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彗星の尾を掴む

作者: 山田議事録

カクヨムにてコンテスト用に執筆した短編になります。

★プロローグ:彗星の時代


 自分が生まれるよりずっと昔、地球に彗星が大接近した。


 彗星の尾の毒ガスによって人類は滅亡するという噂が広まり当時の人々は大パニックに陥ったという。

もちろんそんなことはなくて人類は今もこうして繁栄しているが、我々人類はいつの時代も頭上を駆け抜ける彗星に踊らされ文字通り彗星の尾を引いてしまう宿命なのだろうか。


 今から十数年前、芸能界に煌めく一等星が現れた。

遠道晴(えんどうはる)は当時の芸能界に歌って踊る少女の概念を生み出し瞬く間に頂点まで昇り詰めた。その芸能生活には一度たりとも翳りはなく、唯一の輝きを放ち人々を魅了した彼女は数多の星に例えられた。


 しかし、彼女は僅か数年の活動期間で舞台を去る。鮮烈に煌めき未だその軌跡の消えない芸能生活の有様や晴という名から人々はいつしか彼女を彗星と呼んだ。


 彼女が表舞台を去ると同時に世界は次の星を探し始める。

消えた彗星の尾を掴もうと数え切れない夢が生まれ手を伸ばした。

そうして彼女の後を追い、歌や踊りで自らを輝かせ彗星の尾を掴もうとする人々を彼女の1stシングルから偶像(アイドル)と呼ぶようになった。


 彗星を追う星の数が増えるほどに星々は輝きを奪い合う。目まぐるしく変わるアイドルの盛衰はさながら流星群。美しくも残酷な世界は彼女たちの刹那の輝きで形作られている。



★EP1:時代の功罪



 数年前、父親から事務所と莫大な資産を譲り受けた。一生遊んで暮らせる財産だ。


だけど自分は彗星を追うことを決めた。


 母は自分を産んですぐに他界した。だから幼い頃から芸能業界で働く父の背を見て育ってきた。父親は多くの人やアイドルから慕われ頼られていた。記憶の中の父親は一度も自分のアイドルは連れていなかった。星の数ほどアイドルを見てもにこやかに笑うだけでどこか違う誰かを見ているみたいだった。


 別に父親の背を追うつもりはなかった。苦労も沢山見てきたし何よりアイドルを見る父は寂しそうだったから。


 だけど、目の前を通る彗星の尾に手を伸ばさずにはいられなかった。

僕もまたこの時代に生まれ、彗星の夢を見ているから。

 父の真意は分からない。僕にどうしてほしいのか。だけど僕はあの父の寂しい目を塗り替える星を見つけたい。


 そんな訳で事務所を利用して小規模なオーディションを開いた。夢見るアイドル志望は巷に溢れ、こんな所属アイドルの一人もおらず従業員もたった一人のこの事務所にすらアイドル志望は訪れる。


 とはいえ、こんな場末に目に見えるほどの大物は転がり込まない。

 大アイドル時代の今、大手プロダクションが乱立し凌ぎを削っている。その中で従業員1人の実績もない事務所に転がり込んでくるのは大手に跳ね返されたか、挑む自信すらないか、はたまた大志もないか……。そんな少女ばかりだった。誰一人星の煌めきを感じさせる者はいない。


 とはいえこちらも選り好みできる立場でもない。全員を帰らせてから選考を進めると候補生の1人が目に留まる。


 怜悧な印象の端正な顔立ち、切れ長で大きな目に人形を思わせる白い肌、紅く小ぶりな唇。それに釣り合う完璧なスタイル。

 ルックスはこの時代でも霞むことのない超一級品。すでに頂点に近い場所にいないのが不思議なほどの容姿だ。


はたしてこんな候補生がいただろうか?


