16 ドラゴンの露呈
「レオンッ!!」
『グルルッグルルルルッ!』
人を信じたからこうなったのだろう。
「やれッ!!」
「もっと打て!」
「海に落とせ!!」
ガクンッ
船が大きく揺れる。
船首にしがみついたドラゴンが海に落とされそうになっていた。
大きな翼には複数の鉤縄がかけられている。
空を飛べないドラゴンは逃げ道を失っていた。
ダンッダンッ
さらに、麻酔弾が撃ち込まれた。
これは、既に何十発も撃ち込まれている。
体に刺さっているソレを見て、私は周囲にいる狩人たちを押しのけようとした。
「やめてッ!」
『グルルアァッ』
落ちていくレオンと一瞬だけ目が合った。
「やったぞ!」
「ドラゴンの素材は高いからなぁ」
「一攫千金だ!」
レオンはそのまま海へと落ちていった。
「うそだ……嘘だッ!」
泣き叫ぶの声は歓声にかき消された。
ただただ私は、自分自身を呪った。
数日前、私はセイレーンがいると言われるこの海にたどり着いた。
そして、ここで“ダルク”と別れることに決めていた。
ケイディートルと呼ばれる虫のモンスターを倒してから、彼らとは暫く行動を共にした。ここまで一緒に行動するつもりはなかったのだが、ピンとくる場所がなかったのもあった上、もっと違う場所に行きたいという思いがあったのだ。
だからこそ、港町は別れるのに都合がよかった。
船で遠くに行ける上、人通りも多い。
私がどこに行ったのかも誤魔化しやすくなる。
「セイレーンを見てみたいか」
狩人さんのその言葉に惹かれて、数日後に船に乗ることにした。
……それがあの惨劇につながるとは露知らず。
「綺麗な海」
「そうだろう!」
「!?」
甲板で深い藍色をした海を眺めていると、近くに人がいた。
日焼けした肌に、ガタイのいい体。
極めつけは帽子だ。
……どう見ても海賊の船長にしか見えない。
「……船長ですか?」
「お!やっぱり風格ってモンがにじみ出てちまうようだな!」
ガハハと笑う男に、愛想笑いをかえす。
どうしよう、話題が見つからない。
そのまま船長に話しかけられている時だった。
グラッ
「え?」
大きな船が突然傾いた。
風も波もなかったというのに。
「クラーケンだッ!」
ザバアァ
波の音を立てて現れたのは、巨大なタコだった。
船の側面を見ると、触手がまとわりついている。
「バリスタ用意!」
ガッガッガッ
船の先端と側面についていたバリスタが、一斉にクラーケンに向けられた。
「打てッ!」
ガシュッガシュッガシュッ
オオオオオォォォ
バリスタから放たれた槍が次々とクラーケンの体に刺さる。
周囲の船員を見てみると、彼らは落ち着いた様子でバリスタを操っていた。
彼らにとって、これは慌てるようなことではないらしい。
オオオオォォォ
暫くの攻防戦の後、クラーケンは海へ沈んでいった。
深い藍色だった海は、クラーケンの血で緑色に染まっている。
「……緑だ」
クラーケンが沈んだ余波で揺れている船。
私は船のヘリにしがみつきながら、海を覗いた。
そして、クラーケンの血の色に見入っていたのがいけなかったのだろう。
ドンッ
「……え?」
その瞬間、私は海に投げ出された。
ドボンッ
「急げ!」
「小舟を用意しろ!」
「浮き輪!浮き輪はどこだ!」
「ぷはッ」
海から勢いよく顔を出す。
海面に打たれた体が痛い。
それに、少しだけ海水が入り込んだ鼻に激痛が走る。
「ゲホッゴホッ」
いくら空気が暖かいとしても、海水の方は十分に冷たかった。
あまりの寒暖差に体が強張る。
そして、さらに背筋が凍った。
「クラーケンが来るぞッ!」
「急げ!」
「早く引き揚げろ!」
(そうだ……クラーケン)
怖くて下を見れない。
あの大きな触手が、今この下で蠢いているのか。
「……ッ」
恐怖で体が固まる。
左下から伸びている触手を目にしてしまったのだ。
(助けてっ)
声にならなかった叫びは、脳内でこだました。
『グルルルァアアッ!』
ザブンッ
体が宙に浮いた。
そして、私はそのまま舟の先端の方へ飛んでいく。
「な、ドラゴン?!」
「なぜこんなところに!」
「どっから来た?!」
レオンは私を捕まえていた足をゆっくりとひらいた。
甲板に座り込んだ私を心配そうに見た後、すぐに空に舞い上がった。
そして、海からこちらに触手を伸ばしていたクラーケンに向かって火を噴いた。
『ゴアアァァアッ』
バシャッ バシャッ バシャッ
焼かれた触手がのたうち回りながら、海へと沈んでいった。
クラーケンはもうここには来ないだろう。
クラーケンを撃退したレオンがこちらを振り向いた瞬間。
シュン シュンシュン
『グルルァアアッ』
船から無数の鉤縄が飛ぶ。
それらすべてがレオンに襲い掛かった。
そして、レオンは船首へと引きずり降ろされた。
「なッ!」
あまりの手際の良さに目を見開く。
なぜこんなにもドラゴンに対して攻撃を仕掛けられたのか。
……その答えは、狩人さんだ。
この船には船員の他に“ダルク”の狩人たちも乗っていた。
狩人さんが他の人を誘ったのは意外だったが、こういうことだったのだろう。
ドラゴンを捕らえるための戦力だったのだ。
(いつから……いつからッ!)
一体いつからレオンの存在に気づき、私とレオンの関係を知ったのだろうか。
レオンが私を守るために身を挺することを、一体いつから……。
レオンが力なく倒れていく様を見た後、私も高熱で倒れることになった。