2 終わりを告げる鐘
今日もまた、のんびりと小屋でドラゴンを待っていた。
昨日は生肉を持ってきたから、きっと今日は果物を運んでくるだろう。
だから、今日は何かデザートでも作ってみようかと考えていた。
そんな呑気なことを考えていた時だった。
カーン! カーンカーンカーンッ!!
「!!」
ここからそう離れていない場所から、けたたましい鐘の音が聞こえてくる。
険しい山々が連なるこの土地は、モンスターすら滅多に訪れない。
この山の下のほうにある森にならモンスターはいるが、基本的にこの岩山には私とレオンしか住んでいない。
それなのに、この岩山のどこかから警鐘のようなものが鳴り響いている。
……この世界の人間がやってきたのかもしれない。
バサッ
レオンがくれた毛皮を頭から被る。
全身が毛皮で隠れ、もう毛玉のモンスターにしか見えない。
「……よし」
いまだに現れないドラゴンを探しに、小屋の外へ出た。
「レオンっ、レオン!」
岩陰に身を潜めながら、ドラゴンの名を呼ぶ。
警鐘がした方向と反対に来たとは言え、近くに何者かがいる可能性がある。
できる限り身を潜めた方がいい。
「レオン……」
もしかすると、レオンは襲われたのかもしれない。
レオンは巨大なドラゴンだ。
一目見て、敵だと思われても仕方がない図体をしている。
助けようにも、どこにいるのかも、どうすればいいのかもわからない。
ブワッ
「うわっ」
途方に暮れていると、突然砂塵が舞った。
『グルル』
そして、目の前には殺気だったドラゴンが現れた。
レオンだ。
こんなにも気の立ったレオンは初めてだった。
「レオンっ」
牙を剥き出しているドラゴンに躊躇なく駆け寄り、そのままの勢いで首筋にかじりつく。
「逃げよう!」
遠くからは、まだ警鐘が鳴っている。
見つかるのも時間の問題だ。
ウオオオォォォ
「……っ」
鐘の音だけでなく、何かの雄たけびまで聞こえてきた。
恐怖に身がすくむ。
スリスリ
「……レオン」
宥めるように顔をすり寄せてくるドラゴンに、少しだけ気分が落ち着く。
深呼吸をして、身を屈めてくれているドラゴンの背に飛び乗る。
「行こう!」
わけのわからないまま、私たちは岩山から飛び去った。
「おや、買い溜めかい?」
「はい」
頭巾を深く被り、愛想よく返事をする。
八百屋のおじさんは、にっこりと笑って野菜を渡してきた。
「毎度あり。気を付けて帰りな」
「ありがとうございます」
野菜を受け取り、通貨を渡す。
この通貨は四角い不思議な鉱石でできている。
初めてコレを手にした時の感動は、今でも忘れられない。
独特な民族の建物が並ぶ道を歩きながら、これまでのことを思い出す。
森の一部を切り開いてつくられたこの集落には、数か月ほど前にやってきた。
右も左もわからず、私とレオンは住めるような場所を別々で探すことにした。
心配そうなレオンをなんとか飛び立たせ、「いざ探さん」と森の中を歩こうした瞬間。
秒で、この集落の人たちに捕縛された。
いや、彼ら的には保護したという認識だったらしいが、今更のことだ。
毛皮を体に巻き付け小さくなって怯える私を気の毒に思ったのか、彼らは優しかった。
どうやらこの集落では近年人口流出が著しかったようで、定住者を大歓迎していたらしい。
あれよあれよという間に住む場所が用意され、歓迎された。
至れり尽くせりで、「森の近くに住みたい」という要望も多少の難色はあったが許可された。
今でも旅人を歓迎しているところを見る限り、この集落から人がいなくなっているのは現在進行形のようだ。まあ、こうして家を貸してもらえたのもこの人口流出のおかげであるから、こちらにとっては有難いことだった。
そう物思いに沈んでいると、森の傍にある家に着いた。
岩山で住んでいた小屋とは段違いの住処だ。
料理できる場所もあるし、暖炉もある。
極めつけはお風呂だ。
湯船もついてあるし、ここの集落の人たちは綺麗好きなのだろうと思った。
玄関の前にある階段を上る。
そして、木でできた取っ手に手をかけて、少し建付けの悪いドアを押した。
ギィーッ
「……ただいまー」
誰もいない家に、ひとり寂しく入る。
バサッ
「!」
外から風の音が聞こえ、すぐに窓へ向かう。
ガチャ
「おかえり!」
『クルル』
開いた窓からニョキっと顔を出したのは、レオンだ。
大きな体を屈めて、わざわざ窓に顔の位置をあわせている。
まったく愛らしいドラゴンだ。
「ちょっと待ってて」
買っておいた野菜を保存室へしまい、ドライフルーツの入った袋と水筒を手にもつ。
そして、急いで外へ出る。
「森に行こっか!」
週に数回のドラゴンとの密会が始まった。
「この世界では“狩人”って職業が一般的らしいね」
『クルル』
泉の近くに腰を下ろし、つらつらと集落で見聞きしたことを口にする。
レオンはまるで理解しているかのように相槌を打つ。
“狩人”とは、この世界に存在する“モンスター”を狩る人々のことを指す。
呑気に目の前で横になっているこのドラゴンもモンスターの類だ。
狩人は、このドラゴンのようなモノを狩って生活しているらしい。
「……くれぐれも、狩られないようにね」
『グル』
少し目を細めて返事をするレオン。
こちらの言葉を理解していそうだが、それもよくわからない。
「基本、モンスターは狩りの対象であって、共に生きることはしないらしいよ」
『クル』
レオンは頭を少し上げ、お腹に居座っている私に鼻先を向けてきた。
続きを促すような仕草に、人間臭さを感じてクスリと笑う。
「つまり、私たちの今の状況は異常事態ってこと」
『クルー』
よくわかっていなさそうな返事に、笑いを抑えられなくなる。
笑っている私の顔に、レオンは嬉しそうに顔をすり寄せてきた。
「こんなドラゴンとの密会をみられたら、私は狂人として葬られそう……」
自分で発した言葉に、口角がどんどん下がってしまう。
集落の人に一度聞いてみたことがある。
「モンスターを飼い馴らすことはしないのか」と。
答えは、「ある」だった。
ただし、無害なモンスターを家畜にする程度のみとのこと。
このドラゴンのことを知られた日には、私もモンスター側と見なされ狩られることだろう。
「モンスターは狩るモノであって、飼うモノではないらしいよ……」
『クールル』
「ねえ、ちゃんと理解してる?」
『クルルー』
バサッ
レオンは、私の身体に大きな翼をかけ、「もう寝ろ」とでも言うように鳴いた。
仕方なく体の位置をもぞもぞと整える。
このドラゴンは、いまだに私のことをヒナか何かだと思っているのだろうか……。
ドラゴンにあやされているような構図に、釈然としない気持ちになる。
「おやすみ」
『クルルル』
レオンは尻尾と頭を丸めるような体勢になり、優しく鳴いた。
数多の星たちが見守るなかで、ドラゴンと人は安らかな眠りについた。