履歴書と記憶を結びつけて1人ずつ思い出す。


確かにいた。確かにいたが……。


 オーディション中の彼女はぎこちない引き攣った笑顔に戸惑い自信のない動き、伏し目がちな姿勢に態度。外見に対して全てがミスマッチで光るものはなかった。


 そして時代も彼女には味方しない。かつて煌めいた彗星は誰もが甘やかしたくなる愛らしさに溌剌とした天真爛漫さ、明るさと健気さと可愛らしさが融合し人々の心を鷲掴みにした。

 アイドルいえば彼女でありアイドルに最も求められるものは愛嬌だ。彗星こそが理想像。


 一方でこの候補生は端正で鋭い刃のような容姿。彗星とは全く逆のベクトルにいる。生まれた時代が悪かった。時代が違えば彗星は彼女だったかもしれない。容姿に関しては……。


★EP2:青空に星は輝く



 結局誰を採用するか決められず事務所を出た。昔からの癖で何か考え込むときは青空の下に出る習慣がある。どうせ上の空で他ごとに手が付かないなら本物の空の下に出よう、という子供の思いつきから来る習慣だ。


 物思いに耽りながら人気(ひとけ)のない平日の昼下がり、静まり返った公園に向かうとその中心に佇む人影があった。


 直立したまま微動だにしないその人影は遠目にもわかる程に存在感を放っていた。その人影は近づきがたいほどの空気を纏っているのに不思議と惹き付けられ目が離せない。引き寄せられるように距離を詰めるとその顔には見覚えがあった。


 その人影の正体は容姿だけなら彗星にも匹敵する例の候補生だった。彼女は何をするでもなく無表情に虚空を見つめ凍りついたように立っていた。


 研ぎ澄まされたナイフのように切り立つ美貌と細く天を穿つ抜群のスタイルはただ立っているだけで圧倒される凄みがある。オーディション中とはまるで違う。


星だ。彗星じゃない。


 頭の中で彗星が煌めきそのまま隕石となり炸裂した。鮮烈に全てを塗り替える衝撃が彗星が作り上げた自分の持つアイドルの価値観と常識を粉砕した。


「ねぇ、君さっきの子だよね。」


「ふぇ?わ、わわ……ひゃっ、ひゃい!」


 衝撃に突き動かされ彼女に声をかけると驚いた彼女は飛び上がりワタワタと忙しなく動き始め、先程までの雰囲気は霧のように散ってしまった。これで本当に良かったのか、少し不安になるがあの衝撃は正しいはずだ。


「君に話があるんだけど、今いいかな?」


「え……?えぇ、えっと……は、はい。」


 苦笑いのような不自然な笑みを浮かべながらこちらの様子を伺っており、完全に警戒されている。戸惑いながら不思議そうにこちらを窺う彼女に顔を向ける。彼女は視線が合うとビクリとしてあせあせとぎこちない笑みを浮かべる。


