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 グラッフルが初めて取り乱したシャナを見たのは三年前。屋敷に連れ帰った、その夜のことだった。

 明かりをとろうとランプに火を灯した瞬間、シャナは喉が裂けんばかりに絶叫した。異常なまでに怯え、必死に何かを振り払っていた。

 幸いにも、背中の火傷を処置した医者がまだ屋敷内に留まっていたため、薬を与えて落ち着かせた。

 炎が怖い——と、後にシャナは語った。揺れる炎を目にすると、兄に襲われ、養母に背中を焼かれた際の屈辱や痛みを、克明に思い出すのだと。

 シャナに炎を見せぬよう、屋敷じゅうのランプをシェードで覆った。シャンデリアの使用は極力控え、使用する場合はシャナをその部屋から遠ざけた。

 気をつけていた、炎には。なのに、なぜ。

「何があった?」

 眠るシャナの髪に指を絡ませる。そのまま掬い上げれば、するりと滑ってシーツに流れた。

 あのとき、シャナはベルンを見送るために立ち上がった。立ち上がり、ベルンからハーブティーを差し出されて、そして——。

『乾燥地帯でよく栽培されてるハーブなんだって』

 ひょっとして、シャナは知っていたのだろうか。知っている以上の何かが、あのハーブティーにはあるのだろうか。

 なによりも不可解に思ったのは、あのときのベルンの反応だ。……やけに落ち着き払っていた。まるで、シャナがああなることを予見していたかのように。

「……何を考えてやがる」

 ベルンのことは信頼している。誰よりも。

 十代の頃からの悪友。莫大な資産をはじめ、面倒事いっさいを家業として受け継いだ者同士。父親の愚痴を酒の肴にして飲み明かした夜も、何度もある。

 ただ、昔から掴みどころのない奴だった。不愛想なグラッフルとは対照的に、人懐こい笑顔で軽口をたたき、いつも飄々として。

 だが。

 そんなベルンの涙を、グラッフルはたった一度だけ見たことがある。

 それは、今から十年ほど前。愛した女性が、自身の手の届かないところで、みずから命を絶ったとき。

 奴隷だった彼女を愛した彼の、悲痛な慟哭——。

「ん……」

 ふるり、と、シャナの長い睫毛が揺れた。

 瞼から紫目が覗く。かたわらのグラッフルの姿を認めるやいなや、その目に安堵の色が滲んだ。

「大丈夫か?」

「……ごめんなさい。わたし、また……」

「気にすんな。……ゆっくり休め」

 そう言ってグラッフルが額に口づけると、シャナはゆっくりと瞼を下ろした。

 起きているときは大人びて見えるが、寝顔のなんとあどけないことか。

 やがて寝息が聞こえてきたことを確認し、グラッフルは部屋をあとにした。





 ❈ ❈ ❈





 ——本当にシャナがここに?

 ——うん。この図面のとおりに進んでいけば、敷地の中に出られるから。

 ——……ああ……ようやく見つけた……ぼくのシャナ。

 ——……。

 ——おまえのことを傷つけた人間はもうこの世にいないから……早くぼくたちの家に帰ろう。

 ——……まあ、せいぜいがんばりなよ……()()()()()


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