47 泡沫の夢
―――私はきっと忘れることができない。
―――狭間に眠り、幾度の夜を越え、体が砂に埋もれても。
―――いつまでも、彼らのことを覚えている。
砂塵舞う集落、ガダーン。
ここでは毎年開催されている祭りがある。
「母さん!今年は誰がなるんだろうね」
幼い息子が、母に問う。
「そうねぇ、去年は舞が最も美しい娘を選んでたわね」
頬に手を当てて答える母に、息子は飛びついた。
「早く会いに行こうよ!睡霞の乙女に!」
祭りの名は、“大地の奉納”大祭。
毎年、この祭りでは「睡霞の乙女」と呼ばれる女性が選ばれる。
選ばれた女性は、見目麗しい狩人と共に地竜の狭間へと向かう栄誉が与えられる。
「今年もいらっしゃるのかしら」
「当然でしょ!みんな、あの方を拝見したくて睡霞の乙女に選ばれたいだから!」
実は、この祭りの歴史は浅い。
たった数年前から、この祭りは始まった。
数年前に集落の長となったスタールと、ある狩人の強い想いから始まったのだ。
この祭りの目的は最初から最後まで同じだった。
――――“睡霞の乙女を探し出すこと”
「―――祭りの準備は順調そうだな」
品のいい骨董品が多く飾られた部屋で、頭にターバンを巻いた男が紙に判を押す。
部屋で書類を捌く彼は、現ガダーンの長であるスタールだ。
「ユラン殿も、準備は整っているか」
「…………」
「まったく、相変わらずだな……」
窓辺に座り、外を眺めたままのユラン。
彼は、どこか遠くを見つめ続けている。
不意にユランが、窓の外へ身を乗り出した。
「なっ!出番はすぐに―――」
屋根をつたっていると、下で賑わっている人々が目に入った。
ユランは足を止め、愉し気な彼らの様子を眺める。
3年前、イアが消えた。
体調が優れないと彼女が部屋へさがったあの時、引き止めるべきだった。
消えた理由がわからないまま、砂漠を彷徨った。
今は、自分の意識が戻ったのと関係があったとわかっている。
体に残された竜の紋章だけが、イアへつながっている手掛かりだった。
すべてを調べ上げた時、彼女が“安らぎの息吹”と呼ばれる麻薬を飲んでいたことがわかった。
“安らぎの息吹”。
この麻薬は服用者の五感すべてを鈍らせ、最後にはすべての感覚を失う。
別名、“悟り薬”と呼ばれていた。
服用者が、悟りを開いた者のように静かに世界を見つめるようになるためだ。
この薬の存在を知る者は少ない―――いや、いないはずだった。
遥か昔、“竜”からその薬を教わった人間が後世に引き継がないようにした。
“竜”の信を得た者のみがその製造法を伝承し、今や忘れ去られた薬のはずだった。
「……お前は“地竜”に会ったんだな」
何度も訪れた“地竜の狭間”。
何日、何か月そこを探しても、“地竜”に会うことはできなかった。
闇雲に探しても見つからなかった。
だから、この祭りを計画した。
「今度こそ、今度こそは……」
握りしめられた手の中には、ある御守りがあった。
「竜禍祈願」と刺繍されたその御守りは、かつてイアがユランのために作ったものだった。
―――――。
「――――」
―――――――。
「――――」
どこかで声が聞こえる。
しかし、それはおかしなことだ。
すべての感覚を失った私が、声なんて聞こえるはずもない。
だから、わかった。
これは夢なのだ。
人々が愉し気に踊っているのも、白い花びらが宙を舞い散っているのも。
(綺麗だな)
夢の世界は、いつ見ても綺麗だった。
自然の中にいても、人々の中にいても、どれも美しかった。
覚めない夢が、ここまで心地いいとは思わなかった。
(私の寿命はまだ尽きないのかぁ)
この夢が終わる時が、私の命が尽きる時。
餓死ができない体も、なかなか考えものだ。
(あの竜……あの世で覚えとけよ!)
左腰にある竜の紋章を撫でながら、怨嗟を吐く。
ふと、同じ紋章を腰に刻まれた彼を思い出す。
結構な時間が経ったはずだが、彼はどうなったのだろうか。
(まあ、眠りからは覚めてるだろうし……)
元気にしてくれていればいいな。
彼だけでなく、あのドラゴンはどうしているだろうか。
体はミニマムサイズのままだろうか、どこを旅しているだろうか。
尽きない質問が浮かび続ける。
(もう、会えないけど)
彼らは……怒っただろうか。
少しでも、悲しんでくれたかな。
自分勝手な願いが頭にこびりついて消えない。
本当は……彼らと一緒にいたかった。
でも、いられなかった。
竜の紋章の力は、衰えてもなお強大だったから。
私があのまま一緒にいたら、近いうちに彼らを眠らせていただろう。
そう、永遠の眠りに。
失うことを恐れる自分に呼応する紋章が怖かった。
どんなに取り繕っても、紋章は着実にユランを永遠の眠りへと誘った。
(これでよかったんだ)
幸せだった。
紆余曲折あったけど、どれもいい思い出だったと思える。
幸せな思い出を抱いて、幸せな夢を見て、最期を迎えられる。
本当に幸せだ。
(うん、幸せだなぁ)
目の前の風景が砂漠に変わる。
陽が傾いたその風景に、心が奪われる。
そして、胸には言い知れない感情が沸き上がった。
(……寂しい)
頬には水が伝っていた。
涙だと気づくのは、あまりにも辛すぎた。
斜陽の中、砂漠で一人佇む。
俯き続けていると、夢の中の空気が震えたような気がした。
(?)
今まで一度もなかった夢の変化に、違和感を抱く。
何かが……何かが起こりそうな予感がする。
『迷い子よ』
(!?)
夢に誰かの声が響き渡る。
この声はこの夢にくる前にも聞いた、あの声。
(地竜!?)
『どうやら迎えが来たようだ』
(何っ、え、迎え?!)
内容が耳から滑り落ちていくままに、私の夢が崩落した。
(うわあああッ!!)
『永く、短い夢であったな』
落ち着いた声の地竜が何か言っていたが、落下中の私にはわからなかった。




