42 正気に戻れ
「愛している」
「今日もかわいいな」
「好きだ」
「食べてる姿も愛らしい」
「お前にすべてを捧げよう」
言葉の暴力は、愛の言葉も例外ではないらしい。
「…………帰還っていつできます?」
「イア様、暫くは無理だと思われます」
傍に控えていた使用人の無慈悲な言葉に、そっと耳を塞いだ。
スタールから愛の言葉のフルコースを味わうことになった私は、3日目で限界を迎えた。
もうノウゼンに帰りたい。
いや、贅沢は言わないから、ガダーン以外の場所に行きたい。
しかし、それはできない話だった。
「ユランさん、どうしてこのタイミングで………!!」
凄腕狩人の彼は、どんな場所でも引っ張りだこ。
どんなモンスターもスパッと狩ってくるからだ。
そのせいで、彼はガダーンの長からグルービーワームの討伐を頼まれてしまった。
グルービーワームの姿はほぼミミズだ。
ただ、奴らはやたらと体がでかい。
加えて、数も多い。
ガダーンに来る道中、実際に遭遇したからこそ言える。
そんなグルービーワームの討伐だけど、ユランならさっさと終わらせそうかもだって?
…………言っていなかったが、奴らは最も厄介なことをしてくる。
それは―――遅延行為だ。
奴らは神出鬼没な上、地中に潜るという極悪行為をしてくる。
いくら凄腕狩人でも、地中を追うことはできない。
そのためどんなに強くても、グルービーワームの討伐には時間がかかってしまうのだ。
「イア様、現実逃避はおやめください」
使用人がまた無慈悲なことを言ってきた。
耳を塞ぐことが無意味だとわかり、両手を膝の上に戻す。
現在、私は豪華な絨毯の上に置かれたクッションにもたれている。
地べたに座るスタイルは異国情緒的でいいのだが、それを満喫できない。
なぜなら、正面にスタールという人物が同じように座っているから。
「気だるい姿も麗しいな」
「ああ、暑さで頭が煮えちゃったんですね」
こちらの辛辣な言葉を、ニコニコと聞いているこの集落の後継者。
この集落の未来は大丈夫なのだろうか。
こんな人を長にしたら、とんでもないことになるのでは?
「酷い言葉をにこにこしながら聞くなんて………虐げられるのが好きなんですか?」
なるべくオブラートに包んだが、正直「ドMなんですか?」とはっきり聞きたかった。
「ドM」という言葉がこの世界になさそうなのが悔やまれる。
「これも親愛の証だろう?」
「ドMです!ここに真のドMがいます!」
彼は痛みすらも愛にできるらしい。
本当に、末恐ろしい演技だ……。
彼は今、左腰にある痣を見るためだけにこんな演技をしている。
(そんなに無理しなくてもいいのに……)
はっきりと痣が見たいと言ってくれれば、いくらでも見せる。
こんな回りくどいことをしなくても、ちゃんと頼んでくれたらいいのに。
「…………お腹見ます?」
「はあっ?!」
色々と面倒になってきた私は、上着に手をかける。
すると、大きな手が私の腕を掴んできた。
「ななななにしてっ!?」
「………時期尚早ってことですか」
どうやら、彼はまだ痣を見るつもりはないらしい。
本当に、この人の考えていることがわからない。
この腰にある痣に、一体どんな謎があるというのだろうか。
悩ましげな顔をする私は知らなかった。
真っ赤な顔をしたスタールが、必死に鼻をおさえていたことを―――。
「「「おめでとうございます!」」」
「…………はい?」
スタールに痣を見せてしまおうとした日から数日が経った今日。
私の部屋にやってきたスタールの配下たちが、大量の黄金を持ってきた。
延べ棒、そう金の延べ棒である。
そんなもの埋蔵金か富豪御用達の銀行以外で見たことない。
まあ、実物も今初めて見たわけだけど。
ほら、想像では埋蔵金と銀行しか浮かばなかったのだ。
「これは一体……?」
こんな黄金をもらう理由はない。
一瞬、「あの人からの贈り物……?」とか思ったけど、この量は流石にない。
この黄金の量は、国庫を開けた可能性がビンビンだ。
「おめでとうございます!」
「心当たりがないんですけど」
繰り返される祝いの言葉に、だんだん怖くなってきた。
なんだろう、今から何か大きなことに巻き込まれそうな……そんな嫌な予感が。
「ご結婚おめでとうございます!」
「誰が!?」
籍を入れた覚えはないぞ。
婚姻届を書いた覚えもない。
え、ホラー?
「とうとう、若様が……」
「長い道のりだったな……」
「恋が成就して本当によかった!」
「待て待て待て」
現状を理解したくないと脳が叫んでいる。
しかし、この状況を今なんとかしないと後々ヤバいことになるだろう。
……いや、絶対にヤバいことになる!
