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狩らないでください“狩人”さん!  作者: 良心の欠片
第3章 南の地
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45 砂塵舞う狭間



 ザアァァーーーーー


 砂塵が舞う砂漠。

 傾きかけた太陽が、砂を砂金に変えている。


「…………ゲホッ」


『クルル………』


「ああ、大丈夫だよ」


 肩から聞こえてきた鳴き声に、籠った返事をする。

 口元を布で覆っており、なかなか息苦しい。


 生身のまま肩に乗っているドラゴンの方を見て、頑丈さの格差を感じる。


「もうすぐ着くから」


『クルッ』


 蜃気楼が浮かぶ先に、巨大な亀裂が見えてきた。

 そして、そこから呻くような轟音が響いてくる。


 あれが、“地竜の狭間”だろう。


 やっとたどり着いた目的地に、私は静かに息を吐いた。









 私がこうして砂漠に来たのは、ユランのためだった。

 …………いや、正確には自分のためか。


 彼は今、深い眠りについている。

 その状態は、彼の左腰に現れた竜の紋章のせいだった。

 私の左腰にある紋章と同じもの。


 彼の紋章に触れた時、一瞬だけ反応があった。

 

 すべての元凶だと思われる紋章を調べるため、私は砂漠へと向かうことにした。









「…………宮殿は大丈夫かな」


『クールル』

 

 否定的なニュアンスを含む鳴き方に、不安が増幅する。


 一応、置手紙に「夜には帰る」と書いた。

 まあ、この状況からすると帰るのは結構夜になるかもしれない。


「まあ、大丈夫…………だと思いたい」


『クルル………』


 呆れた様子のドラゴンに、良心が痛んでくる。

 

 だって、仕方ないじゃないか。

 時は一刻を争う。

 あの紋章について、“地竜”から答えを聞かなければならないのだ。



 

