04.拾われし武士、たけし
(心視点)
父さんの会社には2時間程いた。
オフィス街が休みだから、車で移動して、どこかお店に食べに行こうかという話になった。
父さんの部下の人は、出張にいくようだ。
「今日だったら、東京に帰ってくる人は混むでしょうけど、こちらから向かうには空いているようです。」
「事前準備で行くのだろう?だとしたらその分経費計上するんだよ。ちゃんと承認するから。」
「いや、事前準備もそうですけど、町のほうは観光地ですし、観光します。
だから心配しないでください。まだ有給にしたくなくて、この機会使ってるようなもんですし。」
「いや、部下が休日出勤してるなんてな…。
特に磯田くんは抱えてる案件多いうえにクセ強めな顧客だから、休めないだろう。
仕事に必要な決済はちゃんと出すから、観光も情報収集として計上してくれれば…。」
「大丈夫ですよ!楽しんでますから!それより、ほら、息子さんおなか空かせてるんじゃないですか?」
と、僕に目を向けた。
「いや、大丈夫です。父の事、ありがとうございます。」
会話から何となく、父さんが頼りにしていたり、心配しているということ、それに安心して任せて欲しいという気持ちを感じた。
僕は先輩にこんな配慮をしたことがあっただろうか。
どちらかというと、心配かけてばっかりだったり、フォローしてもらったりが多い。
こんな風に、任せてください、心配しないでください、他のことに目を向けてください、自分のことに集中してください、って先輩に言ってみたい。
言ったところで、やっぱり先輩!お願いします、教えてください、ここ出来ないです、って泣いている自分をどうにかしないとな。
失礼します、と言って、磯田さんはカートを引いて、早歩きで行った。
僕は父さんとロビーに立ち寄り、父さんはポケットから駐車券を取り出した。
受付の人は、受け取った駐車券のQRコードを読み取り、渡してきた。
警備員さんに「こちらどうぞ」と案内され、歩き始めた。
後ろから
「もしっ!」
という声が聞こえて振り向くと、さっきの鼻血の人がいた。
「父さん、さっきの落ち武者コスプレの人だ…。」
「うん、もう知らん。行こう。」
「うん。」
そう言って、無視して歩き始めると
「先程は大変申し訳ない!失礼してしまった。
お礼もしていない…。」
と、土下座を始めた。
これには僕も父さんも驚いて駆け寄る。
「頭上げてください。もういいですから、わかりました。
特にお礼されるようなこともしてませんから。」
父さんがそういうので、僕もうなずいた。
「本当に申し訳なかった。敵と勘違いしてしもうた。」
「僕は敵でも味方でもないです。
困ってそうだったから声かけただけです。
元気ならいいです。」
僕がそういうと、落ち武者コスプレの人は泣き始めた。
「わしはどうしてここにいるのか、これからどうしたらいいのか…、
これまでのことも全く覚えていなくて…。」
「記憶喪失ということですか?
だとしたら警察に行きましょう。
行方不明者届が出されているかもしれない。」
父さんがそう言うと、
「けいさつ?」
と落ち武者コスプレの人は首をかしげる。
「いちいち面倒だな正直…、検非違使です。
そしたらわかりますか?」
というと、落ち武者コスプレの人は顔色が変わり
「そんな!朝廷に!」
といったところで、口を抑えている。
?
??
泣いたり、青ざめたり、面白い人だ。
「頼む!行くあてがなくて、どうしようもない。
助けてくれ!」
頭を下げて来た。
父さんが眉間にしわを寄せて腕を組み、考えている。
落ち武者コスプレの人は、めんどくさいけど、悪い人ではなさそうなんだよな…。
「約束して欲しい事がある。」
「ははっ!」
「君はとても態度が大きく、自己中心的で迷惑をかけている。
そのままで受け入れることはできない。
殿は私だ。
そして、ここにいるのは、私の息子だ。
誰にも敵意を向けないこと。
そして、目の前に置かれた仕事に懸命に励む事。
それが出来なかった場合、問答無用で検非違使に引き渡す。
それでもよければついてくるが良い。」
父さんがそういうと、落ち武者コスプレの人はありがたき!と叫んで涙を流した。
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「何でもかんでも拾ってくるんじゃないよ!」
家では母さんが怒鳴り散らしている。
「ごめんなさい…。」
父さんと俺と落ち武者コスプレの人は並んで正座させられ、目の前には椅子に座った母さんが激怒している。
その声にただただ、縮こまる。
「あんたも記憶喪失だか何だか知らないけど、ただ飯食いを置かないからね。
いい大人なんだから、仕事して、自立しなさい!
うちの上の息子、大学生だけど、一人暮らしして、アルバイトして学費以外は自分でやりくりしてんのよ。
色々手続きして、出来る事探して、社会の役に立ちなさい!
わかったわね!」
落ち武者コスプレの人は
「はい…。」
と言うと、母さんは
「声が小さい!」
と怒鳴るので、落ち武者コスプレの人が
「はい!」
と言い直した。
吹奏楽部の返事の練習と同じだった。
母さんは続けて
「髪の毛、ひげ、服。
そんなんで出歩かれたら、怪しいから、お風呂入った後、父さんのおさがり着て。」
「はい…。」
「返事が小さい!」
「はい!」
「それでよし。で、あなた名前は…って記憶ないんだったね。
武士設定らしいから…武ってことで。」
母さんはたけしと名前を付けた。
落ち武者コスプレの人は、たけしとなった。
「心、ちょっと一緒に風呂入ってやって。
その後、ちょっと床屋さん行ってもらって。」
わかった、と返事をして、一緒に風呂に入った。
たけしはいちいち驚いている。
温度設定の自動音声アナウンスに「どこに人が入っている!?」
シャワーにびびり、シャンプーが目に入って痛い痛いと騒いでいたら、母さんが風呂のドアを開けて
「武士だろ!その程度の痛みで騒いでんじゃねえ!」
と一喝すると、たけしは、はっ!と気が付いて、目を力いっぱい閉じた。
僕は小さい時に兄ちゃんや父ちゃんと一緒にお風呂に入った時の事を思い出した。
頭洗ってくれたりしてたんだよな。
「たけし、頭洗うから、目閉じててね。
お湯かける時、顔にかけるよ。
そしたら多分痛くなくなるから。」
「分かり申した。」
相変わらず武士設定だけど。
大人の人だけど、何もしらない幼稚園児だと思うとしっくりくる。
たけしが色々思い出したらその時に話を聞こう。
今は大きな赤ちゃんが来たんだ、と思って。