「私は誰とも結婚してないですよ!?」
「おやおや、初々しいですな」
「話聞いて?!」
彼らには、もう耳がないらしい。
祝福の言葉で溢れかえった部屋に堪えきれず、窓から脱走する。
ほんとに、ここが一階で助かった。
「「「イア様!?」」」
後ろから聞こえる喧騒を放置し、私は元凶のもとへと急いだ。
「スタァーーールッ!!様!!」
「どうした、愛しのイア」
豪奢な扉を開け放ち、諸悪の根源の名を叫ぶ。
扉の前にいた護衛が無駄にニコニコとしていたのも、さらに怒りを増幅させた。
この宮殿の人たちは、どこまでもお祝い気分のようだ。
「私は結婚しないんですけど!!」
「照れないでくれ」
「話が通じないッ……!」
褐色の肌でもわかるくらい頬を赤く染めた彼は、どう見ても本気だった。
一体どういうことなのか。
この演技はいつまで続くというのか。
こんなにも人を巻き込んでしまったことに罪悪感を覚え、私はとうとう音を上げた。
「わかりました、私の負けです……」
「なんのことだ?」
とぼけた顔をするスタール。
まったく、この人も食えない人だ。
本当はわかっているくせに。
「ほら、どうぞ」
「!?」
服をまくり、左腰を彼に晒す。
くっきりと刻まれた痣は、今も竜の姿を象っていた。
改めて見てみると、なかなかカッコイイ痣だ。
「なっなっ」
「………何してるんです?」
前を見ると、全力で顔を逸らすスタールの姿が。
彼は一体なにをしているのか。
お目当ての痣が見れる機会を、全力でドブに捨てている。
両手で目を塞いでいるのに、さらに顔を背けるという徹底ぶりに逆に感心した。
「だから、なにやって―――」
「こ、婚前交渉はっ!しないと決めている!!」
「…………うん?」
話がかみ合わない。
違和感を覚えた私は、とりあえず服をもとにもどした。
目の前には、いまだに目を隠しているスタールがいる。
顔を真っ赤にしている彼に、なんだか嫌な予感を覚える。
「………ちょっと質問してもいいですか?」
「な、なんだ?」
まだ目を閉じている彼は、胸の前で腕を組んだ。
「地竜の禊の時、私の服を破りましたよね」
「あっ、ああ……」
しゅんとした雰囲気になった彼は、かつてふんぞり返っていた人物とは思えなかった。
こんなにも変わったのは、やはりあの地竜の禊の時からだ。
「その時、私のお腹を見ました?」
「…………ああ」
(やっぱり見てるよね?)
あの時、衝撃を受けた顔をしてたから見ていたとは思っていた。
しかし、なんだか腑に落ちない。
「それで、左腰にある痣も見たんですよね?」
「…………?」
何を言っているのか分からない様子の彼に、私は目を見開いた。
「え?」
「?」
「痣……見てないんですか?」
「あ、ああ」
想定外の返答に、頭が混乱する。
なぜ?
じゃあ、あの演技は一体なんの為にやっていたというのか。
「え、この痣をもう一度見るために、あんなことしてたんじゃ……」
「何の話だ?」
とうとう目を開けたスタールは、じっとこちらを見てきた。
その赤い瞳には、静かな熱を孕んでいた。
「…………もしかして、あの愛の言葉って全部本気ですか?」
「ずっとそうだったんだが」
「…………まじか」
ずっと演技だと思っていた。
だからこそ、あんな風に軽く受け流せていたのだが……。
「正気ですか!?」
「正気だが……」
「私のどこに惚れる要素が?!」
「おい、我の愛する者を侮辱するな」
「こっぱずかしいこと言わないで?!」
この美丈夫、頭のネジを地竜の狭間に落としたようだ。
あの時から―――地竜の禊をした時から、すべての歯車が狂った。
「いやいや、てっきりこの痣が目的だと思ってたんですよ!」
バッと服をめくり、痣を指差す。
「なっ、そんな風に柔肌を見せるな!」
目を逸らすスタールだが、チラチラとこちらを見ている。
なんだか、見たいけど見てはいけないという苦悩を感じる。
「この痣を何とも思わないんですか?なんか竜っぽいなとか!」
「そそそ、その、別に……。……き、綺麗な肌だと思う」
見当違いなことを言われ、私は自分の間違いを悟る。
どうやら、私はすべてを間違えていたらしい。
そして、現在非常に困った状況に置かれていることにも気づいてしまった。
「え?本当に好き?」
「ああ、愛している」
「本気で結婚する気?」
「無論だ」
真っ直ぐな瞳でこちらを射抜いたスタール。
彼の視線を受けて、私は体から大量の水が放出される。
滂沱の冷や汗は、とどまることを知らなかった。
「正気に戻れーーーーッ!!!!」
宮殿中に轟いたその声は、砂漠まで木霊した。




