015 鋼竜
谷に満ちた毒の靄が鋼竜を襲う!!!
実際のところはわからない。
鋼竜に変化がない。
《ポイズンヘイズ》、効いてるのー? ねぇ~?
三方を囲まれているから風もそこまで吹いていないと思うし、鋼竜、毒吸ってると思うんだけど。効かないのかな。ずるいよ!
魔物だって生物なんだから、毒にはちゃんと弱くあってよ!
それともわたしの魔法が弱いとかそういうこと? ……なるほどそれなら納得。そもそもわたし、魔力だってたぶんそんなに高くないし。毒魔法だって使い始めたばかりだし。
さて、どうしたものか。
今まで、大量のゴブリンやゴブリンキング、アースドラゴンから魔力を吸ってきた。
鋼竜からすればちっぽけかもしれないけど、そこらへんの冒険者よりは結構多いはず。
強化魔法のための魔力も残しておきたいけど、もう少しだけ毒で粘ってみようかな。攻撃魔法を使うわけじゃないしね。
何分経っただろうか。
もういいかな、変化も見えないし。
と思ったところで、鋼竜が起き上がって頭を振ったのが見えた。
ん! 嫌がってる!
効いてるかはわからないけど、嫌がってるってことは効果がないわけではない……と、仮定する。
毒は効くけど《ポイズンヘイズ》で弱いなら、《ポイズンボール》を傷口に直接当てて毒を流し込む作戦でに切り替えよう。
わたしの場合、斬るより刺すほうが威力は出せるけど、目的は毒を流し込むこと。
より大きい傷をつけるには、刺すより斬る方が良い。
どこを狙って斬るかだけど……やっぱり関節かな。
鎧のように固まってる鱗を斬ることは難しいだろう。だけど、関節まで硬かったら動けないはずだから、さすがに比較的柔らかいと思う。
ゆっくり近づいて行ってもこちらに気付かない。
どうやら、見えず聞こえずならわからないらしい。魔力で感知とかされなくて良かった。
膝裏……は、高くて届かないから、足首の後ろ側を斬りつけることにする。
(せーのっ!)
ざりっ
薄皮一枚斬れたような感覚。
うーん? 筋肉まで届いてないかな?
突如、隣に大きな岩が落ちてきた。
びっくりしてそちらを見ると、それは後ろへ動きながら徐々に浮いて行った。
岩じゃなくてどうやら鋼竜の尻尾のようだった……。
(し、死ぬ!)
不幸中の幸い、斬り付けた傷が浅すぎたことで鋼竜もどこを攻撃されたのかいまいちわからなかったようで、尻尾での攻撃も定まらなかったらしい。
一旦距離を取る。
……無理じゃない?
危なくなったら逃げるというか、挑んでること自体が危ないということにようやく、今になって気付く。
一撃もらったら終わりだ。逃げるとか、とてもじゃないけど無理だ。
それでも戦うのか、わたし……
それでも戦うのだ、わたしは。
魔物に大切な人を奪われるのに怯えながら生きていくのも、今こいつと戦うのも。どちらも怖い。
なら、今、ここで。怯えなくて済むわたしの未来を掴み取る。
足を攻撃すると尻尾が襲ってきて厄介。
先に尻尾をなんとかした方が、いい?
尻尾の根元を狙えば、尻尾での攻撃もそこまで威力も高くなさそうだし、そもそも狙いづらそうだ。動き自体も、可動域がそんなに広くなさそうだし、振り落とされることもない……と思う。
鋼竜はまだ、虫でもいたかのように気にしていない。
足に力を込めて、《ソニックスタブ》!
尻尾の横側から下側は硬い鱗には覆われておらず、斜め下の方から突き刺さった。
さすがに痛いのか、鋼竜が暴れる。
尻尾も暴れるけど、こちらにはうまく届かない。
でもわたしも、刺さった剣にぶら下がって何もできない。
(まずい、剣が抜けない!)
手首を動かしてみても、体を前後に振ってみても、一向に抜ける気配がない。
筋肉量が多すぎて、剣が埋まったままびくともしない。
(そうだ! 距離を取るなら!)
わたしは急いで刀身に気を纏わせる。
本当なら気を弾けさせることで相手の武器を吹き飛ばし、距離を取る技……《ラプチャーフォース》でなんとか抜けないかな? というか抜けてーっ!
