40 地竜の禊
「はーはっはっ!」
「うわ、うるさ」
「なんだと?!」
「いえ、ナニモ」
高らかに笑っているスタールに、思わず本音が漏れてしまった。
不機嫌になった彼だが、すぐに機嫌を直す。
なぜなら、今から私を地獄に突き落とせるから。
朝一に叩き起こされた私は、宮殿の女性たちにひらひらとした衣装を着せられた。
なんとか腹部を晒すことだけは阻止したが、手足は丸出し。
そんな防御力が最低な状態で、私は地竜の狭間まで連れてこられた。
そこにはラクダみたいな生き物に乗ったスタールがすでに到着していた。
余程、今日が楽しみだったのだろう。
「お前の命運も、今日で尽きたな」
嬉しそうに私を断罪しようとしてくる。
私が一体何を……あっ、そういえば森を燃やしたわ。
「おい、さっさと行け」
スタールの配下が私の背を押す。
目の前には、底のみえない大地の裂け目が広がっていた。
「さあ、始めるぞ!」
スタールの掛け声とともに、配下たちが配置につく。
すると、一人が何かが書かれた紙を取り出して読み上げだした。
「ガダーンが治めし幻惑の森に火をつけ、焼け野原にしたことを認めるか!」
声高らかに読み上げられたソレは、裂け目の中で木霊した。
最後まで木霊したことを確認した彼らは、一斉にこちらに視線を向けてきた。
「「「…………」」」
(無言の圧がすごい)
どうやら私の出番らしい。
しかし、やるなら前もって確認させてほしかった。
リハーサルなしに本番をやるアホがどこにいるというのか。
「…………認めません!!」
どうせなら、地竜の唸り声とやらを聞いてみたい。
確か、嘘なら唸り声をあげるとスタールが言っていたはずだ。
「「「「…………」」」」
皆が固唾をのんで、地竜の答えを待つ。
しかし、いくら待っても唸り声は聞こえてこなかった。
焦った顔をした彼らは、もう一度こちらを見てきた。
どうやら、もう一度叫べということらしい。
「認めませーん!!」
「「「…………!」」」
期待のこもった顔の彼らは、次第に絶望に変わっていった。
「き、貴様!これはどういうことだ!」
配下たちが私に詰め寄る。
どうもこうも、地竜が答えを出したじゃないか。
「地竜いわく、私は放火犯じゃないみたいですね」
こんな朝っぱらから呼び出した張本人に目を向ける。
スタールは、物凄い形相でこちらを睨みつけてきていた。
そんな顔も、なんだか負け犬の遠吠えみたいに思えてならない。
「くそッ!お前が何かしたんだろ!」
とうとうスタールが私の目の前まで詰め寄って来た。
形勢が逆転し余裕な私に掴みかかって来た。
「なっ、暴力反対!」
「うるさい!何したんだ!はやく吐け!」
胸倉を掴まれ、ぐらぐらと揺すられる。
「あわわわ!」
「わ、若様!」
「流石に暴力は………!」
「黙れ黙れ!」
彼は、配下たちの制止の声に耳を貸さなかった。
一方、私はどんどん目が回っていった。
「おい!」
ブチブチッ
スタールの声と共に、何かが千切れる音がした。
その音に彼の動きが止まる。
音の発生源に目を向けると、布に覆われていたはずの腹部が露になっていた。
「…………は?」
状況を理解し、額に青筋が走る。
左腰にかけて千切れてしまった服は、踊り子のような煽情的な仕上がりになっている。
「あ、いや、これは……」
状況を呑みこんだスタールは、しどろもどろになる。
片手で口元を覆い、目を横に背けていた。
ビリビリ
動いた反動で、さらに服の裂け目が酷くなる。
「…………」
「な、なあ、その、すまな―――」
「全員そこになおれーーーッ!!!」
怒号が裂け目に響き渡り、スタールたちはすぐさま地べたに正座した。
「遠くから叫び声が聞こえたが、何かあったのか」
宮殿に帰ると、長と共にいたユランに会った。
双剣を背負っている姿から推測するに、彼は出かけようとして長に捕まっていたのだろう。
「いえ、解決したので大丈夫ですよ」
「…………そうか」
ニッコリと笑って答えたが、ユランの歯切れは悪かった。
まだ、私の顔に怒りが残っていたのかもしれない。
「それでは、御前を失礼します」
長に深く頭を下げ、私は与えられた部屋へ帰った。
side ユラン
「どうしたのだろうな」
「…………さあ」
長は不思議そうな顔をしたまま、自室へと戻っていった。
そして残されたユランは、宮殿の入り口へと向かった。
そこには想定通り、スタールたちがいた。
一様に顔色が悪く、何かがあったことは一目瞭然だった。
いや、ただ一人、顔色がおかしな人物がいる。
スタールだ。
褐色の肌でもわかるほど、顔を赤くしている。
不審に思ったユランは、彼らの後を静かにつけた。
「まさか犯人ではないとは……」
「………想定外でしたな」
「これからどうすれば……」
彼らの会話から、イアの冤罪が晴らされたことを察した。
しかし、スタールの顔が赤いことが気がかりだ。
沈黙したままの彼を部屋までつけ、テラスから様子を窺った。
「…………まさか、あんなに白いとは」
呟くような声に、耳をそばだてる。
「それに……それに……」
ぼそぼそとした声と共に、ガンッという鈍い音が聞こえた。
どうやら、体をどこかにぶつけたらしい。
明らかにおかしな挙動をするスタールに、ユランは嫌な予感を覚えた。
そして、それはすぐに的中することになる。
「…………イア」
熱を孕んだその声は、幸か不幸かユランに届くことはなかった。
スタールは熱っぽい顔で、どこかを見つめていた。




