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016 後悔

 鋼竜を見やる。

 左後ろ足を引きずるようにして、もう立てずにいる。

 膝裏は抉れていて痛々しい……。


(かわいそうだけど、お前が鋼竜なのが悪い。お前たちも人間の国を襲っているんだから)


 それに、鋼竜に胸を痛めている場合じゃない。

 まだ全然わたしが死ぬ可能性だってある。

 居場所がバレれば、またブレスをもらうかも。

 高い魔法耐性を有しているということは、攻撃魔法を使う可能性だって、全然あるんだ。油断なんかしちゃいけない。勝った気になっちゃいけない。


 慎重に近付いたわたしは、尻尾の根元の傷口へ《ポイズンボール》を放つ。

 暴れることを予想して、すぐに距離を取る。


 毒が効くかを遠巻きに観察する。

 最初こそグルグル喉を鳴らしながら尻尾をのた打ち回らせていたけど、次第に大人しくなった。

 尻尾はもう持ち上がらないらしい。


 わたしは、追い打ちとばかりに左後ろ足の傷口へ《ポイズンボール》を放つ。

 効果があるかはわからないけど、執拗に何度もそこへ当てては流し込む。

 こうやって倒れていたところで、わたしが剣で致命傷を与えることは難しいと考えたからだ。

 まだ剣が刺さりそうな腹や喉の下の方は、伏せている鋼竜の下側にあるためほとんど見えない。

 直接的な攻撃魔法もないわたしは、毒で倒せることを祈るしかなかった。


 グワグワ吠えながら残りの足をばたつかせるけど、その巨体は持ち上がらない。

 傷口から入った毒が全身に回っているのだろう。

 さすがにここから生き長らえるようなことはないと思う。


「グワグワ言ってたって、何言ってるのかわかんないのよ」


 もう声を聞きたくなくて、言っても意味がないとわかっているのに言葉を投げかけた。


『お前は人間か』


 予想もしていなかった声に、心臓がきゅっとなる。

 周囲には人間はいない。……と思う。

 語りかけてきたのは……


「……鋼竜?」


 魔法の手を思わず止める。


『目に映らぬものよ。お前は人間か』

「そうだけど。これは魔法?」


 どうやって話しかけてきているんだろう。


『近いものだ』

「どうして人語が話せるの?」

『学んだのだ。人間の住む街で』


 なに言ってんだコイツ。

 ていうかコイツと話してるわたしもなんなんだ。


『私がここから動かないと考えたか。自身を圧縮・変容することなど容易い』

「小さいトカゲになって街に入ったってこと?」

『人間に擬態した』


 デタラメが!

 ……いや透明になるっていうのもわたしの中では十分デタラメだ。

 ブレスだってそう。魔物も魔力を使って、魔法と似たことをしているんだ。というか本質的には同じなのかもしれない。


『興味があった。人間の作るモノ。武器。料理。……ここは退屈だった』


 何を食べているのかって疑問だったけど、まさか人間の街で食べていたとは。


「……急に話しかけてきて、何? 命が惜しいの? もう今更解毒しても傷は治しきれないし助からないと思うけど」

『惜しくはない。弱きを挫くは強者の常。当然のこと』

「人間の世界では、当然じゃないよ」

『私は魔物だ。魔物の理で死ぬ』

「……そう」


 なんだか、話せる相手だとわかると途端に居心地が悪くなる。


「それで? なんで話しかけてきたの?」

『私を倒す者に興味があった』


 そういうものかな。そういうものかもしれない。わたしも、殺されるとなれば相手くらいは知っておきたいかもしれない。

 わたしは、気配を消すのをやめた。

 鋼竜の目に映るように少し顔の方へ歩いて出る。

 ブレスが怖いので目に映る程度だ。


「これがお前を殺す人間だよ。小娘でがっかりした?」

『ふむ。人間はわからぬな。束になっても脅威にならぬと思ったが、よもや小娘一人に殺されるか』


 話せるとなれば、聞きたいことはある。


「……どうして国盗りなんかしてたの?」

『我ら四竜は、互いを牽制し合いバランスが取れていた。ある時爪の……人間たちの言う、爪竜がな。縄張りを広げるため、中心地である人間の国を攻めることにした。たとえ人間であろうと、その戦力が四竜のどこかに付けばバランスが崩れる。私は対抗する形でそれに参戦した』


 そうして、相手をするうちに。相手を知るうちに。

 人間に興味を持ったんだ。


「話せばよかったじゃない」

『何?』

「人間と。共闘すればよかったじゃない。あなたが落とそうとした南の国と協力して、爪竜と戦えばよかったじゃない」

『言葉を交わせば通じ合えると? 竜同士でも理解し合えぬのに』

「出来ると思うけど。人同士だって相手によってはだめだけど、だめじゃない相手だっている。相手によるよ、そんなのは。力をぶつけ合うだけじゃ解決できないとき。話し合いで解決できるなら、それを選ぶ人間は多いよ」


 立って話すのも面倒になってきたので、座り込んで鋼竜に背もたれになってもらう。


「少なくとも、あなたが話せるってわかっていたら。わたし、あなたと戦わなくて良かったかもしれない。あなたが、どんな気持ちで、どう考えて、何のために戦うのか。教えてくれれば、一緒に戦えたかもしれない」


 言葉がすぐに帰ってこない。

 今、考えているのだろう。言葉を交わせばどうなったかを。

 もちろん、どうなったかはわからない。南の国、ライダーン王国は鋼竜と戦うことを選ぶかもしれない。鋼竜と一緒に爪竜と戦うことを選んだかもしれない。……誰にもわからない。


『……そうか。言葉を交わせば良かった。死ぬ間際に、後悔が生まれるとは、な――』


 鋼竜の次の言葉を待つわたしに、膨大な魔力が入り込んでくる。

 とてつもない魔力が行き場を失くし、強化魔法を纏ったわたしに吸い寄せられたのだろう。




「……後味悪」


 四帝竜のうちの一頭。鋼竜が、死んだ。

お読みいただきありがとうございます。

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