38 南からの使者
「なんでだろう、最近悪寒がする……」
オーウェンに連れ出された夜から、私は気持ちを切り替えることにした。
竜人の里のことは、自分がしっかりと覚えておけばいい。
今はとりあえず、そう思うことにしたから。
しかし、そんな心機一転したのにも関わらず嫌な予感がビンビンしていた。
そして、その嫌な予感は的中する。
「こいつだ!捕らえろ!」
「……え?え?!」
食料調達のために集落の店をまわっている時のことだった。
その日に限っておやつが底をつき、私は糖分を確保するために渋々外へ出かけた。
それがダメだった。
今日は大人しく部屋で過ごしておけばよかったのだ。
後悔先に立たずとはこのこと。
「顔を上げろ」
縄で縛り付けられた私は、どこかの大きな屋敷に連れてこられていた。
どうやらここは屋敷のホールのような場所のようだ。
本来であれば、社交パーティーとかを開くべき場所だ。
地面に膝と頭をつかされていたが、無理やり髪を引っ張られる。
毛根が死滅したらどうしてくれるんだ!
「お前が、幻惑の森に火を放った犯人か」
「モガモガー」
(違うわボケー)
猿ぐつわされているのをいいことに、堂々と悪態をつく。
こんなものをさせているのだから、こちらの主張を聞くつもりなんてないのだろう。
法廷は!法廷はどこですか!
ここに不平等の塊みたいな人がいますよ!
偉そうに偉そうな椅子に座っている偉そうな人物。
こんなホールにそんな派手な椅子を置きやがって!
私が来る前にわざわざ配下たちに準備させたんだろ!
服装はなんだかアラビアンみたいで露出が多い。
そのまま風邪をひいてしまえばいいのにと思うが、いたって健康そう。
褐色の肌に赤い髪をしている彼は、美丈夫といったところ。
「お前が幻惑の森にいたことは、すでにわかっている」
だからさっさと投降しろとでも言いたげだ。
人を犯人扱いしやがってと思ったが、ふと自分の行いを振り返って見る。
まず、竜人の里で捕まる。
次に、竜人たちの儀式に利用される。
そして、その儀式のせいレオンが暴れちゃって山火事になる。
……あれ?火事の一端を担ったのって―――私?
「…………」
急に静かになった私に気をよくした赤髪の美丈夫。
彼は、意気揚々と語り出した。
「やはりお前だったか。他は騙せても、我にはお見通しだ」
「流石です、若様!」
「やはり地竜の加護を賜っている方は違う!」
外野がやんややんやと囃し立て、鼻が伸びに伸びている。
これは……いつか暴君になるタイプの人だな。
「モガモガ」
(このナルシスト)
「おいお前、なにか失礼なこと言ってないか?」
無駄に勘がいいな。
その勘の良さをもっと他の所に活かせばいいのに。
「おい!こいつの猿ぐつわを外せ」
私の両脇に控えていた兵士が、猿ぐつわを外す。
やっと自由になった口だが、私は断固として開かない。
「さて、お前の言い分を聞いてやろう」
「…………」
「おい!若様の優しさを無下にする気か?!」
全く口を開かず、若様と呼ばれる赤髪の美丈夫を見つめる。
最初は憤っていた周囲だったが、異様な雰囲気に戸惑うようになった。
放火魔にしては、あまりにも堂々としていたからだ。
「わ、若様、こやつではないのでは……」
思わず、若様に対して口を挟んだ者もいた。
しかし、若様も全く譲らない。
「いいや!こいつだ!」
彼らのやり取りを見ていた私は、ばれないように体を揺すった。
すると、ズボンのポケットが少し動いた。
準備は整った。
まだ何かを喚いている若様に向けて、私は叫んだ。
「いけレオン!目潰しだ!」
『クルルー!』
「んなッ?!」
突然ポケットから飛び出したトカゲのようなもの。
それは豪奢な椅子に座っている人間目掛けて飛んでいく。
