表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

めぞん『石の下』

作者: 幕田卓馬

しいなここみさん主催の『梅雨のじめじめ企画』参加作品です(*´Д`*)

 梅雨の時期は雨が多い。


 だから僕は、家から出ない。


 日雇いバイトの予定を入れていたけど、面倒なのでドタキャンしてしまった。

 この冷んやりした万年床に寝そべって、ずっと天井の染みを数えていたい……。


団吾(だんご)くん! 団吾(だんご)くん!」


 トランクスに手を突っ込んで、キノコの横をボリボリ掻いていると、201号室の下司(げじ)さんが玄関ドアを叩いた。

 薄いドアが、バカみたいな音で騒でいる。


「なんすかー、うっさいっすねー」


 首元の伸びたTシャツとパンツ姿のままドアを開けると、そこには下司(げじ)さんと、102号室の百足(むかで)さんが立っていた。

 

 2人とも無職らしい、髭も髪も伸びっぱなしの見るに耐えない姿だ。まあ、それを言うなら僕だってそうだけど、30代の2人と20代の僕じゃ漂う悲壮感が違う。


「202号室に、引越し業者が出入りしてますよ!!」


「ああー? そうなんすかー」


 僕は尻の割れ目の上あたりに痒みを感じて、片手でボリボリと掻く。そして垢? が溜まった爪の先を、トランクスの端で拭う。


 誰が引っ越してきたところで、どうせ3ヶ月もたないだろう。

 日が当たらなくて常時ジメジメしたこのアパートは、陰干しした洗濯物が逆に湿ってしまうレベル。浴室は白い壁のシーリングにカビが生えて孔子模様になってるし、時々よくわからないレベルでデカいキノコが生えてくる。


 そんなこのアパート『メゾン石之下』は、当然の帰結として人が居付かない。僕ら3人以外の住人は、過酷な環境に耐えかねて3ヶ月以内には退去してしまう。


 石の上にも三年ならぬ、()()()()()3()()()、だ。


 どうせ今回の住人も、3ヶ月もたない。


 まあ、どうでもいいけど。

 

 立ち話もあれなので、下司(げじ)さんと百足(むかで)さんに上がってもらった。どうせ今日は暇なのだ。ビールでも飲みながら、次の住人が何日で退去するか、くだらない賭けにでも興じよう。


 僕は実家から送られてきた350ml缶のビールを取り出し、コップに均等に注ぐ。


「うるさい若者だったら、いやですねぇ」


 下司(げじ)さんがビールの泡を、もったいなさそうにぺろぺろ舐める。


「そんときゃ、こっちから追い出してやりゃーいいんだよ!」


 百足(むかで)さんは大口を開けて豪快にガハハハと笑って、下司(げじ)さんの背中をドンドンと叩く。そして、僕の差し出したビールを美味しそうにぺろぺろ舐める。


団吾(だんご)くん、なんかつまみはねーのか?」


「この前、風呂場によくわからないレベルのデカいキノコが生えましたので、食べてみます?」


「ああ、それなら僕の部屋にも似たようなのが生えてましたよ。ソテーにしたら美味しかったですねぇ」


「お、じゃあ俺の部屋にも生えてるかもしれねーな! ちょっと採りに行ってくる!」


 勇み足で玄関に向かっていった百足(むかで)さん。


 でも、すぐに顔面蒼白で帰ってきた


「どうしたんすか? 百足(むかで)さん」


「いや、あの、女が……」


「はい?」


 僕は首を傾げる。

 

 下司(げじ)さんも百足(むかで)さんも、女性に縁がない。

 こんな世間的に終わってるところに住んでる連中が、女性との健全な交流があるはずも無く……かくいう僕も、童貞である。


 そんな女日照りの日々を送っているからか、たまに美しい女性の幻を見る事があった。

 僕はそれをイマジナリールームメイトと呼んで、いつも舐めるような視線を向けている。


 彼女たちは時に清楚な女子大生風、時にバリキャリのOL風、時にロリロリな後輩風の姿で出現し、僕の目と心を癒してくれる。


 だから、百足(むかで)さんの目の前にいきなり女性が現れたところで、大して驚かない。

 とうとう百足(むかで)さんもその境地に辿り着いたんだな、と先駆者として温かな視線を向けるだけだ。


「ああー、百足(むかで)さんはどんな子が見えましたー?」


「いや、あの、若い、JKか、JDくらいの……」


「ほほーん、百足さんエッチだなぁ。若い子がお好きなんですねー?」


「違う! 引越し! 引越し!!」


 要領を得ない百足(むかで)さんの言葉に、僕は再び首を傾げる。


「とにかく、お前、玄関行け! ここ、お前の部屋だろ!?」


 百足(むかで)さんに背中を押されて、足元に置かれたゴミ袋につまづきながら、僕は玄関に向かう。


 頭を掻いて、爪の間に溜まったフケを見ながら、玄関ドアを開ける。


「はーい……」


 そこには天使がいた。


 僕が今まで目にしてきた、どのイマジナリールームメイトよりも、可愛く、美しく、可憐で、いい匂いがした。


「あ、はじめまして!」


 ツヤツヤの髪、まだ垢抜けない眉毛、まん丸なお目々、ぷっくり柔らかそうなほっぺた。


「わたし、202号室に越してきた『黒山(くろやま)アリス』と言います!」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。


