01.雷鳴の果てに
「俺は帰るぞ、ふるさとに。まだまだやるべきことがあるんだ!」
その瞬間、雷鳴ともに、気を失った。
ここはどこだろう。
涼しい。
地面が冷たく硬い。
建物が天を貫くほどに高く伸びている…。
これは夢か?
それとも、あの雷鳴とともに死したのか?
ならば、ここは黄泉の国であろうか?
周りを見渡すと、向こう側に何かある。
歩いて行くとゴンという音と共に顔面に痛みが走る。
ということは夢ではない。
鼻から出血してしまったようだ。
後ろから
「大丈夫ですか!」
という声で振り向く。
自分と同じ年齢だろうか?
その息子だろうか?
それにしても変な髪型をしている。
まるで生まれたばかりの子供のような。
「父さん、ティッシュあるよ!」
子供が何やら、かさかさと白いものを出す。
大人の方は、よし!と言って、それを広げて自分に渡した。
「これで拭いてください。」
渡された白い布のようなもので鼻をかむとすぐに破れた。
なんだ、これは。
紙か?
にしても布のように柔らかい。
「わー!鼻血出した時に鼻かんだらダメですって!もーう」
そう言って、大人の男の方がわしの鼻をつまんだ。
「何をする!」
思わず手を払いのけると、
親子そろって
「うーわー!」と声を出す。
その瞬間鼻からの出血がぼたぼたと出た。
大人の男は
「すみません、知らない男に勝手にいきなり顔さわられたらいやですよね。
大変失礼しました。
鼻の根本を人差し指と親指でつまんでください。
あ、下向いてくださいね。
上向くと、血が胃の中に入って、吐き気の元になりますから。」
と神妙な顔で謝罪していたようだった。
子供のほうは
「おじさん、顔拭くよ。さすがに血だらけの顔は良くないと思うから。」
と言って、また白い布のような紙のようなものを取り出して顔を拭いてきた。
それを手で切り小さく丸め、鼻の中に差し入れてきた。
大人の男の方は、
「もう、手を離していいですよ。」
と言ったので、手を鼻からはずした。
子供の方はさっきの白い布のようなもので、血をふき取っている。
「すまないが、ここはどこか?」
たずねると
「ここは大手町ツービルですよ。もしかして迷われてます?
どちらへ行かれますか?よろしければ近くまでご案内しますよ。」
そう言われても、ここが全くわからない。
「武蔵野…芝崎村へ」
「あー!そういう設定のコスプレでしたか!
ですが、このあたりでは、あまりふざけたことはなさらないほうがよろしいかと。」
大人の男が笑いながら、そういうので
「断じて違う!やらねばならぬことが山ほどあるのだ!」
と怒ると
「あーあー、わかりました、頑張ってください。」
めんどくさそうな表情に変わって親子らしき男2人は立ち上がって歩こうとした。
しかし…
「あの、ちょっとすまぬが、厠はあるのか、この館には?」
くるっと2人が振り返る。
「厠…、設定徹底してますね。こちらです。」
笑顔で歩き出した。
後をついて行く。
周囲には奇妙な灯りが並び、まるで昼間のように明るい。
そこに小さい開き戸があった。
「重ねて申し訳ないが、ちょっと甲冑を外すのを手伝ってくれ。
また、敵襲に備えて、見張りも。」
「あ、はいはい。」
2人の男は甲冑に手をかけた。
「ん?これ紐?きつくね?」
「ほんと、本格的だね、これは。着るの大変だったでしょ?
しかしこの重量感といい、作り込みといい…、高いんじゃない?
こんなところに着てくるとは…。」
ぶつぶつ言いながら甲冑の紐をほどこうとする。
「父さん、ほどけないよー!」
息子のほうが、父親に言うと
「うーん、これは大変。」
そう言いながら、紐をほどいていき甲冑がはずれる。
そう言って厠にいくと
中に白い大きなどんぶりのようなものの中に澄んだ川の水が張られている。
思わず
「なんじゃこれは!」
と叫ぶと
「はいはい、もうトイレまで来て、設定いいから。
とりあえずここで待ってます。甲冑も見てますから。」
と言われた。
まず、もう用を足す。
「ちょっとドアぐらい閉めなよ!」
息子の方があわてて、扉を閉めて閉じ込めた。
…やられた…。
藤原氏の手のものであったか。
しかし、刀はすでに奴の手に…。
ここを出たら、またやられる…。
素手でどこまで出来るか…。
「もー、開けっ放しでトイレするとか。赤ちゃんじゃないんだからさー!
終わったー?開けるよ?」
扉が開いた。
瞬時に飛び出る。
「貴様ら!ここで閉じ込めようとは!卑怯な手を使いおって!」
息子は驚いてしりもちをついて、驚いた表情で座り込んでいる。
ん?
そしてその父親らしき者が怒りの顔つきで
「君はさっきから一体なんだね?
人の厚意を搾取するような真似を散々している自覚はあるかね?
そして今、息子に何をしようとした?」
「何?」
「さっきから鼻血だの小便だの、服が脱げないだの、いい加減にしろ。
もう勝手しろ。
心、もう行こう。」
息子はうん、と言って横をすっと通って、父親の後をついて行った。
父親は振り返り
「あ、そこにさっきほどいたものと刀みたいなの、置いておきました。
自分で持って帰ってくださいね。
このあたり、そんなの持って歩いていたら、警察に捕まりますよ。
知りませんからね。」
と低い声で乱暴に言い、去ってしまった。
1人、ここに残された。
痛みもあった。
尿意もあった。
触れたあの人達の体温を感じた。
だとしたら、生きている。
でもここは何なんだ?
ふと見る人が来ているのは袖がない。
袴のようなものを着ているものの、上半身の布が最小限だ。
貧にあえいでいるのか?
このような豪勢な館の中なのに、こんなに痩せた人間がいるとは。
飢えて衣も短くせねばならぬとは…。