表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第二章 初めての実戦

 「ナオキ、チェスクラブ来る?」

休み時間、先日図書室で借りたチェスの本を読んでいると、隣の席の少年がそう言った。

栗色の髪、そばかすのある白い肌。彼の名前はマシュー。

クラブ──日本で言う部活のようなものだろうか。

「実際に駒を触ったことないんだけど...」

マシューは一瞬目を瞬かせたが、すぐに親指を立てて答える。

「初心者大歓迎だよ。昼休みにルーム2Cでやってる」


 昼休み、マシューに言われた通り2Cの教室を訪ねると、中には六人ほどの生徒たちがいた。

机がいくつか並べられ、その上にはチェス盤が置かれている。白と黒の駒が整然と並び、誰かが駒を動かすたび、コツンと軽い音が鳴った。

その空間だけ、時間が止まっているように静かだった。

「ナオキ、ここ!」

マシューが手を挙げる。指さした席に腰を下ろすと、目の前の盤には白の駒が整えられていた。

「君が白番。僕が黒番ね」

白番、つまり先手。小さな緊張が走る。

マシューの前には、光沢のある黒のクイーンが凛と立っていた。将棋とは違い、キングの隣にいるこの駒が、チェスで最も強力な存在らしい。

直樹はゆっくりと手を伸ばし、中央のポーンを2マス前進させる。オーソドックスな初手だ。

ゲーム、開始。

マシューの手がすぐに返ってくる。

次に、ナイトを定石の位置へ出す。そこまでは本で読んだとおり。

けれど、三手目から違和感が広がっていく。

ナイトが思いがけない位置に跳ね、ビショップが空いた隙から直樹のキング側を覗いてくる。

数手のうちに、直樹の防御陣は破られた。まるで、見えない手で誘導されているようだった。

──崩された。

盤面の中央がごっそり持っていかれた感覚。

将棋ならこの状況でも逆転の糸口があるが、チェスは取った駒を使い回せない。

形勢不利がそのまま、終わりを意味する。

「チェックメイト!」

あっけなく、黒のビショップに王が詰められた。

肩の力が抜ける。緊張していたことに、そこで初めて気づいた。

「グッドゲーム!」

マシューが笑って続ける。

「もう一回やる?」

直樹は黙って頷いた。


 二局目。

──緊張しなくていい。将棋と同じように、盤面を"読もう"。

序盤、一局目と同じ展開。マシューもナイトを出してきた。

ここで直樹は、じっと盤面を見つめた。

相手の次の手を“読む”。

──おそらく、次に出るのはビショップ。

それを封じるように、直樹はポーンを前進させる。

マシューの指が止まった。一瞬だが、迷いが見える。

攻める。ポーンを交換し、ナイトを跳ね、ビショップで相手のキングを横から抑えにかかる。

相手のキャスリング──キングを安全な位置へ配置する動き──を崩すように駒を誘導して、

「チェック」

マシューのキングが追い詰められていく、ルークも助けに入れない。

そして数手後、直樹は黒のキングの逃げ道をすべて塞ぎ、ゆっくりとビショップを差し出した。

「…チェックメイト」

瞬間、マシューが目を見開いた。

「…え!ナオキが勝った!?」

マシューは大声で言葉を重ねる。

「すごいよ!ナオキ今日初めて駒触ったんでしょ!?」

周囲のメンバーも駆け寄ってきた。誰からともなく棋譜を振り返り、紙に書き出し始める。

今日初めて実戦を行った初心者に、同じクラブで切磋琢磨してきた仲間が負けた。その一局の内容が気になって仕方がない様子だった。

何人かがナオキの肩を叩きながら声をかける。言葉は全て聞き取れなかったが、「認められた」ことは分かった。


 その日の放課後、帰ろうと教室を出た直樹のもとへ、一人の教師が近づいた。

長身の男。グレーのジャケットに、細い眼鏡。冷たい印象の瞳。

「君が、今日マシューを倒した子か?」

直樹が小さく頷くと、男は目を細めた。

「私はパーカー。チェスクラブの顧問だ」

男は周囲の喧騒をよそに、静かな声で続けた。

「マシューとの棋譜を見させてもらった。面白いチェスを指す少年だ。まだまだ荒削りだが、光るものがある」

直樹は戸惑いながらも、その真っ直ぐな視線に目を逸らせなかった。

パーカーは一歩近づき、静かに言う。

「チェスクラブに入りなさい。君に、チェスを教えよう」

少し面食らったが、直樹は黙ったまま頷く。自分の気持ちは、はっきりと見えていた。

──この戦場で、もっと戦ってみたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