「君はアイドルになりたい?」


先程オーディションを行った事実がなければ立派な事案だ。


しかし、彼女は躊躇うこともなく答えた。


「なりたいです。私はハレちゃんみたいに、煌めきたい。」


 人が変わったかのように彼女の瞳には一瞬で強い光が宿り凛々しさが迸る。リスクも無謀も踏み越えて輝きを求めるアイドルの瞳を彼女は持っていた。自分の中で確信が深まる。


これだ。これこそが新時代を切り拓くアイドルの姿だ。


 アイドルとファンは近付きすぎた。

 彗星到来から時代が進み彼女の尾を追うものが増え、牌を奪い合う中でサービスはエスカレートしアイドルとファンの距離は急接近した。


 いつしかアイドルを求めファンが追っていた関係は逆転しファンを求めアイドルがニーズを追うようになった。

 触れられそうで触れられない羨望の的だった彗星をアイドルの理想としながら当然のように触れ合える距離まで近づいてきてしまった。


 だから、一石を投じる。

 アイドルの常識を覆し彗星の真逆をいくアイドルを作り上げる。


 圧倒的で手の届きそうにない遠く強い輝きを持つ、正に天高く輝く星のような存在。

アイドルを再び星空まで押し上げる強烈な偶像。


 彗星の夢を見る社会の中で誰かが同じことをしても相手にもされず消えてしまうだろう。


 しかし、それができる逸材が目の前にいる。


 彗星、いや……遠道晴にも引けを取らないルックスを持ちながら全く違うベクトルの威圧的な煌めきを持つ原石。彼女の凍てつく程の存在感。

 アイドルに手を伸ばしてきた者ほど彼女に手を伸ばしたくなる。それでも彼女は決して靡かず自分の道を進み続ける。


 彼女に魅了されたファンにできることはその後を必死に追い続けるだけ。


 手を伸ばしても指の先も触れられない偶像は今の時代における劇薬。彗星の夢に包まれた人々を惹き付ける鮮烈な星だ。


「僕と来れば君はアイドルになれる。いや、君を僕が輝かせてみせる。僕に任せてくれないか。」


 彼女は強く頷いた。

 迷いのないアイドルの瞳がこちらを見ていた。好機と見れば大手でもなく実績もない事務所を相手にそんな目を向けられる程の強い憧れと意志。この瞬間、彼女は紛れもなくアイドルだった。


「……ありがとう。これからの説明をするから事務所に行こう。あまり時間もない。」


 時間がないという言葉に不思議そうに頭を傾げる彼女を連れて事務所へと走った。



EP3:彗星の尾を掴む



「あの、これ……?衣装、ですか?」


 事務所で着替えさせた衣装を着て鏡に映る自分の姿を確かめながら彼女は困惑の色を浮かべる。


 彼女は背が高い。この事務所にも衣装は数多くあるが170cmを超える彼女に合う衣装はない。なので彼女持参のスーツをベースに複数の衣装の装飾や上着を組み合わせた。

 従来のアイドルの衣装はかわいらしく大きなシルエットの衣装が流行だがそれらとは似つかない飾り気が少なく引き締まったシルエットだ。


「そうだよ。動きに問題はない?大丈夫そうなら出発するから支度してもらっていいかな。」


「出発?えっと、あの……?」


 戸惑う彼女を更衣室に押し込み元の服に着替えさせ、その間に準備をして車を事務所の玄関まで回す。

急展開に目を回す彼女を後部座席に乗せて車を出した。


「早速で悪いけど君にはオーディションに出てもらう。地方主催の小さなものだけどスポンサーもついていて大手も新人の力試しに使う公開オーディションだ。中継も入る。」


「で、でも私練習とかなんにも……。曲もないし歌だって……。」


彼女の表情が不安と戸惑いでいっぱいになる。


「曲はこちらで用意してる。歌もダンスも君なら完璧にやれるはずだ。」


 用意した曲を彼女に渡す。


「え、これって……?」


「それから、パフォーマンスだけど今から言う方針に従ってもらう。」


 固唾を飲む彼女に方針を説明する。

 事務所のオーディションでした様な遠道晴の真似事はしない。無理に笑顔を向けず手を振ったりファンサービスもしない。真摯にパフォーマンスを届け自分の在り方を示す。そして礼儀だけは誰よりも丁寧に正しく。


 従来のアイドル像と全く異なる指示に彼女は驚き目を見開く。


「で、でもそれじゃあハレちゃんみたいには……。」


「君は遠道晴ではないし、遠道晴にもなれない。」


 そういうと彼女から表情が消える。公園にいた時と同じだ。どうやらあれは彼女がつらいことに耐えるときの癖のようなものらしい。


「君は遠道晴になる必要はない。意識した笑顔は得意ではないみたいだし彼女みたいなやり方は君には合わない。でも君のその真剣な表情や端正な顔立ちに一際目立つルックス、アイドルへの真摯さは君の武器だ。君は遠道晴ではなく彼女の作った常識を変える新しいアイドルになるんだ。」


 投げかけた言葉に彼女は瞳に涙を滲ませぽつぽつと語り始める。


 幼少期に遠道晴に憧れたこと。いくつも事務所に応募したが高い身長も端正な顔もアイドルらしくないと否定されてきたこと。自信は打ち砕かれ下手な笑顔もさらに足を引っ張り縋るように我が事務所へ応募したが似たような反応だったこと。


