11 狩りイベント
「へえ!じゃあ、アンタはユランに興味ないのか」
「いや、あるないの問題じゃなくてそもそもその人を知らないんですよ……」
頻繁に家に訪問してくるようになったオーウェンは、次第に茶飲み仲間のようになった。一体何が彼の琴線に触れたのかはわからない。
彼は庭で敷物をしいて寝転んでいる。
ちなみにその敷物は私のものだ。
地べたに寝転がろうとするから、流石に止めたのだ。
「ユランの顔を知らないのか」
「見たことないですね」
「一度見たら忘れられないくらいの顔面だぞ?」
「まあ、別にその人のことを知らなくても生活に支障はでませんし」
(狩人を目にする機会は少なければ少ないほどいいし)
納得がいっていなさそうなオーウェン。
しかし、彼はすぐに微睡み始めた。
こういうところが、彼の良いところだ。
「一眠りしたら帰ってくださいね」
その言葉に片手を上げて答えた彼は、そのまま本格的な眠りについた。
その様子を見届けた私は、家の中に入った。
彼とはこのような適当な関係を続けている。
友達とも言えないし、かといって顔見知り程度なわけでもない。
でも、余計な詮索もしてこないし楽な関係だ。
あと、オーウェンは鈍感だ。
彼はレオンの足跡が庭に残っていてもまったく気づかなかった。
その鈍感さのおかげで、私は今日も人として生きることができている。
……オーウェンにレオンの足跡を見られた時は、流石に終わったなと思ったけど。
「ユラン……か」
オーウェンの話を聞く限り、彼はユランに対して並々ならぬ思いを抱いている。
大部分は劣等感。
私がユランの女だというデマに踊らされたもの、彼に一泡吹かせたかったから。
私を奪えば、彼に勝った気になれると思ったのだろう。
『アンタはさ、天才って言葉をどう思う?』
苦悶の表情を浮かべたオーウェンが、そう私に聞いていたことがある。
あの時、私はなんて答えたんだっけ。
カーンッ カーンッ
「!?」
突然の警鐘に目を見開く。
急いで庭のほうを確認してみると、オーウェンの姿はすでになかった。
どうやら緊急事態らしい。
私は外套を身にまとい、斜陽の中を駆けた。
「は?一大イベント?」
「そうじゃ」
「緊急事態じゃなく?」
「緊急事態の時は鐘が三回ずつじゃ。今回のは二回じゃから催事じゃ」
駆け付けた長老の屋敷には多くの人で溢れかえっていた。
その人混みの中に長老を見つけ、話を聞いてみたらこれだ。
そういうことは事前に教えといてほしい。
「この鐘の合図はどこも一緒のはずなのじゃが」
「あー、すっかり忘れてました!」
どうやらこれも一般常識だったようだ。
いろんなところにトラップがあって困る。
「で、そのイベントとやらは?」
「これから説明するぞ」
長老はそういって、謎の石を手にもった。
それを口元にもっていき、口を開いた。
「あーあー、これから重要なことを説明するぞ」
(あの石、拡声器みたいな効果があるんだ……)
異世界文明に感動していると、周囲に集落の人だけでなく狩人たちもいることに気が付いた。
(今回のイベントは狩人も関わってる?)
「今回は狩人の方々と一緒に狩りをやってみようイベントを開催することになった」
「「「えええぇぇーーー!!!」」」
「落ち着くのじゃ」
人々が狂喜乱舞する中で、私は困惑の表情を浮かべていた。
まず、イベントの名前がダサすぎる。
次に、狩人と一緒に狩りなんてやっている場合なのか。あの密猟者たちの件は一体どうなったんだ、長老。
「なお、ワシの孫であるポールは諸事情で不参加じゃ」
(ポールさーーーん!!!)
