43 絶対領域
「ちょっ!来るんじゃないっ!」
悲痛な声がアラビアンな宮殿に響き渡る。
しかし、その声に対する返事はない。
「もう観念してください!」
「イア様!」
「!」
兵士たちに見つかってしまった。
今日も失敗したということか。
「さあ、お覚悟を」
「……くっ、嫌だーーー!!」
砂塵を纏う集落、ガダーン。
その集落の中央にある白亜の宮殿。
そこで私は、永遠の鬼ごっこを繰り返していた。
「ああ、帰って来たか」
両脇を兵士二人に抱えられ、宮殿の中でも一際大きな部屋へ連れてこられた。
そして、その部屋の主が上機嫌に出迎えてきた。
「スタール様……」
「スタールでいいと言っただろう?」
白い上質な布は肩からかけられ、鍛え抜かれた上半身が丸見えのスタール。
布一枚なのに、どうしてこうも高貴そうな雰囲気が出ているのは甚だ不思議である。
腹が立つくらいの美丈夫さだ。
「あなたのそれは勘違いだって言っているでしょう!」
「我は真実の愛を見つけたのだ」
「ダメだこの人、早くなんとかしないと……」
真実の愛(?)に誑かされたこの御仁は、私を追い回すという異常行動をとっている。
さっきの逃亡劇は、この人が元凶だ。
「人の肌を見たくらいで恋に落ちるわけないでしょうがッ!」
バシッ
いつの間にか手に持たされていた紙を地面に叩きつける。
その落ちた紙を、スタールが拾い上げた。
「そろそろ返事をくれてもいいものだが」
「やめてください、それを私に近づけないでください」
差し出された紙には、しっかりと『婚姻証明書』と記されている。
「頼む、我に責任を取らせてくれ」
「…………一応聞きますけど、何の責任を取ろうとしてるんです?」
キリッとした顔の彼に、とてつもなく嫌な予感がする。
「お前の……乙女の肌を見てしまった男としての責任だ」
「うん、アホなのかな」
彼は矛盾に溢れた主張をしている。
思い出してほしい。
ここは砂漠の集落ガダーンである。
照り返す太陽は強烈で、服なんて着たくないほどの暑さだ。
そんな場所で人々の服装がどうなるか、想像してみてほしい。
「ここの人たちは皆、肌丸出しでしょうがッ!」
この集落の後継者である彼が、そんなことも知らないわけがない。
それにも関わらず、乙女の肌を見た責任を取るとほざいているのである。
頭がいっちゃったとしか思えない。
「そこに立ってる護衛さんも!」
腰に金色の鎧をまとい、上半身は裸の兵士を指差す。
「そこに立ってるお姉さんも!」
ほぼビキニみたいな白い布をまとっている女性を指差す。
「肌晒しまくりでしょうが!」
指をさされた人たちは、私からそっと目を逸らした。
あなた方、分かってるんですよね?
主君がとんでもないこと言ってるのは分かってるんですよね?
「?」
「そしてなんでこっちは分からないの!?」
不思議そうな顔をしたスタールに悲鳴を上げる。
もうこの人は手の施しようがないのかもしれない。
「スタール様、こちらの護衛さんをご覧ください」
「ああ」
二人にじっと見られている護衛は気まずそうにしている。
悪いとは思ったが、これは必要な犠牲である。
「十分に見ましたね?では、私を見てください」
「ああ!」
喜色満面な顔をした彼に、じっと見つめられる。
……舐めるような視線とは、このことを言うのだろう。
下を向くと、手足がしっかりと隠れた私の服が目に入った。
薄くひらひらとしているが、全体的に肌を隠した服装である。
「私とさっきの人とを見比べて、どう思います?」
ここで期待している返事は、肌の露出についての何らかのコメントだ。
この人の主張を信じるなら、私よりもあの護衛の人の方に惹かれるはずである。
「相変わらず美しいな」
「ちがうちがう、そうじゃ、そうじゃな~い」
うっ、思わず歌い出してしまった。
すぐに気を取り直した私は、目を細めて笑う彼に向き合う。
「私の肌をみて恋をしたというなら、あなたは今あの護衛さんに恋するはずです」
「…………何を言っているんだ?」
「くっ!おかしいのはそっちなのに!」
変人に変な目で見られた。
これ以上ないほどの屈辱だ……。
「じゃあなんで私の肌を見てそんな風になっちゃったんですか!」
「…………聞きたいか」
スタールの含みをもった言い方に、脳内アラートが鳴り響く。
「…………やっぱやめときま―――」
「人間はな、秘められたものに魅了されるのだ」
「…………」
彼の演説が始まってしまった。
すべてを諦めた私は、近くにあったクッションにそっと座った。
「秘宝も秘められていたからこそ、その価値がある」
「ふむふむ」
彼の言い分に、一理あると納得する。
所謂、付加価値というやつだろう。
「誰も知らない、自分しか知らないという事実が人を狂わせる」
スタールは手に持っていた紙を自分の机へ置く。
そして、机に置かれていた花瓶へと手を伸ばした。
「自分しか知らないという特別感が、甘美な官能に誘う」
淡い桃色をした花をそっと撫でる手は、とても妖しい雰囲気をしている。
手だけなのに……なんだかいやらしいのだ。
これが、大人の色気というやつ?
「今まで秘められていた肌を我だけが見たという事実が、我を酷く狂わせたのだ」
「いや知らんがな」
じっとりとした目を色気ムンムンの彼に向ける。
まだ恍惚とした顔をしている彼は、どこか違う世界を見ているらしい。
「つまり?要約すると、誰にも見られたことがなかったであろう私の肌を見て興奮したってことですか」
「興奮という言葉では言い表せない。これは―――」
「大丈夫です!間に合ってます!」
スタールがまた変なことを口走る前に、私は話を進めた。
「スタール様、あなたは変態なだけです」
「男はそんなものだ」
「風評被害はやめてください」
勝手に一括りにされた男性たちはたまったものじゃないだろう。
そんなことより、重大なことがわかってしまった。
彼は今まで服装が開放的な世界で生きてきたがために『絶対領域』というものに免疫がなかったらしい。
『絶対領域』とは、簡単に言うと『見えそうで見えない部分』である。
まあ、例としては短いスカートが挙げられる。
私は彼の秘められていた性癖を運悪く撃ちぬいてしまったようだ。
「スタール様。それは愛ではなく、シンプルな性癖上の興奮です」
「いいや、これは抗いようのないほどの愛だ」
その日、スタールの執務室では議論が行われた。
議題は……、まあ言わぬが花ということで。
結局、その議論に決着がつくことはなかった。
そんなアホな劇が繰り広げられていた宮殿だったが、それを露知らぬユランは砂塵の中でモンスター狩りに勤しんでいた。
日に日に混沌としていく宮殿と比例したのか、戦場のユランは日に日に殺伐としていった。
その様子を見ていたガダーンの兵士たちは、恐怖で体を震わせていたらしい。




