03.迷い武士、侍女と藍の守り人
(武士視点)
あの父と息子が去ってどれくらい経ったであろうか。
どうやらここは戦場ではないことはわかった。
手甲も甲冑もすべて外し、身軽になった。
どうやら周囲から浮いているであろうことも理解した。
光る厠を出て、さっきの親子と出会った場所へ行ってみる。
透明な板であったか…。
こんなところに閉じ込められた理由は何であろうか?
これ以前の記憶が全くわからない。
何というか、焦る気持ちが強かったことだけは残っている。
ここは誰の館?城?
それにしてはよくできた鉄でできているようだ。
鉄だけでこうはならないだろう。
少し歩くと、ぽつぽつと人がいた。
髪型も衣服も、置かれたものも、見たことのないものばかりだった。
真似をして、同じように、となりのものに腰を落とした。
…
何と心地よい。
透明な板の向こう側と人が歩いている。
金色の髪をしたもの、目のところになにやらひっかけているもの、
変わった形の帽子をしている者…。
皆、ただ、笑顔で歩いている。
ふと見ると、胸ぐらいまでの立て板の向こう側に女が立っている。
その横に、藍色の服を着た男が仁王立ちになっている。
ここから先が地獄の入口であろうか?
しかし、よく見ると、その女は来る人に何かを聞かれて、答えて笑顔で会釈をしている。
はて…。
そういえばさっきの親子、この建物に入っていったんだろうか?
情けをかけてもらったのに、何もお礼ができていない。
これは恥というものではないだろうか?
それどころか、勘違いから失礼な態度を取ってしまった。
詫びたい。
「すまぬが、ちと、人を探しておる。
さっき、世話になったのだが、名前を聞かなくてな。
甲冑をはずすのを手伝ってもらったり、血の手当をしてくれたんだが…」
と、ふと物音にふりむくと、見知らぬ男がわしの甲冑を小さい荷車の上にある橙色の大きなかごのようなものに放り込んでいた。
「わしのもんになにをする!」
男を怒鳴りつけ、甲冑を箱から奪い返す。
ちり、あくたの類がついてくる。
命を守る甲冑をなんてこと…。
その男を睨みつけると
「あ゛?
おっさん、こんなとこに、こんなもん置きっぱなしにしたら、人が転んであぶねえだろうが!
怪我させて責任取れんのか?
こっちはきれいに、安全にするために片付けてんだよ!
バックにでもしまっておけ、ボケが!仕事の邪魔すんな!」
わしよりだいぶ若いであろう。
細く小さな体からとんでもない迫力で怒鳴り、去って行った。
あれは将来立派な武士になれる。
急いで甲冑や刀や手甲、をまとめて抱え、先程の女へ話に行く。
「すまぬ、で、ここに入って行った親子連れを探している。
お礼をしたいのだ。」
「さようでございますか。
ご訪問先の会社名、ご担当者名をお伺いしたいのですが?
アポは取られていますか?」
「ん?あぼ?」
「アポです。アポイントメント。」
「あぼい…」
だんだん女性の顔つきが笑顔から怪訝なものへ変化していく。
何だか悪い事をしているような気になってくるのはどうしてだろうか。
「お約束されていますか?」
そういうことか!
「いや、しとらん。」
「ご訪問先の会社名は?」
「知らぬ、わからぬ。さっき世話になったばかりなのだ。」
「申し訳ございません、それですと…ご案内、ご連絡しかねます。」
どうやらできないということはわかった。
落ち込んで、さっきの白いものに腰掛ける。
これからどうしたものか…。
さっきから、藍色の服を着た男がじっとこちらを見ている。
目が合った。
かかってくる気配はない。
横にいたのは、あの男の姫であったのだろうか?
黙って立っているだけで、他の男と話すのを見ているのか?
色々わけがわからない。
これからどうしたらいいのか。