17 微笑みの真意
港町のある建物の中。
深夜にも関わらず、建物には明かりがともっていた。
「ドラゴン―――」
「―――だろう」
「だが―――」
凭れている壁から、かすかに人の声が聞こえる。
「はあっ……はあ……」
廊下の壁を伝い歩いていると、近くの扉から声が聞こえてきた。
頭がボーッとよく聞き取れない。
でも、そんなことはどうでもいい。
(レオン、レオン……!)
捕らえられたドラゴンを早く助けないと。
殺されてしまう前に、早く……!
ガチャ
「え?どうして君がここに?」
近くの扉から出てきた人間に見つかってしまった。
その人間がこちらに近づいてくる。
目の前に伸びてきた手。
それを振り払い、前へ進む。
「あつっ!……ダメだよ、安静にしておかないと」
(離してッ)
体が横抱きにされる。
抱えてくる腕から逃れようと暴れるが、先に体力の限界がきてしまった。
「ゆっくり休んで」
落ちていく意識の中、頭に渦巻いていたものはもうよくわからなかった。
「ドラゴンの様子はどうだ」
“ダルク”のリーダーは報告にきた者に問いかける。
「暴れています。特にあの方が来ると……」
「大丈夫だ、言わなくていい」
報告を終えた者を下がらせ、椅子に凭れかかる。
天を仰いだ顔には、疲労が浮かんでいた。
「リーダー、調子は?」
「見てわかるだろう、デイル」
音もなく入ってきたデイルに、リーダーは顔も向けずに言った。
まだ天を仰いでいる彼に、デイルはさらなる追い打ちをかけた。
「あの子、さっき廊下にいたよ」
「……マジか」
あの高熱で廊下を歩いてきたのか。
凄まじい執念に、さらに頭を抱えた。
「あの子のドラゴンを捕まえた僕らは、相当な悪者だろうね~」
「……言うな、わかっている」
あのドラゴンを捕らえることに賛同した身だ。
罪はあいつと同等。
「まあでも、ユランが一番の悪者かな」
「…………」
肯定も否定もしないリーダーを、デイルは鼻で笑う。
「ハッ!……そんなに後悔するくらいなら、最初からやめておけばよかったのに」
そう言い捨てて、彼は部屋から出ていった。
残ったものは、机にある書類だけ。
その書類の中に、ドラゴンに関する報告書があった。
「後悔しても、やらないといかねぇことがあるんだよ」
それを手に取り、リーダーはため息をついた。
私はどこかの建物の部屋で療養させられていた。
自由に部屋を出ることもできず、扉の前にはいつも見張りがいる。
監禁も同然だ。
「やあ、調子はどう?」
「…………」
毎日、デイルさんが部屋に訪れて話しかけてくる。
私は一切、彼に返事をしなかった。
「……うん、熱は下がったみたい」
「…………」
額に当てられた手から、そっと逃れる。
無言の拒否に、彼は苦笑する。
「じゃあ、しっかり休んで」
いつもの言葉を残して、彼は部屋を出ていった。
ベッドの横にある机には、綺麗な花が花瓶に生けられている。
あれは、毎回デイルさんが差し替えている。
「……なんで」
どうしてこんなにも優しくしてくるのだろう。
彼らは私を囮にしてドラゴンを捕らえた人間たちだというのに。
生けられた花を手のひらに包み込む。
そのまま力を入れようとした手は、力なく下へおろされた。
「―――」
「―――!」
「?」
誰かがこの部屋の方へやってくる。
言い争いをしているようだ。
ガチャ
何の声掛けもなく、扉が開く音がした。
「…………」
「おいっ!」
後ろに二つの気配を感じる。
決して、後ろは振り返らない。
曇天を窓から仰ぎ見る。
「……体調は」
背後から聞こえてきたのは、今最も聞きたくない声。
船上でドラゴン捕縛の指揮をとっていた人物。
狩人さんだ。
「ドラゴンに会わせてください」
「許可できない」
振り返れば、こちらの要望をすげなく却下した狩人さんがドアの傍に立っていた。
その近くに、項垂れたデイルさんがいる。
「……私が異端だからですか」
この二人はいつも通りに接してくれているが、モンスターを使役する者は異端とされている。実際に“ダルク”のリーダーは有り得ないものを見るような目で見てきた。あれが普通の反応だろう。
「危険だからだ」
「……っ!私は―――」
「あのドラゴンは偶然捕らえたものだ」
「ちがっ」
「お前はその捕縛時に巻き込まれた一般人だ」
「………!」
それが狩人さん、いや彼らが出した結論か。
私は一般人として処理され、レオンは囚われたドラゴンとして彼らに奪われる。
「そうですか」
物分かりが良い子のように、彼らに笑いかける。
彼らが部屋を去った後も、私は微笑み続けた。