も面白くはあったけれど、切ないバットエンドで私の不安はどんどん強くなっていった。彼女がいつかこの世から消えてしまうような気がしたから。以前の南はもっと口調がきつくて、尖っていたのに、今の南はとても素直で、純粋な性格だ。悪く言えば弱弱しい。まるで自分の寿命を悟った小動物のようだ。デートが終わった後、南は今にも消えそうな笑みを浮かべてこう言った。
「琴葉、ありがとう。私、今まで幸せだったよ。」
「そんな死にそうなこと言わないでよ。南がいなくなったら、私どう生きてけば良いの?」
泣きそうになりながら、南の腕を取る。自分でも思ったより強い力が入った。
「ちょっ、琴葉、痛いってば。冗談だよ、冗談。この優等生のあたしが死ぬわけないじゃない。」
彼女は手を振ってその場をあとにした。その時、私は覚悟を決めたのだ。
「南は絶対死なせない。そのために、助けて貰ってばかりじゃなくて、他人を助けられる強い人間になろう」って。