願いを乗せた気が思いっきり弾ける。
弾けたのは気、だけではなかった。
尻尾の根元、その下半分が、剣の周囲にあった肉が欠片となって弾け飛んだ。
剣が抜けたと同時に空中でバランスを崩したわたしのお腹にすごい勢いで肉片が飛んできた。
「かはっ」
地面に叩きつけられるわたし。
でもすぐさま飛び退って距離を取る。
足でも尻尾でも、どちらでも暴れるそれに巻き込まれたら死んでしまう。
距離を取ったわたしは、しかし音を出さずに冷静に鋼竜を見やる。
相当に痛かったらしく、吠えながら尻尾の根元を見ようと体を捩るけど、自分で自分のお尻を見ることはできないらしく少し回るようにしたあと周囲を見ることにしたらしい。
自分に怪我を負わせた何か……わたしを探しているんだと思う。
尻尾は引きずられている。
たぶん、あれではうまく攻撃できないだろう。
今なら足を狙っても大丈夫なはず。
そう思った瞬間、鋼竜が口を開けブレスを吐き、首を巡らせるとともに周囲を砕いていく。
咄嗟に高所へ移動して避けるが、谷底は地面も壁面も打ち砕かれ砂と化している。
どこにいるかわからないわたしへの、辺り一帯全てを破壊する広範囲攻撃――。
(あんなのもらったら原形が残らないよ……)
緊張から思わず生唾を飲もうとするけど、喉の渇きからそれもできないと知る。
改めて、鋼竜の理不尽な力を実感しつつ考える。
あれを自由に撃たせないようにしないと……。次撃たれるときに、上も狙われたら逃げられるかわからない。
ゲームだったら相手の行動を制限するために麻痺を入れたりするんだろうけど、そんな便利な魔法はない。あっても耐性の高い鋼竜に効くかどうかわからない。
行動を制限する技としては昏睡させたり転ばせたりなんかの技もゲームならあるけど、実際のところ、こんなサイズ感で物理でどうこうできるわけがない。
でも麻痺はだめでも、行動を制限するだけなら足に怪我を負わせるだけでもだいぶ変わってくるはず。思った方向にブレスを撃つのが遅くなるし、逃げる時間も稼げるようになる。
それに、アースドラゴンたちの方へ逃げられることも防げる。もし逃げられでもしたら、もう手を出せなくなる。
せめて足一本、重傷を負わせられれば。あの巨体なら、それだけで動きをだいぶ制限できるはず……
冷汗は止まらないけど、なぜか冷静だった。
ギリギリの戦いはいつも動悸と緊張の中、できることを最大限、できるだけ最適な形で成し遂げてきたからだ……ゲームでだけど。
最初の攻撃で解ったけど、斬り付けるのは無理だ。
かといって刺しても抜けない。
さっきと同じように、刺してから吹き飛ばすしか、大きな傷を負わせる方法はない。
なおも周囲を探るような鋼竜の、裏へ慎重に回って。後ろ足の膝裏を狙う。
狙いをつけて、真っすぐに――《ソニックスタブ》!
ざくっ
(刺さった!)
暴れる鋼竜を無視して剣に気を流し込む。
「は~じ~け~ろぉ~~~ッ!!!」
瞬間、さっきよりも激しい肉片の怒涛をもらう。
今度は硬い鱗もいくらか飛んできて、攻撃したのは自分なのに、自分のダメージもひどいことになってしまう。強化魔法が無かったらきっとわたしも同じく肉片になっていたに違いない。
地面に落ちて盛大に転がったけど、かろうじて大ダメージをもらうだけで済んだので、鋼竜の左後ろ足を見る。
が、目に飛び込んできたのは足ではなく降ってくる巨大な物量……尻尾だったと認識する前に、持ち上げた剣に左手を当てて刀身で受け止める。
剣を通して伝わる重量に、体は軋み、地面は砕ける。
全身が破裂しそう。押し潰されそう。
だけど、さっきの尻尾への攻撃で威力が弱まっていたおかげで耐えきった。
痛む体に鞭打ってなんとか岩場を駆け上がり、回復魔法を使う。
(魔力、残しておいてよかった……)
千切れた筋組織や血管を修復するイメージで、少しでも回復力が高まるように。
強化魔法とともに最初に覚えさせていただいた回復魔法。
子爵様は、お嬢様が暴漢等に襲われた時の万が一のために使用人に覚えさせたんだと思う。
幸いなことにお嬢様に使うことは一度もなかったけど、あの頃は自分に使うことになるとも思ってなかった。もう感謝を伝えることもできない。それでも、感謝の気持ちは大事にしたい。この世界で一番幸せだった時間をくれた方々だから……。
静かに呼吸を整え、眼下を見る。
(まだ傷を負わせただけ。近付いて、傷口から直接毒を流し込まないと……)
体を軽く動かして、確かめる。
(いける。まだ全然動く。魔力も、大丈夫)
確認を終えたわたしは、再度、鋼竜と戦うために歩き出した。
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