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4-2 勇者と虎

 李高は腕まくりをして大岩に近づいた。

 ざわめきが周囲に伝染していく。李高の一身に人々の期待が集まる。

 救世主の来訪だけが唯一の村の希望だからだろう。

 爽やかな風が吹いてきた。透き通るような白い花弁が舞う。季節は春に向かって動いている。

 照勇も思わず腕まくりをした。李高がだめだったら自分も試したい。けして自分が英雄だの救世主だのの類だと思っているわけではない。これは占いのようなものだ。それに誰かに期待されるのは気持ちのよいものだ。

 武侠小説でしか見たことのない青竜刀への憧れがあるのも事実である。

 三人の中で一番英雄然としているのは剣術の心得がある三娘だろうが、彼女は人助けには興味ないだろう。


「李高さん、がんばってね」


「おう、見てろよ五娘」


 照勇は最前で見物する。村人の期待感がそのまま照勇に伝わってくる。わくわくがとまらない。三娘は憮然とした顔つきで照勇の背後に立つ。


「さあさあ、どうぞ引き抜いてください、勇者さま。お願いいたします」


 待ちきれないといった顔で老人がうながす。

 李高は青竜刀の柄に手をかけた。カタ、と小さな音がした。抜ける。照勇は確信した。


「む、ぬぬぬ」


 李高は腰を落として両手で柄を握りなおした。ズズズ、と大岩と刀がこすれる音が聞こえる。


「おおお!」


 老人は感極まった声をあげた。

 李高は青竜刀を高く掲げて振り返った。その勇姿は江湖の英雄そのものだった。


「すごいすごい。李高さん、すごい!」


 照勇はその場でぴょんぴょん跳ねた。

 三娘が小さく「け」とこぼした。

 李高の周囲に村人がどっと押し寄せる。


「勇者さま」「お待ちしておりました、われらが救世主よ」「とうとう時は来た」「天はわれらを見放さなかった」「なんてかっこいいのかしら」「抱かれたいわあ」


 李高の表情がとたんに崩れた。


「おれの非凡さがとうとう明らかになってしまったか。ああ、やはり生まれ持った宝玉はその輝きを隠し通せないものなのだな。みなの知るところとなっては全力を尽くすしかないでしょう。安心してください、この村は伝説の勇者こと李高が救います!」


 わっと歓声があがる。

 太陽が燦々(さんさん)と輝き、英雄の尊顔を照らした。

 照勇は感嘆の息をついた。人は見かけによらない。李高が救世主の運命を持っていたなんて、まったく気がつかなかった。大勇(たいゆう)(きょう)なるがごとし。

 三日月に似た形状の青竜刀。少し重そうだけど、いつか自分も振るってみたいものだ、と照勇はうっとりと眺めた。


「では勇者さま、あちらの家で詳しいお話を。青竜刀はこちらでお預かりいたしますので、はい、どうぞ、あちらの板葺きの家に。村役が待っておりますので」


 予言者の老人は青竜刀を受け取ると、別の村人に手渡した。手渡された刀の行方を、なんとはなしに目で追うと、抜いたあとの穴に無造作に戻された。


「元に戻しちゃうんだ……?」


 伝説の青竜刀にしてはぞんざいな扱いだなと、照勇は首を傾げた。




「ひ、人食い虎ですって……!?」


 声が裏返るにとどまらず、李高の喉はひしゃげた。開きっぱなしの口から痙攣音が聞こえる。


「はい、ほとほと困り果てております」


 頭に数本の白いものが混じった村役は李高より十ほど歳上といったところだろうか。照勇と三娘は李高をはさんで横一列に並んで村役の哀訴に耳を傾けていた。


「それも一頭ではなく九頭、群をなして襲ってくるのです。村人では手に負えません」


「九頭も……!?」


 李高は目を剥いた。村役は面を伏せて声を落とす。


「虎狩りを考えました。町まで出向いて口入れ屋に頼めば虎退治できる腕のいい猟師を紹介してもらえるかもしれません。ですが九頭となれば猟師を何人も雇わなければならないでしょう。危険な仕事はたいへんに費用がかかるものです。つましい村人から費用を徴収することもできません。かといって村長であるわたしもただの困窮者。簡単に金を用意できるわけもなく……。虎に食われて死ぬか、窮乏して死ぬかしかないと困り果てていたところ、とうとう一騎当千の勇者さまが村にいらした。これは村にとって最後の頼みの綱でございます」


 村役は何度も額を卓子にぶつけた。


「村役どの、頭をあげてください。さ、さすがに伝説の勇者でも、九頭の人食い虎は……荷がおも……」


「さささっと退治してくださればいいのですよ。村人全員の宿願です。どうぞよろしくお願いいたします!」


「「「お願いいたします!!! われらが勇者さま!!!」」」


 家の外から村人が一斉に唱和する。これには照勇も三娘もびくっとなった。


「……うまくいくかなあ、いや、勇者たる者、自信がないわけではないが、しかし、うーん、やはり専門家を雇うほうが……いいような気が……しないでもない、ような……」


 李高の目から光が消えている。顔面から汗がしたたる。


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