いつもの 3 ドラゴンは女に変身するもの 上
今、お笑い界で騒がれている問題がある。
『シャーク&ジョークのジョーク氏、女性暴行疑惑か!?』
「週刊お笑いWEEK春号」にセンセーショナルな文字が並ぶ。それを俺は強く握りつぶした。
俺はこいつ、ま……ジョークが憎い。
お笑いには力がある。それは見える世界を前向きに変化させる、素晴らしい力だ。人間は生きているだけで心を怪我をする。お笑いは、その癒えない傷の痛みを減らし、祝福を与えるのだ。だが、こいつはその力を自己弁護に使い、本来笑わせるべき客に敵意を向け、自分が笑うために利用するのである。所詮、内輪芸人たちに持ち上げられてきた裸の王様の末路だ。
こいつは何やら損害賠償を求めてるらしいが、何を考えているのだろうか。そもそも、それをさんざネタにしてきたのはお前じゃないか。そのネタが現実になったところで、何の名誉が棄損されるのだろうか。そのネタの毒が自分に回ってきただけで訴える?笑えないよお前。
しかも、お前は女選びに熱心だったそうじゃないか。芸能人の闇に染まってない、そういう女をオーダーしておいて、芸能人のルールではあれはセーフだ同意だと持っていこうとしてるだろ。おかしな芸能人たちが何やら集まって擁護しているが、一般人からすれば確実にアウトだ。そんな非常識な人間が集まる芸能界に、一般人の観客を笑わせることはできねぇよ。何が笑わせたいだ、笑わせてくれる。
そもそも、お笑い全般を汚して、損害を与えたのはこいつだ。こいつが暴力まがいのゴミ行動をお笑い芸と称したおかげで、お笑い師は肩身が狭い思いをしてきたのだ。その毒が、自分に回ってきただけで損害賠償請求か。醜いよ、ジョーク。お前が偉大なる先輩たちが作り上げたお笑いというのを、お前がその手で汚したんだよ。お笑いで笑えなくなったのはお前のせいだ。
俺はお笑い師についてプライドを持っていたが、今ほど、お笑い師というものが恥ずかしい存在だと思ったことはない。損害というのなら、それを払わなければいけないのはジョーク、お前だよ。お前の腐りきった素人リアクション芸未満の芸がお笑い師全体の名誉を棄損してるんだよ。お前が、すべてのお笑い師と、それを求めてる観客に謝罪するのが筋だろ!お笑いで笑えなくなったすべての人々に。そして、お笑いネタで書けなくなっていた作者に。
大体、一般向けで取り扱えないようなネタを提供するんじゃねぇよ。お前の下世話な身内話は、世間では笑えねえんだよ。
さて、言いたいことは言った。俺は視線を横に向ける。
「すぴ~」
宿屋、俺のベッドで寝ている女の子と二人きり。この状況、どう乗り切ればいいのだろうか。
……あらかじめ言っておく。俺は潔白だ。俺はジョーク氏ではない。この部屋で飲み会をしたわけではない。飲み会はちゃんと居酒屋でやる。有名人だから隠れてホテルで、というのは、居酒屋で飲む有名人はいないことになってしまう。それじゃ番組終了時の打ち上げなど一切できないだろう。飲み会など、居酒屋の個室でやればいいだけの話だし、そんな見苦しい言い訳は俺は言わない。
そもそも、俺は冒険から帰ってきて、すぐに横になっただけだ。そして、少し早く目覚めただけである。俺は、眠ってる時の記憶はないが、他は全部記憶している。記憶をなくしてるが、言ってない記憶だけを残してるわけではない。そんなフラグを立てた覚えはないし、決して「ぽょとむタイ~ム」なんて言ってないのだ。本当だ。信じてくれ。
俺は、この不可思議な現象をハーレムタグのせいだと睨んでいる。ハーレム展開のために作者が無理やりな物語をでっちあげることは珍しくないのだ。これも、そうした一件に過ぎないのだろう。
しかし原因が何であろうと、俺にとってこの展開は≪破滅フラグ≫である。これを回避しなくては、俺はあのジョークのように干されるだろう。出会って一夜で一気に好感度MAXになったんです!なんて誰が信じてくれるのか。
そんな時、俺に名案が閃いた。そうだ、捨ててしまおう。今なら宿帳に履歴も残らない。夜が明けぬうちに捨ててしまえば、人目にもつかないだろう。俺はそっと、女の子を担ぎ上げようとした。
「ん?」
おかしい。俺はもう一度、女の子を持ち上げようとする。
しかし、俺のステータス99の筋力を持ってしても、なぜか動かない。戦闘では手加減できないのに、日常生活はなぜか無意識に手加減してる、というわけではない。俺は本気で持ち上げているのだ。こいつは、いったい何者なのだろうか?
