35 遺されたもの
竜人の里は全てが燃え尽きていた。
竜の炎は森だけでなく、里まで連れて行ったらしい。
呆然と里だった残骸を見つめる私を、たどり着いたユランが保護をした。
肩に乗って離れないトカゲのような生き物を不審な目で見ていたが、彼は結局なにも尋ねてこなかった。
彼はずっと、静かなままの私を見つめていた。
「おい、ユラン」
“ダルク”のギルドで、隣に座っていたデイルが話しかける。
ユランはある一点を見つめていた。
「なんかイアちゃん、元気ないな」
「…………」
隅の方のテーブルでトカゲをつついている彼女は、表面上は笑っている。
しかし、狩人の目を誤魔化せるほどの笑顔ではなかった。
「お前、妖精の谷で何したんだ?」
「…………何も」
はっきりしないユランに、デイルはため息をつく。
ユランがイアを妖精の谷へ連れて行くと聞いた時は、この二人はやっと上手くいくのかと嬉しくなった。……が、しかし。蓋を開けてみれば、帰って来た二人はどんよりとした雰囲気。
「お前とはぐれていた間に、何かあったのはたしかなんだろうけど……」
頬杖をつくデイルを、ユランは横目で見た。
そして、すぐに酒の入ったグラスに目を戻した。
「幻惑の森も燃えてるし、なにがなにやら」
肩を竦めるデイルも、もはや返事を求めていなかった。
彼もまた、視線をグラスに向けている。
琥珀色の酒は照明の光を反射していた。
「嬢ちゃん、土産だ」
“ダルク”のリーダーが巨大な肉塊を机の上に置いていった。
「イアちゃん、これ置いとくね」
デイルが可愛らしくラッピングされたクッキーを机の上に置いていった。
「おい!……これ、やる」
オーウェンが物言いたげに、しかし結局何も言わずに謎の骨を机に置いていった。
「なんか最近、物をもらうことが多いんだけど……」
『クルル』
もはや隠すことを諦めたレオンは、私の手の中で丸まっている。
周囲は案外、レオンのことを新種のトカゲか何かだと勘違いしているらしい。
この部屋にやってきたオーウェンが「トカゲ……」という失言をして噛みつかれていた。
「デイルさんは例外だけど、狩人がくれる物って野生的なものが多いんだよね……」
もらった肉塊は“ダルク”のギルドに持って行って調理してもらったし、骨は部屋の隅に封印している。布に厳重に包み縄で縛っているが、あの悪魔の頭蓋骨みたいなのは一体どこで手に入れたんだ。
唯一まとものなのは、このアソートクッキーだけだ。
貰った物が謎なのは勿論だけど、物を贈られるという行為自体も謎だ。
「これは遠回しなお土産の催促?」
『クルー』
呑気にあくびをするレオンを見ながら、あながち間違いじゃないかもと悩む。
彼らは私が妖精の谷に行っただけだと思っている。
……竜人の里に行ったなんて、想像もしていないはずだ。
「……はあ」
手狭なベッドの上に散らばる書物を左手で手繰り寄せた。
『竜』、『竜と人』、『幻の種族』。
どの書物も、竜人を都市伝説扱いしている。
微睡むレオンを枕の上にそっと置く。
あいた右手で、左の腰骨の辺りを触る。
服で見えないが、ここには痣がある。
―――竜の姿を象った痣が。
私は、あの竜が遺した言葉を思い出した。
『竜を選んだ人よ、お前の旅路を見守ろう』
あの言葉と共に、腰の辺りに激しい痛みが走った。
焼けつくような痛みと共に、あの竜は私に痣を残していった。
「どうせなら痣じゃなくて珠とかくれたらよかったのに……」
図らずも、刺青のようなものができてしまった。
……この世界の温泉はこの痣を許してくれるだろうか。
「秘境の温泉とかいいよね~」
そう、竜人の里みたいな秘境に―――。
「…………」
文字通り、灰も残らなかった竜人の里。
私が見た里は跡形もなく消え去り、だたの焼け焦げた森だけが残っていた。
幻惑の森と呼ばれるあの場所には、確かに竜人たちが生きていたのに。
「……ロイデ」
私を逃がそうとわざと悪態をついた、優しい少年。
仔犬みたいにキャンキャン吠えて……それがとても可愛かった。
「……シャーデン」
方法は違ったけど、やっぱり私を逃がそうとしてくれたもう一人の優しい少年。
女好きっているのが玉に瑕だったけど、それも含めて魅力だった。
一気に二人の友なくしたような―――そんな気分。
「二人は、友達だと思ってくれてたかな……」
過ごした時間は短かったけど、本当に楽しかった。
―――楽しかったんだ。
確かに、私は数週間以上は竜人の里で過ごした。
それなのに、私はたったの数日間ほど幻惑の森で彷徨っていたのだと言われた。
「そっか~、知っているのは私だけなのか~」
竜よりも人を選び、呪われてしまった竜人たち。
当時の状況はわからないけど、選択を迫られた彼らに深く共感した。
―――私はまだ、選べていないから。
ベッドから降り、窓の外を眺める。
……手狭に並んだ建物が、なんだか窮屈に感じた。
「なあ、なんでこんなとこに住んでんの?」
「え、これは喧嘩を売られてる?」
窮屈そうに部屋にやってきたオーウェンは、開口一番にそう言ってきた。
流石は失言王だ。
今日も人の地雷原を突っ走る。
「いや違うって!あいつが用意した豪華なとこがあるだろって意味だよ!」
「なんで私がユランさんのとこに転がり込む必要が……」
この部屋を訪れた人は必ず不可解な顔をする。
その理由が、まさかあの人のせいだったとは……。
「お前のためにつくられた、なんだっけな……そうだ!“鳥籠”ってデイルのやつが言ってたな」
「うん、デイルさんに用事ができました」
「そ、そうか」
拳を握った私に引きながら、彼は机にある本を手に取った。
「これ……竜の話か?」
ベッドに腰掛けている私に本を見せる。
そして彼は、本で散らかったベッドに視線を移した。
「全部、竜に関するやつだな」
「まあ、そういう気分なんですよ」
そう言った私をじっと見た後、オーウェンは地面を見つめだした。
暫く考え込んでいたが、彼は急にパッとこちらを見た。
「よし!ついてこい!」
「はい?どこに?!」
腕を引っ張られ、強制的に連れ出される。
腐っても狩人、力では敵わなかった。
仰ぎ見た空には、すでに星が瞬いていた。