 砂に足をとられながらたどり着いたそこは、以前来た時と同じだった。


 あの時は私が裁かれるために来たが、今日は違う。

 今回は答えを聞きに来た。


 息を大きく吸い、口元の布を下げる。


「地竜さん!この紋章ってなんですかーーーッ!!」


 ゴオオォォォーーーー


 木霊する声と、狭間に鳴り響く唸り声。

 その二つが反響するだけで、答えはなにも返ってこない。


「やっぱりダメか…………」


 予想通りの結果に、肩を落とす。

 こんな眉唾物を頼りにするだなんて、よっぽど疲れていたのだと自分を慰める。


「大丈夫、わかってたことだし」


『クルル』


「別に、なんやかんや地竜が現れてくれないかなぁとかこれっぽっちも期待してなかったし」


『クルル………』


 虚しい言い訳を連ねていたその時。


 ゴオオォォォーーーー


「うわっ」


 また地竜の狭間から轟音が鳴り響いた。

 今度は少し地面が揺れた気がする。


「地震の予兆………?」


 不安になった私は、急いで狭間から離れようとした。

 しかし、その行動が仇になった。


 ザサアァァーーーーー


「え?え!?」


『クル!?』


 丁度踏み出した足元の砂が崩れたのだ。

 雪崩のように流れる砂の先は、深い狭間が広がっている。

 慌てたレオンが、服の首根っこを口で咥えて引っ張ってくれる。


 しかし、その努力はただ私の首を物理的に絞める結果に終わった。


「う、うわあああーー!!!」


 ザアアアァァァーーーーー


 砂に足をとられた私は、そのまま地竜の狭間へと落ちていった。



















 ガダーン集落の宮殿。

 そこでは、ハチの巣をつつかれたかのような状態になっていた。


「イア様はまだ見つからないのか!」


「はっ、鋭意捜索中です!」


 兵士たちが宮殿中を駆けまわる。

 その傍らでは、使用人の女性たちが不安げに待機していた。


「イア様、どちらに行かれたのでしょうか」


「わかりませんわ」


「でも、イア様の部屋にあった紙には謎の文字が書かれていましたよね」


「あれは、何かの暗号なのかもしれないと兵士の方々が…………」


 残念なことに、イアの置手紙は彼らに読めなかった。

 本人的には置手紙だったのだが、謎の文字で書かれた手紙は暗号文として受け取られてしまったようだ。


 彼女は知らなかったのだ。

 この世界の文字が読めても、自分がその文字を書けるわけではなかったということを。



 また、ある部屋では、忙しなく歩き回る人物がいた。


「イアはまだ見つからないのか」


「スタール様、落ち着いてください」


 傍に控えていた護衛がスタールを宥める。

 しかし、スタールはその護衛を睨み付けた。


「我は落ち着いている!」


「さ、さようでございますか」


 左右と動き回る人が、果たして落ち着いていると言えるのか。

 その疑問を呑み込み、護衛は静かに壁際に戻った。


「一体どこにいったのだ」


 握りしめられたスタールの手には、一枚の紙切れがあった。

 そこには、日本語で「夜には帰る」と書かれていた。





































『よく来たな、迷い子よ』


「…………」


 私は今、衝撃の現実を目の当たりしている。


『荒々しい招待ですまなかった。何分、我はこの場から動けぬゆえ、そなたにここへ来てもらうしかなかったのだ』


「…………」


 地に響くような低い声が、狭間の底で反響する。

 私はその声を、斜め下を向いた状態で聞いていた。

 

 周囲には橙色の光を放つ鉱石があり、実家のリビングが思い起こされる。

 そんな懐かしい幻影に、思考を逃避させていた。


『迷い子よ、どうしたのだ?』


 心配そうな声に、とうとう前を向かざるをえなくなる。

 恐る恐る前を向いた先には、巨大な…………巨大な骨があった。


「骨が喋ってるーーーーッ!!」


『どうしたのだ、迷い子よ」


「いやぁぁーーーー!!幽霊とお化けと神は信じてないのにーーーー!!」


 発狂する人間に、目の前に骨が動揺している。

 

 動揺する骨。

 なんとも恐ろしすぎる状況だ。


「スケルトン!?あなたはスケルトンですか!?」


『否、我は地竜だ』


「骨なのに?!」


 気が動転するあまり、骨に食って掛かる。

 そして、今の言葉に重要な情報が入っていたことに遅れて気づく。


「…………え、地竜?」


『是』


 よくよく見てみると、確かにこの巨大な骨は竜に見えなくもない。

 地面に散らばっている骨は、おそらく生前は翼として機能していたのだろう。


「竜…………ってあれ?レオンは!?」


 首根っこを掴んでくれていたドラゴンがいない。

 まさか、あの流砂に巻き込まれてどこかに行ってしまった………?


 慌てて走り出そうとした私の足が、砂に捕まる。


 そう、()()()()捕まっているのだ。


「いやぁぁーーッ!砂が足を掴んできたぁぁーー!」


『落ち着け、迷い子。それは我の力だ』


「ち、力?」


 取り敢えず、足を動かすことをやめる。

 すると、さっきまで足に纏わりついてきた砂がさらさらと落ちていった。


『我は地竜、大地を司る竜だ。砂を操るなど容易いこと』


「え、つまり、さっき私をここに落としたのもあなたですか」


『是』


「何してくれてんですか!」


『そなたが連れていたドラゴンは、狭間の上空を飛んでいる。あれはここには入れぬゆえ、暫し待ってもらう』


「そっか、無事だったんだ―――って違う!まずここに落としたことを謝ってほしいんですけど!」


 話が噛み合っているようで噛み合わない。

 この地竜、よっぽどのマイペースだとみた。

 どうしてこうも竜には癖のあるのしかいないのか。


「あっ、そうだ!紋章!」


 聞きに来たことをうっかり忘れるところだった。

 骨が喋るという衝撃的なものを見てしまったのだ。

 忘れかけたのも仕方ないことだと思う。


『そなたの腰にある紋章のことか』


「そうです!」


 流石は竜だ。

 わざわざ見せなくても、こちらの状態を把握できるらしい。

 …………あれ、それってセクハラオンパレードってことでは。


『それは我らの間では“リュウコン”と呼ばれている』


(リュウコン…………竜痕ってことかな)


