013 アースドラゴン
アースドラゴンに近づくため、斜面の緩やかな部分を探しながら降りて行き距離を縮める。
近くで見ると、思っていたより大きく見える。
形的にはトカゲみたいな感じだろうか。もう少し太くて筋肉質に見えるけど。
まだ至近距離と言えるほどではないけど、教室に二頭入るかどうかくらいの大きさ、かな?
ちょうどいいサイズ感のものがいまいち浮かばなかった。引きこもってたからね……この世界では建物以外に大きなものを見た覚えもないし。
幸い近くに別のアースドラゴンや魔物は見当たらない。斥候? 見張り? 的な立ち位置のドラゴンなのかな。あるいは、何か用事があって群れから出てきたとか、元から群れない魔物、とか。生態を知らないから正解らしい答えにもたどり着けそうにないし、今は都合よく一頭でここにいることに感謝しよう。二頭以上だったらそもそも戦おうとはしてないけど。
ここまで来るのに、念のため強化魔法を維持して進んで来たから戦闘準備は出来ている。
早速攻撃のため、毒魔法を使おうとしたところでふと考える。
……わたし、アースドラゴンと戦いたい理由はあるけど殺さなきゃいけない理由が、ない。
考えてみれば、ゴブリンには殺されかけたし、フォレストウルフは襲い掛かってきた。
ゴーレムは街を襲って来ていた。
だから、今までは躊躇せず戦えていたけど、アースドラゴンにはなにもされていない。
どころか、一方的に殺そうとしている。
目の前に姿を見せれば、多分襲い掛かって来ると思う。
もっと街が近ければ、襲ってきたのはこいつだったかもしれない。
それでも、今、現時点でわたしが殺さなきゃいけない理由はない。
なんだか戦えなくなりそうな気がしたけど、今更だ、と思い直す。
だって、蚊みたいな不快な虫は、不快だというだけで簡単に殺す。結局人間は自分勝手な生き物だ。今までだって、そうやって生きてきた。
なら、これはわたしが必要だと思った、わたしのための戦い。
「付き合ってもらうよ。《ポイズンヘイズ》」
毒の靄を発生させる。
けど、今回は今までとは違う。洞窟ではゴブリンたちに逃げ場はなかったし、適当に使っても充満するし、色だって視認されづらいしそもそもされても困らなかった。
一方こちらは、開けた場所で、逃げ場もある。察知されれば奥へ逃げられるだけ。
だから、できるだけ無色を意識して、ドライアイスから流れる煙のように、地面を這って行くイメージで魔法を使った。
「透明すぎてうまくできてるのか全然わからない……今どうなってるんだろう」
毒、効いてるのかな。そもそもアースドラゴンのところまで流れたのだろうか。
疑問に思っていると、アースドラゴンは四つ足で立つのをやめ、気だるげに地面に伏せるように腹を付けた。
効果があったのかな?