「私、子供の頃からハレちゃんになりたかった。でも私はハレちゃんにはなれない。……だから、アイドルにはなれないのかなって。」


彼女の瞳が艶やかに揺れる。


「私はアイドルになれますか?」


「……それをこれから証明しにいこう。」


 真剣な表情の中に気迫を宿らせ彼女は静かに頷いた。


 アイドル飽和時代ではオーディションは日や開かれ飛び入りも多い。幸いにも父親からの縁でそれなりにツテはあり当日でも小規模なら枠は用意してもらえる。

 とはいえ番組は固まっていて飛び入りの彼女の出番はトリ直前。注目株の前座に近く印象にも残りにくい。


 でもそれはチャンスでもある。大番狂わせにはちょうどいい。



 いくつもの駆け出しアイドルが次々に舞台に立つ。光るものがあるもの、ないもの。重ねてきた努力の差。並べられ比べられると現実は残酷なまでに真実を伝える。


 そして彼女の出番がやってきた。

これまでのどのアイドルとも違う佇まい、雰囲気に会場がザワつく。


 彼女のパフォーマンスが始まるとざわめきはさらに大きくなった。


 彼女の為に選んだ曲は『偶像(アイドル)


 この時代の代名詞とも言える遠道晴のデビュー曲だ。現代のアイドルの在り方を決定づけた曲でもあるがその解釈についてずっと疑問を抱いていた。


 遠道晴はアイドルの象徴で理想だ。

だからみな明るくかわいく元気に振る舞う。


 だけど、遠道晴の到来以前にアイドルは存在しなかった。


 そんな中アイドルの道を開拓した彼女にとってその道は常識を破壊し自分の道を切り拓く険しく困難な道だったのではないか。

 常に新たな境地を行き夢を追い掛け誰かに希望を与え続けた遠道晴。

 時代の中で偶像化された彼女の本来の姿に今この会場で最も近いのは誰だろうか。


その問いの答えをきっとこの場にいる誰もが感じている。


 彼女がパフォーマンスを終えこれまでの誰よりも深く丁寧に頭を下げる。

 笑顔はなく愛想は振り撒かず媚びもしない。だけど人一倍真摯に真剣さを伝える。


 異彩を放つ彼女の姿にパフォーマンスが終わっても会場のざわめきは収まらない。視界の端で芸能関係者や記者らしき人影が忙しなくしているのが見える。


 その様子を見て新しい時代の到来が近いことを確信する。彼女と公園で出会った時可能性を感じたのは単に彼女が遠藤晴と違う輝きを持っていたから、彗星に届きうるから……それだけではない。


 この会場にいる誰もが感じたはずだ。

 彼女という存在は遠道晴と似ても似つかない容姿にパフォーマンス、それなのに誰よりも遠道晴に近い在り方。


 アイドルの本質は遠道晴の再現ではない。無謀や常識に立ち向かい抗いながら道を切り開き人々に希望を与える姿。それこそがアイドルなのだと。

 彼女の存在が大きくなるほどアイドルの定義は変化する。それぞれがそれぞれの色で輝く時代が来る。彗星の後を追い流星群が降り注ぐ時代からそれぞれの星が自分の色で空を彩る時代が来る。


 その時こそ、彗星の時代は終わりアイドルの時代がやってくる。


 そしてその時代の中心に一際輝く一番星。


それが彼女、戸隅(こくま)アリス。


 出演者の控え室に向かうと興奮に頬を染めたまだ息の荒い彼女が待っていた。


「どう、でしたか……。私、うまくできた、でしょうか。」


息を整えながら彼女が問い掛ける。


「十数年ぶりにアイドルを見た。そんな気がする。」


「……!」


 彼女が満開の笑顔を浮かべる。

表の方からワッと歓声が上がる。どうやら審査結果が出たようだ。係員が彼女の元へやって来てあっという間に舞台へ連行していく。


 彼女を見送る自分の心臓は酷く高鳴っていた。彼女の屈託のない笑顔。その中に彗星を見た。在りし日の遠道晴を思わせる破壊力。

 彗星を穿つ星を見つけたと思っていた。だけどやっぱり自分も彗星を探していたのだろうか。


 舞台の方から聞こえる歓声は今日一番の盛り上がりを見せる。新たな星が今産声を上げた。


 瞬く間に空を駆け抜けた彗星。僕たちはその後を追っている。


 彗星の尾を掴む。


彼女とならそんな夢物語も現実にできるはずだ。

よく聞かれるのですが、現状続きはありません。そのうち書きたいとは思っています。

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