32 竜人の里
「体調はどう?」
白衣をまとった女性が、窓を開けながらこちらを見る。
深い木々の香りに、私は深く息を吸った。
「大分、よくなりました」
「それはよかったわ」
微笑む女性に視線が吸い寄せられる。
何度見ても見慣れない、頭に生えた角。
まさか人生で、竜人に会えるとは思わなかった。
「まだゆっくり休んでね」
女性は優しくそう言って、部屋を出ていった。
ここは竜人の里と呼ばれる場所。
その名の通り、竜人たちが住む里だ。
彼らは同族以外と交流することがない。
そのため、彼らの存在は世間一般では幻とされている。
(この世界自体がファンタジーだから、あまり驚けないな……)
すんなりと竜人の存在を受け入れた私に、里の人たちは怪訝な顔をした。
しかし、それも一瞬のことだった。
森で倒れていたらしい私を彼らは温かく迎え入れてくれた。
「ザ・秘境って感じだ」
ベッドから出て、窓から外を見る。
二階から見える景色は、とても綺麗だった。
山の傾斜にそってつくられた段差に建てられている建物。
木と特殊な石でつくられたそれらは、近代と古代を感じさせる。
竜人の里は、独特な雰囲気をまとった場所だった。
私がいる場所は里で唯一の診療所だ。
里の上方にあるここは、とても見晴らしがよく空気も澄んでいる。
この一室で、かれこれ数日は過ごしている。
もうここでニート生活を送りたい気分だが、そうもいかない。
バンッ
「おいッ!」
「出た……」
そろそろだと思っていたけど、本当にやってきた。
いろいろと面倒になった私は、ベッドで大の字になって寝転がる。
「おい!寝んな!」
ずかずかと部屋に入った少年は、ベッドの傍にやってくる。
横目で怒りに満ちた顔の少年を観察する。
頭には竜人特有の角を生やし、短い緑色の髪が陽を反射する。
あどけなさを感じる顔立ちだが、今はとても凶悪な表情をしている。
「この疫病神め!さっさとここから出ていけ!」
「はあ……」
怒り狂っている少年の名はロイデ。
彼はこの里で唯一、私に非好意的な人物だ。
他の人たちは歓迎してくれているのに、この温度差はなんなのだろうか。
「ロイデ、そんな酷いことは言うべきじゃないよ」
「邪魔すんな、シャーデン!」
(いよいよカオスになってきた……)
揃ってはいけない二人組が完成してしまった。
このシャーデンという少年が来ることは予想していたけれど、覚悟はしていない。
このカオスを受け入れる覚悟は。
「イアさん、ごめんね?」
「いえいえ、大丈夫ですよ……」
ベッドから起き上がっていた私に、シャーデンが謝ってくる。
柔和な顔をしている彼の頭にも、もちろん角がある。
なんの問題もなさそうな竜人の少年。
しかし、この少年には厄介な点があった。
「じゃあさ、今度ボクの家においでよ」
「遠慮します」
怪しげな顔のシャーデンに、全力の拒否を示す。
そう、この少年、無類の女好きなのだ。
「お前、悪趣味だな……」
「不本意ながら同意します……」
少し落ち着いたロイデが気味悪そうに彼を見る。
悪趣味判定されたのは癪だが、ロイデの意見に大いに賛成する。
「やだな~、ボクはただ花を愛でてるだけだよ」
そう言って彼は、こちらにウィンクを飛ばしてきた。
「キモいな」
「ひどいなー」
真顔のロイデと笑顔のシャーデン。
対照的な二人を見て、なんとも言えない気持ちになる。
いつも思うけど、なぜこの二人は仲が良いんだろうかと不思議だ。
「そんなことよりお前!さっさと出てけ!」
「あ、当初の目的を思い出した模様」
「解説すんな!」
食って掛かってくるロイデに、微笑ましくなる。
なんだろう、子犬に威嚇されているような感覚だ。
横に立っているシャーデンも同じような顔で彼を見ていた。
こうして今日も、彼らのおかげで退屈しない一日を過ごした。
「こんにちは、イアさん」
「あれ、一人ですか?」
診療所でほぼ私専用になっている部屋にやってきたのは、シャーデンだった。
いつもならロイデがセットなのだが、どうやら今日はいないようだ。
「うん、実は二人きりで話したいことがあって」
「…………」
「ああ、真面目なやつだから警戒しないで」
「それはよかった」
怪しい話ではないらしい。
よかった、今日はストッパー(ロイデ)がいないから。
彼の暴走を一人で受け止めるのは厳しい。
「あなたは、ここに違和感を覚えない?」
「え?」
窓辺に腰掛けたシャーデンは、外を眺めている。
唐突な問いに、私は机に本を置く。
「どういう意味ですか」
こちらを見ることなく、彼は外を眺めている。
彼の顔を見ることができず、表情から真意を探ることもできない。
「……まあ、そのうち分かるかな」
そのまま窓に身を乗り出した彼に、背筋が凍る。
そして、彼は外へ落ちた。
「ちょっと!」
窓に慌てて駆け寄る。
身を乗り出して地面を見渡すが、シャーデンの姿はなかった。
「一体なんだったんだろう……」
数日間、シャーデンの意味深な発言に頭を悩ませていた。
しかし、考えても答えが出なかった。
それなら本人に確認しようと思ったが、あの日からシャーデンもロイデもここに来なくなった。
「一気に静かになったな~」
ふと、机に置いていた本に目がいく。
この本は、竜人と竜の友情を描いた絵本だ。
それを手に取り、中身をパラパラとめくる。
ピタッ
そして、ある挿絵に目が留まった。
白銀の竜と、白いベールを被った白装束の人物が額をあわせている絵。
「……レオン?」
今まで忘れていた存在を思い出す。
いや、忘れていたわけではない。
ただ……意識が向けられなかっただけ。
「あれ、私はどうしてここに―――」
―――いるんだろう?
バンッ
勢いよく窓を開け放ち、里の下方を見る。
遠目からでも、多くの里の人々がいるのがわかった。
こことは真逆の、賑やかそうな雰囲気。
まるでここは、隔離されているみたいだ。
(隔離?)
嫌な予想が脳裏をよぎる。
「いや、まさかそんな……」
頭を横に振る。
診療所のはずなのに、ここに人が来ないのはなぜか。
そもそも診療所をこんな辺鄙な場所に建てるだろうか。
なぜただの人間の私が、竜人たちに歓迎されたのか。
疑惑で埋め尽くされた私は、一階へと降りた。
「ごめんなさいね、外出は難しそうだわ」
「そうなんですね」
「ええ、あなたの体にはまだ安静が必要みたい」
「わかりました!じゃあ、部屋に戻りますね」
パタン
医療設備が整っていた一階の部屋から出る。
そして、二階に上がる階段を歩きながら確信した。
(完全に黒だ……!)
体に不具合がないことは、自分自身が一番わかっている。
今までは医者の言うことだからと唯々諾々と従っていたが、それでは駄目だ。
ここから逃げることは決定しているけれど、どう逃げるかは決まっていない。
下手に逃げて捕まってしまうと、厄介なことになる。
やはり、ここは堅実な脱出をすべきだろう。
(人が油断する時は、すべてが思い通りに進んでいると思っている時)
つまり、私は私が利用される瞬間まで待つべきだ。
「……待つしかないか」
机に置いていた絵本を手に取る。
これが部屋に置かれていた理由は、彼らのなけなしの良心ゆえかもしれない。
彼らが何を望んでいるのはわからないが、こちらもやられるわけにはいかないのだ。
「可愛いドラゴンが帰りを待ってるんだ……!」