そして、小さいながらも強靭な前足が目に刺さる。
「うぐあッ!」
「「「わ、若様!!」」」
慌てふためく配下たち。
その隙をつき、肩に戻ってきたレオンと共に出口を目指す。
両腕はまだ縛られていて、とてつもなく走りずらい。
「おい逃げてるぞ!」
「追え!」
レオンが後ろを向き、臨戦態勢に入った時。
ドゴォォオオンッ
「「「「!?!?」」」」
全員の動きが止まる。
そして、そのすべての視線はホールの中央に向けられていた。
天井から降り注ぐ光と共に現れたのは、双剣を携えし狩人。
その姿は神々しく、そして禍々しかった。
「あれは……ユ、ユラン!?」
「何!?“赤い狩人”の!?」
怯えている配下たちを、私は鼻で笑った。
こちとらあんな人と旅をしてたんだ。
殺気の免疫なんて当についている。
『クル……』
ガクガクと膝を揺らす私の頬を、レオンが優しく舐めてきた。
なんだろう、急に虚しくなった。
ガラガラ
天井をみると、光だけでなく屋根だった残骸も降ってきている。
結構高い天井だけど、落下ダメージは大丈夫だったのだろうか。
天井をブチ破った当の本人は、気づけばいなくなっていた。
「あれ?!」
どこに消えたのかと動揺していると、背後から腕がまわってきた。
「…………っ!」
心臓が止まりかけるが、根性で動かす。
危うくAEDが必要になるところだった。
「ユ、ユランさん……」
「ここで何をしている」
私の腰に手を回し、彼は右手で剣を構える。
周囲の人たちは戦意を喪失しているのだが、この人はバチバチの戦闘態勢だ。
ヘビどころではなく、ドラゴンに睨まれたカエル状態だ。
『グルル……』
左肩に乗った本物のドラゴンが、ユランに唸っている。
ユランはそれを一瞥しただけで、すぐに正面を向いた。
「………この縄はなんだ」
「あ!えっと……」
地を這うような声に、私は脳内アラートが鳴り響く。
間違いない、この縄を結んだ人が殺される。
これは絶対に答えてはいけない。
「まあ、行き違いというか勘違いというか……」
「どれだ」
誤魔化そうとした私を無視し、彼は周囲を見渡す。
私を縛り付けた犯人を絶対に見つけるという殺気を感じる。
なんとか気を逸らせるものはないかと血眼になっていると、ふとある人物と目が合う。
豪奢な椅子に座り、目を見開いている若様と呼ばれていた人物だ。
「あ!あの人です!」
「な!?」
「…………」
目を向けられた若様は、非難の視線をこちらに送ってきた。
しかし、もとをたどればこうなったのはあの人のせいだ。
上司として、しっかり責任を負ってもらおう。
私を左腕で担ぎ、椅子で震えている若様のもとまで来たユラン。
彼は右手の剣を若様の喉元につきつけた。
「こ、これには訳があるんだ!」
「…………」
無言のユランから凄まじい圧が放たれる。
その圧のなかに竜禍を感じた私は、腹部にまわった腕からこちらの竜禍を流し込んだ。
ユランの竜禍が中和され、彼の気迫がほんの少し和らぐ。
しかし、彼が右手の剣を下げることはない。
緊迫した状況の中、ユランの刃が動きそうになった時。
バーンッ
「待たんかクソガキッ!!」
扉が開け放たれた音と共に登場したのは“ダルク”のリーダー。
その横には、デイルを筆頭に他の狩人たちが勢揃いしていた。
こうして、緊迫した状況は“ダルク”の面々によって収拾されることになった。
「…………」
ユランは無言を貫き、
「…………」
正面に座っている赤髪の美丈夫も無言。
「…………」
(気まずい……)
その間にいる私は気まずさで無言。
「…………クソガキ、いい加減にしろ」
その空気に、とうとう“ダルク”のリーダーが口を開いた。
私たちは今、“ダルク”のギルドにある部屋へ集まっていた。
面子は私(レオン in ポケット)、ユラン、若様、リーダーの4名だ。