長老はどうやら、密猟者の件をポールに丸投げしたらしい。
彼の苦労を想像すると涙が出そうだ。
「一緒に狩りに行きたい人を誘って、三日後に門の前に集合じゃ」
(まあ、強制参加じゃなさそうだし、家に帰るか)
「狩りに行かない者はポールの付き添いをしてもらうから、そのつもりでの」
(……マジか)
狩人がうじゃうじゃいる狩りに参加するか、ポールと地獄の連合会議に参加するか。
……前門の虎後門の狼か。
「よろしくな!」
「……よろしくお願いします」
三日後。
集落のほぼ全員が狩りに出かけている。
狩人たちも結構な人数いる。
私は苦肉の策で、オーウェンと共に歩いている。
「いや~、アンタのために他のヤツらの誘いを断ったんだぜ?」
得意げにそう言う彼は、実際には誰からも誘われていなかったことを私は知っている。なんなら、女性たちを誘って断られていたところを見てしまった。
「……一緒に来てくれてありがとうございます!」
彼のプライドのために黙っておいた。
こちらから誘った時、飛び上がりそうなくらい彼が陰で喜んでいたのも黙っておく。
「それにしても、あそこの人だかりすごいですね」
「チッ、あれはユランの野郎かデイルの野郎のとこだろ」
(あっ、話題を間違えたかも)
しかめっ面のオーウェンを適当におだててなんとか機嫌を直した。
その後、私たちは森の中に入っていった。
「狩りはここでするんですか?」
(どこか見覚えが……)
「そうだ。まあ、アンタはオレの背中を見てればいい」
「わー頼りになりますー」
「……ほんとに思ってるのか?」
森の中に似つかわしくないほどの大きさのハンマーを抱えたオーウェン。
果たして、彼はどのようにして獲物を仕留めるのか。
こんなにも木々が生い茂っている中で、そのハンマーを振り回せるのか。
「アンタは狩りをしたことあるのか?」
「………いえ」
「珍しいな。どんな奴も子どもの頃に狩りを経験させられるのに」
「いや~、珍しい家庭だったもので」
この世界の人々は皆、一度は狩りを経験している。
狩りは、彼らにとって絶対に一度は通らなければならない道なのだ。
その感覚は、私にはない。
「じゃ、オレが帰ってくるまでここで大人しくしてろよ」
「はい」
オーウェンの言葉に従順に返事をする。
なにせ狩りに関しては、私は全くの素人だ。
ここはプロに任せた方がいい。
オーウェンを見送り、森の中で一人になる。
今気づいたが、これダメな状況な気がしてきた。
「……彼についていくべきだったか」
モンスターがいる森で一般人が一人になっている状況。
うん、問題しかないね。
(帰ってきて!オーウェンさん!)
彼は狩りに気を取られて、私が最弱な一般人であることを忘れてしまっていたようだ。私も、自分の状況のヤバさに今気が付いた。
ガサガサッ
「………終わった」
奥のほうの草むらが大きく揺れる。
そして、大きな影が見えた。
急いで木の影に隠れるが、足音は着実にこちらに近づいてきている。
座り込んだ足は、恐怖でもう力が入らない。
絶体絶命だと悟ったその時。
『クルルー』
聞き覚えしかない鳴き声に涙腺が緩んだ。
「レオン~~!!」
木の影から飛び出し、レオンの鼻先にダイブする。
安定感のあるレオンの身体は、人間が飛びついた程度ではビクともしなかった。
『クル~』
「レオンだ~」
再会の余韻に浸っていると、レオンが何かに気づいたかのように頭をあげた。
そして、私の服を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
『グルルッグルルッ』
この鳴き方はレオンが警戒している時の声だ。
近くで何かあったのかもしれない。
グイグイと引っ張られ続けている服を見る。
「……背中に乗れってことか」
私はレオンの背中に乗った。
そして、レオンは地面から飛び上がった。
森を低空飛行していると、人々の騒ぎ声が聞こえてきた。
「あれは……」
遠目からでもわかる。
あそこに蛇のような巨大なモンスターがいる。
「まさか!」
近くに降り、離れたところから様子を窺う。
「負傷者の保護が最優先だ!」
「なんでゴルダージャがここに……!」
「狩人以外は全員退避しろッ!!」
血塗れになっている人が数十人もいる。
狩人たちは彼らを守るために、防戦を強いられている。
このままではあの大蛇に押し負けてしまう。
(どうしよう……!)