08.藤原の名に揺れる武士
(心視点)
武はきっと、記憶喪失になる前は、ものすごく優秀な人だったんだろう。
さっき、父さんがタブレットを武に渡して、僕がやっていた、しまじろうのサイトでいろんなことをかたっぱしから見て、学習していたようだ。
スタサプはすでに小学校3年まで終え、数学は中学卒業程度まで一気に進んだとのことだった。
母さんの家事も筋肉量があり、元々器用なことなどもあって、相当こなしているようだった。
尊敬しかない。
僕の部屋も掃除してくれたようだ。
かと言ってのぞいたり漁ったりするようなことはない。
ただ、最近気になるのは一緒にテレビを見ている時だった。
最初にタブレットを渡したこともあり、テレビの画面を触って、見えないところを指で広げようとしていたが、出来ないことが分かったらしい。
出来る事と出来ないことがあるんですね、と少し落ち込んでいた。
何を見たかったんだろう?
「タブレットで検索して、一時停止してアップにしてみたら?」
と言ったら
「何が気になったのかを忘れてしまって…。」
とうつむいていた。
ふと、聞こえた名前に異常反応をした。
「ふじわらの、りか、とは一体どのような生い立ちか!
藤原氏の子孫か!姫君か?」
などと、言いながら目が座った。
くるっとテレビを見ると、俳優の藤原紀香が出演する舞台の告知をしていた。
「藤原紀香、藤原氏の血縁かどうかなんてわからないよ。
ここで暮らしていれば関わる事ないから。」
と言うと、
「この者は武家のものではないのか?」
と聞いてきた。
食事中のタブレットは父さんにも母さんにもダメだと言われている。
「武、後で調べるからさ、まずは食事しよう。
タブレットで検索すればいい。」
と言うと、武は、今検索しようと立ち上がった。
父さんが
「武、食事中はタブレットは良くない。
作ってくれた母さんに失礼だし、万が一、食べ物をこぼして粗末にすることや、タブレットが壊れたらどうする?」
と言うと、武の顔がはっと気が付いたように変わり
「申し訳ない、取り乱して。」
と頭を下げた。
食事をした後、一緒にWikipediaで検索する。
画像も見て、経歴等を読んだ武は
「武士ではなさそうだ。
でも藤原なのか?」
と怪訝そうにしつつ、一安心といった様子だった。
その後も
「藤原聡!」
「ひげダン、歌う人!」
と言って、WikipediaとYouTubeを見せたり
「藤原さくら!」
「俳優さん、歌手!」
と言って、WikipediaとYouTubeを見せたり
「藤原丈一郎!」
「アイドル!」
と言って、WikipediaとYouTubeを見せたりした。
最終的に
「いちいち藤原に反応するなあ。
藤原だからって武に何かするようなことはないよ。
あったら藤原にこだわらず警察に言うんだよ。」
と言うと
「いや、検非違使に言っても、わしを捕らえるはずだ。」
と断言した。
俺は呆れ気味に
「検非違使にって今いないから。
警察だよ、この間来てくれたでしょ。
あの人達、武の知り合い探してくれてるよ。
命を助ける仕事をしている人達を昨日から見ているのに、武はどうして信じてくれないの?」
と聞くと、それに武は驚いた顔をした。
その後
「申し訳ない。
なんだか、心の奥底の、何とも言えない恐怖感があったんだが…。
おそらく気のせいかもしれない。
この国では戦は禁じられておるし、警察が派出所におるんであったな…。」
とつぶやいた。
「わかってくれたならいいよ。
でも記憶をたどるヒントになるのかな?
だとしたら、落ち着いて、こうやって調べてみるといいんじゃないかな?
少なくとも、今、武は守られているんだよ。」
と言うと、武は、涙ぐんで、
「かたじけない」
と言った。
そして続けて
「最初のトイレの時は申し訳なかった。
ドアを閉めて、用を足すということが礼儀ということを知った。
そうでないと、衛生的にも防犯上も良くないことが分かった。
それなのに、勝手に敵と思い込んで…。」
と落ち込んでいた。
「分かってくれたんならいいよ。
僕も武が記憶喪失になってるって知らなかったから、色々びっくりさせちゃったのかもしれないし。」
と言うと
「そんなことはござらん。
学習をするうちに、いかに自分が無知であったかを思い知り、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。」
「大丈夫だよ、僕だって毎日勉強して、失敗して、先生や先輩や父さんや母さん、友達にたくさん教えてもらってるんだ。
今度一緒にどこか行ってみよう。
そしたらもっと楽しくなるからさ。」
そう言うと、武は穏やかな笑顔になった。
最初うちに来た時、武には、今空いている兄ちゃんの部屋で寝るように言ってたけど、今日は何か不安そうだったから、僕の部屋に布団を敷いて、隣で寝ていた。
ものの数分で寝息を立てていた。
藤原って人によっぽど怖い思いをさせられたのかな?