デイルがいないことに、一抹の不安を感じる。
「イアを膝からおろせ!」
キレたリーダーを完全無視し、ユランは私を膝に乗せ続ける。
とばっちりを受けそうな予感から、私の目は完全に死んだ魚の目になった。
「……ユラン殿はそい―――ゴホンッ、その方とはどういう関係なんだ?」
殺気を放つユランに対して、若様が言葉を選んで質問する。
チラチラと合う目からは、『どうなっているんだ』という言葉が透けて見える。
私はそれに対して、死んだ魚の目で返答した。
その様子が、はたから見れば見つめ合っているように見えた。
そのせいでユランの殺気がひどくなったのだが、リーダー以外はそれに気づくことはなかった。
「スタール殿、うちの者がすまない」
「ああいや、いいんだ」
こちらの右側に座っていたリーダーと若様が話し出した。
彼らの様子から、二人の関係は対等っぽいことがわかった。
しかし、この若様とやらは一体何者なのだ。
「自己紹介が遅れたな、我はスタール。将来ガダーンを治める者だ」
右手を左胸に添え、スタールは軽く頭を下げた。
だが、なぜかこちらを一瞬だけ睨んできたのは解せない。
幻惑の森に火なんてつけてないってば……。
「ガダーン……?」
スタールの言葉でわからなかったところをボソッと呟く。
すると、右耳に生暖かい空気を感じた。
「南にある集落の名だ」
「うひゃあっ」
囁かれた声がくすぐったく、右耳を即座に庇う。
親切に答えてくれたユランには悪いが、耳元で囁くのは勘弁してほしい。
凄まじくくすぐったいから。
「ガダーンは南で最も巨大な集落だ」
ドヤ顔をしているスタールのせいで、素直にその集落を褒められない。
この人が治める集落は、なんだか住みにくそう。
いつの間にかジト目をしていたのだろう。
スタールが眉間に皺を寄せて、こちらを見ていた。
「世間話はここまでだ。ゲイル殿、その者の身柄をこちらに渡していただきたい」
スタールがリーダーに交渉を始めた。
内容は、放火犯である私の身柄についてだ。
「それは少し―――」
チラリとこちらを見たリーダーは、正面を向いてニッコリと笑った。
「―――できない相談だ」
「なぜだ!」
想像と違う反応に焦ったのか、スタールは事の経緯を事細かに説明してきた。
「―――というわけで、我はその者を裁かねばならんのだ」
どうやら幻惑の森はガダーンの管轄だったらしい。
そのため、集落の長の後継者が直々に私を捕まえに来たようだ。
…まあ、大前提が間違っているだけども。
「だがなぁ、こいつが火をつけたかどうかは定かじゃないんだろう?」
リーダーの言葉に全力で頷く。
確かに、私は幻惑の森を彷徨っていた(本当は竜人の里に拉致られたんだけど)。
そして、私が見つかる直前に森が燃えたことも事実。
……あれ?疑われても仕方ない状況のような?
「そもそも、あの森にいたのはこいつだけじゃないぞ?」
その言葉に、全員の視線がユランに集まる。
そのユランは、私に視線を向けていた。
……なんだか悪寒がしてたのは、この視線のせいだったのか。
「しかし、ユラン殿は“ダルク”の狩人だ」
スタールが私を見ながら、そう言ってきた。
彼が言いたいことはこうだろう。
『こいつは社会的立場が低いから信用できない』
(くっ!私に権力さえあれば……!)
そのまま話し合いは続き、とうとう互いの妥協点が定まった。
「では、ガダーンで会おう」
私はなぜか、ガダーンに行くことが決定された。
先に席を立ったスタールは、去り際にこちらを睨んできた。
『逃げるなよ』という意図を感じ、なんだかムカついた。
「それじゃ、お前らは旅支度だな」
リーダーの言葉から、この決定は覆らないことを悟る。
そして私は、ユランと共にガダーンに行く準備を始めた。




