23 目覚めのとき
祝福でもあり呪いでもある竜禍。
そんなものに侵されたユランを看病し続け、1年が経った。
「ユランさん、朝ですよ」
カーテンを開けると、窓の外に庭が目に入った。
幹に実った赤い実が朝日を浴びて、ツヤツヤとしている。
あの野菜はそろそろ収穫できるかもしれない。
宿から村にあった一戸建ての家に引っ越したのが半年前。
あれから暫くたったが、この家にはまだ少し慣れない。
「あれ、もう起きたんですか」
普段であれば、まだ横になっているはずの彼が体を起こしている。
ベッドに座ったまま、こちらをじっと見つめていた。
「どうしたんですか?」
今までにない様子に不安になる。
もしかすると、今日こそ仕留められるのかもしれない。
すっと後ろに下がり、ドアの方へ近づく。
またベッドに押さえつけられたら、たまったものではない。
「だ……れ、だ」
「!」
バンッ
言葉を発した彼に、私は急いで部屋を出た。
そして、ポケットに入れていた石を取り出した。
ジジッ
「喋りました!」
石が音をたてたと同時に声を出す。
『は?おい、急になに―――』
石から聞こえてきた声は困惑していた。
「ユランさんが、喋りました!」
『は?』
“ダルク”のリーダーは言葉を失う。
そして、すぐにこちらの状況を詳細に聞いてきた。
その後、この家は人で溢れかえることになった。
「よかったなぁ、ユラン!」
「無事だったのか!」
「心配したんだぜ!」
「…………」
様々な狩人たちがベッドに座っているユランに声をかける。
しかし、当の本人は何も反応しない。
視線を彷徨わせ、誰かを探している。
「ユラン」
感極まった様子の“ダルク”のリーダーがやってきた。
ユランは、それを何の感情も浮かんでいない目で眺める。
「よかった、マジで心配したんだぞ」
ユランの肩に手を置こうとリーダーが手を伸ばす。
しかし、その手が届くことはなかった。
「誰だ、お前は」
「「「……は?」」」
その場にいた全員が呆然とする。
そう、ユランはこれまでの記憶を失っていた。
一階の部屋にユランを残し、二階の部屋には数名の人間が集まっていた。
「まさかあいつが記憶喪失とは……」
肩を落とすリーダーにそっとお茶を出す。
この一年でユランが彼にとって息子のような存在だということはわかっていた。
だからこそ、この事実は辛いだろう。
「命があっただけ幸運だよ」
壁に凭れたデイルがそう言う。
平然としている彼と視線が交わる。
ニコッと笑いかけられ、微妙な気分になる。
片や息子同然の存在に忘れ去られた人、片やなんとも思っていなさそうな人。
(温度差で風邪ひきそう……)
「では、ごゆっくりどうぞ」
さっさと退散してしまおうと、混沌とした部屋を後にする。
その足で、私は外へ向かった。
「レオン、レオン」
『クルル~』
家のそばにある森の中で名を呼ぶと、小さなものが飛んできた。
手のひらサイズのドラゴンだ。
「元気だった?」
『クル』
この家で過ごすことになってから、レオンとは森で会っていた。
一年経っても、相変わらずのミニマムサイズだ。
本格的に、レオンをもとに戻す方法を探さないといけないな。
「でも、これからはレオンとずっと一緒にいれるかも」
『クルッ!』
嬉しそうに飛びまわるドラゴンに笑みが零れる。
ユランが意識を取り戻した。
記憶喪失ではあるが、今まで植物状態みたいにだた生きているだけだった頃よりはマシだろう。記憶はなくても、今の彼には意志がある。
彼は“ダルク”が連れて行くだろう。
「また一緒に旅ができるね」
『クルル~』
和やかに戯れていた時だった。
『グル』
「え、レオン?」
急に身構えたレオンは、森の中へ消えてしまった。
一体何事かとあたふたする。
すると、背筋に寒気が走った。
「え」
おそるおそる背後を振り返ると、誰かが近く立っていた。
「!!」
驚きのあまり、思考が停止する。
しかし、その立っている人物が知り合いだと気づく。
「な、なんだ……ユランさんですか」
「…………」
安堵したはいいものの、次は沈黙がこわくなってくる。
なぜ彼は黙っているのだろうか。
「あ、あのー」
何か話題を出そうと、とりあえず言葉を発する。
すると、ユランが急に目の前にやってきた。
「!?」
突然の行動に息を呑む。
この人、猫なのか?
急に動き出すところが似ている。
「……やはり」
「え?何か言いました?」
「…………」
(気のせいか)
何も言わない彼を伴って、私は家に帰った。
「はあ?!記憶を取り戻す旅に同行してほしい?」
「うん、めっちゃ嫌そうだね」
「頼むッ!この通りだ!」
デイルが横で笑い、リーダーが頭を下げてくる。
二人とも帰ってほしい。
家にユランと帰ると、この二人が玄関で待ち構えていた。
そして、家のなかで話を聞こうとして、この状況になったというわけだ。
「嫌です、無理です、出来ません」
「ユランがお前さんとじゃないと行かないと言っているんだ」
「え」
後ろにいるユランを見てみると、我関せずという顔をしていた。
本当にこの人がそんなこと言ったのだろうか。
「またまた~」
「いや、冗談じゃないよ」
「……またまたー」
「ドンマイ、イアちゃん」
デイルから死刑宣告を受け、死んだ目でリーダーの方を見る。
彼はニッコリと笑いかけてきた。
「了承してくれるよな?」という強い圧を感じる。
「ユランさん!」
「…………」
助けを求めるが、彼は何も言わない。
いや、沈黙は肯定というからこれが答え……?
「無理です!狩人が行くような場所に一般人が行けるわけないじゃないですか!」
「お前さんは竜禍を纏ってる時点で一般人じゃないぞ」
「うるさいです!」
「正直だな」
リーダーとの押し問答の末、私は旅に出ることになった。
……ユランの記憶を取り戻すための旅に。