 しぐさ一つ一つが、僕の感情と劣情をくすぐる。


「すぐそこの女子大に通ってます。初めての一人暮らしなので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします!」


「あ、ああー」


 アリスさんの柔らかな声が、僕の耳から入り込んで、脳みそをこねくり回した。

 その結果、僕の知能指数は50ほど低下し、ただ「ああー」と鳴らすだけの物体になった。


「あの、これよろしかったら」


 彼女のしなやかな手には紙袋が握られている。

 僕は窓の結露が滴り落ちるみたいな、ぬべーっとした動きでそれを受け取ると、ペコペコと頭を下げる。


 そして、アリスさんの顔が真っ赤なことに気付いた。


「あの……」


「は、はいー」


「その……下、履いた方がいいと思います!」


 そう言って踵を返すと、アリスさんは階段に向かってテトテトと走る。

 そして何もないところでつまづいて転びそうになり、こっちを振り返ってバツが悪そうに笑うと、何度も頭を下げてから階段を上っていた。


 残された僕は、頭を掻きながら視線を股間に向ける。

 そっか……パンツ一丁だったか……。

 キノコが大きく成長していたのは、きっとこのアパートに漂う湿気のせいだろう。


 居間に戻ると、やり取りを聞いてた2人が困惑した表情で僕を見上げていた。


 可愛らしいアリスさんを見たあとでは、この悲しき生き物も、陰鬱なこの部屋も、そして僕自身も、どーしようもないくらいに滑稽に感じた。


 そいつらを通り過ぎて、僕は締め切っていたカーテンを開ける。

 

 外はあいにくシトシト降りの雨だったけど、雲の隙間からうっすらと陽の光が漏れている。


「変わらなきゃ」


 さらに、窓を開け放つ。

 外の空気は確かに湿っていたけど、この部屋に住み着いたジメジメの空気と混ざり合い、いつもと違った非日常の匂いを感じさせてくれる。


「彼女が、3ヶ月以上ここにいてくれるように――僕たちは変わらなきゃ」


 なにが『石の下には3ヶ月』だ。

 そんなジンクス、ぶっ潰してやる。

 

 僕は、この雨雲に誓ったのっだった。



   *   *   *



 引越しが終わった。


 ダンボールが積まれた部屋の真ん中に座り込んで、黒山アリスはウットリと天井の染みを眺める。


 実家に住んでいた頃は、お母さんが口煩く言っていた。


『あんたの部屋は物が散らかりすぎていて、陽も入りゃしない! 薄暗くて、ジメジメして、まるで石の下のアリの巣みたいだよ!』


 その度に渋々片付けていたけど、部屋のものが整理され触れられなくなるにつれて、自分の居場所がなくなっていくような心細さを感じていた。

  

 でも今日から一人暮らし。


 誰にも文句は言わせない。


 アリスは服を脱いで下着だけになり、ダンボールに詰め込んでいた私物を部屋に撒き散らし始めた。

 

 古いぬいぐるみ、腕の取れたリカちゃん人形、かわいい形のペットボトル、色が気に入っているチョコの包装紙、そのへんで拾ってきたハート型の石、ふわふわの緩衝材、好きなアーティストのTシャツ、ライブで買ったタオル、カビが生えてしまった合皮のバッグ、エトセトラ、エトセトラ……


 大好きなものを敷き詰めた床面に寝転び、その質感を素肌で感じながら、屋根を叩く雨音を聴いた。


「もう、ほんと、最高……」


 恍惚の表情で、彼女は呟く。


ドライブスルーで松屋の『うまトマハンバーグ定食』を待っている最中、ふと思いついたので一気に書きました(*´Д`*)

だめぞん一刻?


アリスは、アリ巣です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
∀・)テレビドラマでみたい感じの作品でしたね。実際にやったらウケると思います。 ∀・)そこまでリアルにやらなければBPO的にも大丈夫(笑)きっと(笑) ∀・)ザ・ゴリゴリの文学って感じの作家さんだ…
類が友を呼んじゃったのかあ。 ダンゴムシ、ゲジゲジ、ムカデときてアリ…………。 後増えるとしたらワラジムシとナメクジくらいか?
いやもう。サイコー!! (>▽<) 『男お◯どん』と『メゾン◯刻』をシェイクして『幕田陰キャワールド』に盛り付けたような。。笑 しかし、この描写。。。 経験がなければ書けないのでは‥‥? (^◇^;)…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