2-2 契約
「こっちの子は十分育ってるみたいだけど……あんたは……化粧してるけど十三……いや、もっと幼いね」
朱老太婆は「よいしょ」と鼻と口から同時に息を吐いて椅子に腰掛けた。照勇と弓月は立たせたままだ。
「ここがどういうところかはわかってるだろ。しばらくは見習いだよ。下働きをしながら姐さんたちの仕事ぶりを観察しな。身代金に加えて生活費は借金になるからね。ほら、ここに名前を書いて、人差し指を朱肉につけて、ここに指印を押すんだよ」
卓子の上に並べられた紙は契約証文のようだ。雇う者と雇われる者が双方納得のうえで契約したと証明する書面だ。書面を作るのは良心的かと感心したが、照勇にとってはそれ以前の問題があった。
「ちょっと待ってください」
照勇はさっそく抗議した。
「ぼ……じゃなくて、わたしはまちがって連れてこられたんです。ここで働くことを了承していません」
弓月は家族に売られたと言っていたが照勇は拉致されたのだ。金は一文ももらっていない。なぜ借金を抱えなければならないのか。
「うるさい子だねえ。あたしはもう金を払ったんだよ。聞き分けが悪い子はお仕置きだよ。舌を切り落とされたいのかい」
「舌!?」
「それとも歯を全部叩き折られたほうがいいかい?」
「そ、そ、そんなひどいこと」
「わたしは大丈夫です。できればなるべく早く、見世に出してください」
弓月は証文の内容を確認もせずに名前を書き、指印した。名前……なのだろう。毛虫の絵みたいだが。
「弓月、自棄になってない?」
「一日でも早く稼がないと借金がどんどん膨らんでいくんでしょう。わたしは覚悟ができてる。がんばって稼げばいいんだもの」
「でも……」
「あんたも早く書くんだよ。字が書けないならなんでもいい。丸でもバツでもかまやしない」
嫌な予感がして、さっと文面に目を通した。
「前借りの額は金貨十枚!?」
照勇が読み上げると、弓月は目をぱちくりさせた。
「ウソよ。両親は銅銭五百文しかもらってないわ」
それはちょっと安すぎないか。さんざし飴五十本分じゃないか。
照勇は続く文面を声に出して読み上げた。
「生活費は別途で八百文、これが年季明けまたは借金全額返済まで毎日加算される。え、さんざし飴八十本分? 金貨一枚は千二百文だから十枚で……さんざし飴千二百本か」
高いのか安いのかは判断しにくい。物差しになるものがさんざし飴しかないせいだ。
「ちなみに書は一冊でいくらくらいなの?」
弓月は泣きそうな顔で答えた。
「……最低でも金貨二枚はするわ……」
「あんた、五娘っていったね。字が読めるのかい」
朱老太婆は腰を浮かせて、照勇の肩をがっしりとつかむ。
指先が食い込んで痛い。だが怯むのは今じゃない。
「おかげで妓女の手当が低いのもわかります。妓女の取り分が単価四百文と書かれてますよね。だとすると日に最低二人の客の相手をしないといけないじゃないですか。それでようやく生活費と相殺される」
『年季は十年』と書かれているが『その時点で借金が残っていたら転売されることを了承すること』と書かれている。こんな理不尽な契約があってたまるものか。
「月のさわりも除外されないの?」
弓月がこわごわと問いただす。
「休むのはいいさ。でも生活費はかかるんだから借金は増えるよ」
「そんな……それじゃ稼げないわ」
「売れっ妓になればいいのさ。売れっ妓になれば、もっと条件のいい契約に書き換えてあげるから」
「……それなら……がんばるわ。よろしくお願いします」
弓月は朱老太婆に頭を垂れた。
照勇は月のさわりがなんのことかよくわからないし、妓女がどうやって客をもてなすのかぼんやりとしか想像できないけれど、弓月の焦燥がもどかしくてしかたない。不当な契約証文を甘んじて受け入れるしかないのか。
「でも弓月、あまり条件がいいとはいえないよ……」
「いいかげんにおしよ、五娘。ここから出たいのならいますぐ金貨十枚を都合するしかないんだから。それが無理なら契約を取り結ぶ以外の選択肢はないんだからね」
妓楼の独裁者は照勇の手にむりやり筆を握らせた。
「字が読める妓は重宝だよ。ここみたいな田舎には滅多にいないからね。客の作った詩を読み上げて褒めちぎってあげるといいさ」
照勇は『与五娘』と署名し、人差し指を朱肉に押しつけた。
親指の拇印ではなく人差し指での指印にしています
女性らしい所作になるからです
中国ドラマを参考にしました