わからないけど、斬りかかるチャンス。
出来れば一撃が理想。
あんなのとまともに戦えるほど強くなった自信はないし、強くなれてたとしても長期戦なんかしたくない。長引けば長引くほど、死ぬリスクが上がっていく。
剣にも魔法をかけ、地面を蹴り、瞬時に近づき首に斬りかかる。
バキッ と鈍い音がして、それだけだった。
勢いは鱗で殺され、首を断ち切るどころか少し食い込むのがやっと。
これだけ硬い鱗と剣が当たれば、わたしなんか反動で弾き飛ばされてるはずだから、そうならなかっただけ腕力や強化魔法が強力だったということ。
でも全然致命傷は与えられなかった。その上しっかり気付かれた。
首を振られ、振り落とされたわたしに、しかし攻撃は降って来ない。
距離を取ろうと後方へ跳ぶわたし。
その今いた地点に振り下ろされる、アースドラゴンの巨大な前足。
探すように辺りを窺うアースドラゴンを見て、今の自分がアースドラゴンに見えていないことを思い出す。
(そうだ、今わたし、消えてるんだった)
わたしが蹴った地面を攻撃したのは、石か何かが弾け飛んだ音で気付かれたのだろう。
極力足音はしないように《サイレントステップ》を使っているのに、地面が脆いと、強化してるわたしの脚力では簡単に砕けてしまう。万能ではないんだ。
それにしても、あの図体で耳がいいなんて。アースドラゴンからしたらわたしなんて取るに足らないような生き物のはずなのに、結構気付くものなんだなぁ。
毒が効いているかはわからないけど、少なくともそれで殺すには体が大きすぎるみたい。
致命傷を与えるには、近づかないと。
でも音がすると攻撃を受けちゃう。
意外とゆっくり歩いて近づけばバレないかな? においでバレたりするかな。わたし、におうかな……ずっと走ってきたし、ちょっと嫌だな。考えたくない。
ひとまず、歩いて近づいてみることにする。
近づいたところで、地面を蹴り、首に迫る。今度は刺してみる。
アースドラゴンが反応するけど、遅い!
「あーっ!」
アースドラゴンがこちらを向いたせいで剣が鱗の表面を舐め、刺さり方が浅くなった。
咄嗟の出来事に、思わず声が出てしまった。
剣を引き抜き、離れようとしたところで、無造作に振るわれたアースドラゴンの頭に当たってしまう。
幸い、剣で受け止めたけど後方へと転げ落ちる。
今度は盛大な音がしてしまって、一直線にこちらへ向かってきたアースドラゴンは、巨大な前足で一帯を踏みしめようとする。
前足で交互に地面を踏みつけているのを確認して、左前足を振り上げたのと同時、右前足に思いっきり横薙ぎに斬りかかった。
そんなに勢いはつけられなかったけど、腕力で強引に押し通す!
今の私は岩をも持ち上げ、強化魔法もかかってるんだから! 鱗が硬かろうが、生物である以上無傷でいられるもんか!
思いっきり振られた剣は鱗を砕き、肉を断つ。骨まで到達したような硬さを感じながら滑らすように肉を斬り抜く。
グワァア と咆哮するアースドラゴンに間髪入れず、首を狙う。
距離を取ってはダメ。
時間を置いてはダメ。
何かに斬り付けられ、鋭い痛みに驚愕する、今が最大のチャンス。
考える時間は与えない。
足音を気にせず、一番いい位置につけて
「《ソニックスタブ》!」
技名を声に出して渾身の突きを繰り出す。
継承の書を書いた人たちは、いちいち技名を口に出していた。
疑問だったけど、今はわかる。イメージだ。
イメージを固めるために。威力を高めるために。効果を高めるために、できることならした方が良い。簡単なことなのだから。
わたしが今できる、最高の攻撃。
一瞬詰まった手ごたえがあったのは、きっと骨。
それを砕き、今度は深々と刺さる。
わたしは念入りに、そのまま内側から肉を断ち切った。
倒せた場合を考えて、巨体に押し潰されないように、すぐに距離を取る。
ぶしゃぁっ と結構な血が雨のように降っていたけど、遅れてずしん、と巨体が横たわった。
肩で息をしながら、その光景を見ていた。
大きな血の池に横たわるドラゴン。
きっと踏み潰されただけで致命傷だった。
一度貰えば死んでしまう緊張感と、
こんなにも大きなドラゴンを倒せた高揚感と、
生きていられた安堵感と。
様々な感情と興奮で、ずっと立ち尽くしていた。
どれだけそうしていたかわからなかったけど、ようやく呼吸も落ち着いて、次にすべきことへと頭が回る。
仲間が来たりしても面倒だし、早く立ち去るに限る。
戦利品なんて持ち歩けないし、ましてこれから鋼竜と戦うんだ。重いものなんか持って戦えない。
ひとまず崖の中腹まで駆け上がって、改めて思うのはただひとつ。
次は鋼竜、だね――。
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