『それは我ら竜からの祝福だ。それが刻まれた者は、竜に近しい存在となる』


「竜に近しい存在?」


『全てが竜と同じようになる。力も知恵も―――寿命も』


「!」


 顔から血の気が引いていく。


 まるであの人たちみたいじゃないか。

 永久の時に苦しんだ、あの竜人たちみたいな…………。


「わ、私はそんなのいりません!」


 永い時は人を壊す。

 それを見届けた私に、あの竜はこんな残酷な土産を残したというのか。


『安心するといい。()の竜はすでに消滅している。竜痕の効力もほぼない』


「よ、よかった………」


 危うくあの竜を探しに行くところだった。

 輪廻の果てまで追って、ありとあらゆる嫌がらせをする必要はなくなったようだ。


『しかし、その竜痕はたった一つだけ効力を発揮している』


「…………え、一体どんな効力が?」


 まさか発揮している効力があったとは……。

 しかし、その効力がユランを眠らせている原因である気がする。


 一息置いた地竜は、またゆっくりと話しだす。


『そなたは竜をどこまで知っている』


「え、その、ほぼ知りません」


『そうか、では竜には(つがい)がいることも知らないか』


「あ、それはなんとなくわかります」


 元の世界にあったファンタジー物語では、その設定がよく描かれていた。

 あの物語の数々は、実は本当だったというわけか。


『番は唯一無二の存在。片方が死ねば、もう片方も後を追う』


「お、重い…………」


 ヘビー級のメンヘラだ。

 むしろ番に出会わない方が、竜にとって幸せなんじゃないだろうか。


『その特性は強烈ゆえ、抗うことはできない』


「こわすぎる…………」


 ホラーな話になって来たことに震えつつ、違和感を覚える。

 なぜこの竜は、そんな話をしてくるのだろうか。


 質問したのは、竜痕の効力についてなんじゃ―――。


『つまり、そなたの竜痕は番に関する効力を発揮している』


「なんて迷惑な」


 独身主義者にとって、なんて過酷な効力を発揮しているんだ。

 もっと他に発揮すべき効力があっただろう。


 ほら、知恵とか知恵とか知恵とか。


『そなたの傍に、この竜痕が現れた者がいるだろう』


「!」


 核心的な言葉に、思わず声がつまる。


『その者はおそらく、深い眠りについているだろう』


「どうしてそれを…………」


 いや、相手は竜だ。

 どんなこともお見通しになっていても、不思議じゃない。


 そう納得し、目の前の骨を見つめる。


『そなた、人が怖いか』


「!!」


 衝撃で目を見開く。

 舞い散る砂が目に入り、慌てて目を閉じる。


「な、なんで急に」


 急に人の心に踏み込んでくるとは思わなかった。

 本当に、竜には驚かされてばかりだ。


『竜痕は刻まれた者の心を表す』


「…………!」


『そなたは人が怖い。裏切られることも怖く、信じることも恐れている』


「…………っ」


『そうか、失うことが恐ろしいか』


 すべてをこの竜に見透かされていくようで、心臓がわななく。

 心の奥底にしまっていた物を、勝手に掘り出された気分だ。


『全てが夢であればいいと願ったことがあるだろう』


「…………そうですね」


 ずっと眠っていたいと思ったことは確かにある。

 でもそれは、ほんの少しだけ思った程度のはずだ。

 そんな………人を深い眠りにつかせるほど願ったことはない。


 ―――そのはずなのに。


『ふむ、夢であれば思い通りにいく…………か』


「!」


 地竜の言葉に、心が反応する。

  

 優しい世界を、夢でならつくりあげられる。

 夢でなら、悲しいことも苦しいことも起こらない。


 そう、眠ってさえいれば―――。


「………っ!違う!」


『この竜痕は主の心に反応する。今一度、己を見つめ直すといい』


 周囲の砂が舞い始める。

 だんだん強くなっていく砂嵐に、終わりの時を悟る。


「待って!まだ話は―――」


『―――――――――』


「…………っ!」


 最後の地竜の言葉に、私は息を呑んだ。








 気が付くと、私は集落の門の前に立っていた。

 傍にはレオンがいて、私の顔に張り付いてきた。

 なんとかレオンを宥め、宮殿へと向かった。


 出迎えてくれた彼らは、涙を堪えながら歓迎してくれた。

 スタールは、怒りながら抱きしめてきた。


 でも、私の心は一切動かなかった。

 まるで私の感情が、あの砂塵に攫われてしまったかのように。





 そんな私の心を見透かすのは、あの地竜と夜空に浮かんだ二つの月だけだった。




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