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4-9 符を書く

「あれ、脱いだ服は」


 風呂からあがった照勇は、外で待っていた李高に訊ねた。


「洗濯するってさ。持ってかれた」


「白雪聖母に? 手伝わなくっちゃ」


「まとめてやってくれるそうだから甘えとけ。共同生活の良さだろ。それぞれ担当がいるんだから」


 個々でやるよりも、洗濯はまとめてやったほうが効率がいい。調理は一回で全員分を作るほうが効率がいい。そういう意味なのだろう。得意不得意は補い合って暮らしていく。理想的だと照勇は思った。

 いずれ自分も担当を持つことになるだろうが自分にはなにができるだろうか。町に出たときに代書屋をするのはかまわないが、普段の暮らしでも役に立ちたいと願った。いまのところ、できるのは紙すきと製本くらいだ。

 ふと李高を見やる。


「いつまでも居候ってわけにはいきませんよ。いっそ李高さんも入塾しちゃいましょうよ」


 李高がいてくれたら心強い。三娘がいてくれたらなおさらだ。


「いやあ……」


「あ、こちらでシタカ。シショウが呼んでます」


 たどたどしい言葉をかけられる。ダーシャ卿と呼ばれている浅黒い肌の兄弟子が照勇を手招いた。西のほうから香辛料の行商のためにやってきたが、東西をただ往復するだけの人生に嫌気がさして、いまは元帥のもとに寄宿しているのだという、ちょっと風変わりな人物だ。

 彼が調理当番の日は異国の料理が並ぶと聞いてからは楽しみでしかたがない。


「リッコーさんはこなくてケッコウ。あんた呼ばれてない」


 ダーシャ卿は李高を邪険に払う。


「じゃあ、おれはダーシャを手伝って香料をすりつぶそうか。夕飯作るんだろ」


 むしろ李高はダーシャ卿の腕に絡んでぶんぶんと振った。


「今夜はワタシの番ではない」


「ダーシャの作る異国飯は美味いんだってな。待ちきれないなあ」


「……一緒、来るか? 拉西(ラッシー)作る」


 ダーシャ卿は講堂奥の元帥の房室まで照勇を案内したあと、李高と一緒に、どこかうきうきしたようすで庫裏へ向かった。拉西とはなんなのか気になって振り返ったとき、まるでたしなめるような声音で名を呼ばれた。


「外にいるのは五娘だな。師匠を待たせるもんではない、早く入ってきなさい」


「はい。失礼します」


 照勇は房室に入った。


「これを真似して書いてみなさい」


 元帥が見せてくれたものは符だった。縦長の黄色い紙に文字とも文様ともいえる不思議なかたちが朱墨で書かれている。


「細かくて難しいかもしれんが字を知らないものに真似をさせると、どこか(いびつ)になってしまうのでな」


「売り物にするのでしょうか」


「そうだ。次回、町に行ったら厄除けの護符として売ろうと思っている」


「……先祖の供養ですよね。書かれているのは」


 照勇は符をじっくりと眺めた。先祖が悪霊となって子孫を祟らぬよう、玉皇太帝の名で命じた符である。神だけでなくすでに故人となった勇名な武将の名も記されている。

 自分が書いていいものだろうか、としばし悩む。


「そ、それは広い意味で厄除けといえるではないか」


「たしかに。そういえば陶器も作られているとか、もしかして祖霊を封じるための壺でしょうか」


「……なんだって?」


「方術士や道士が行う祭儀のひとつですよね。祖霊を慰撫したり脅したり、ときに封じ込めて、広い意味の厄除けをするあれです。どれほどの効果があるのかはよくわかりません。でも信じている人にとっては、なくてはならないんでしょうね」


「ああ、あれか。うむ。そういう用途もありうる。祭儀を簡便にしたものがこの符だ」


 冥界で苦しんでいる祖霊は自分の身代わりとして、生きている子孫を冥界に引きずり込む、という伝承がある。元気な若者がとつぜん死んでしまうと祖霊の祟りと怖れられる。

 道観に住んでいたとはいえ、照勇には祖霊の祟りについては知識はない。よくないことがあるとなんでもかんでも祖霊のせいにするのはどうかと思うが、いま生きているものの不安を心から取り除くのは必要なことだ。

 照勇のもっとも身近な祖霊は父母になるだろうが、謀反のすえ悲惨な末路を辿ったと聞いている。父母を祀るものは誰もいない。照勇は不孝を犯している。


「わたしのようなものが符を書いてもいいのでしょうか」

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