こうして、俺が奮闘している間に、朝日は昇ってしまっていた。
「あたし、ずっと、あ、あの、あ、会いたかった!」
目が覚めた彼女は真っ先に俺に飛びついた。だからそういう作者によるご都合主義っての止めてくれないか。これは勇者追放系であって、なろう追放系ではないはずだ。展開は通常はないはずなのである。
「だから、君は誰だ?俺は君を見たこともないぞ。」
「知らないかもしれません。でも、ずっと間近で見ていました。だからボク。」
間近?俺の間近にいる女など、勇者PTと借金取りぐらいしかいないはずだ。それとも、視力99のステータスを搔い潜り、知らぬ間にストーキングされていたのだろうか。
「駄目だ、俺はお笑いを続けたいのだ!破滅フラグは回避するんだ。」
「ししょーの相方になりたいんです!」
「破滅?」
「相方?」
俺は彼女の目を見ると、彼女も同様にきょとんと、目を合わせた。
とりあえず彼女の話を詳しく聞いてみる。どうやら、今はこんな姿をしているが、元はドラゴンらしい。だが、いつものやつであるからして、別に驚きはない。俺が行ったダンジョン内でのギャグを聞いてる内に感激して弟子になりたいと俺の後を付いてきたということだが、ま、俺のギャグは面白いから当然だな。
「とりあえず、だ。名前を聞いておこう。君の名は?」
「名前は、ない……。」
「ナイさんか。いい名だ。」
「違います。ないんです。」
「そうか、ではナインさん。」
「だからないのですって。」
「ではナイノさん。」
というお約束なやり取りの後。
「とにかく、ししょー、名前を付けてください。」
「名前?どうしてだ。」
「ボク、ドラゴンです。人間の名前、ありません。」
どうやら、名付けイベントが始まったようだ。しかし、随分とめんどくさい事を押し付けるものだ。名前を本気で考えようとして、「名前を付けてください」という画面の前で固まってしまい、冒険をなかなか始められなかった思い出は誰にでもあるだろう。そんな中の一人である、主人公の名前はデフォルト派の俺にそんな暇はないので、適当にそれっぽいこと言って帰らすとしようか。
「ふむ、窓を見てくれ。月がきれいだな。」
「ししょー、今は朝です。」
なるほど、弟子を希望するくらいにはいい突っ込みだ。だが、異世界なら朝でも月が出てるかもしれないでしょうが。
「ええい、話を続けさせろ。あの月を見ろ。あれは俺の故郷ではルナはルナといってだな。ルナの意味があるんだ。」
「?」
どうやら自動翻訳がうまく行ってないらしく、俺は意味の分からないことをまくしたてた。俺でも何を言ってるかわからない。
「つまり君の名前はルナ……ではなく、ハナコだ。」
俺の危険回避能力99が察知する。「るな」という名前だけは付けてはいけない、そんな気がした。
「いやです。」
「いやって…さっき俺に名前を付けてほしいって言ってたばかりだろ。」
「かわいくないです。さっきのがいいです。」
「かわいいだろ!ハナコ!いいじゃないか。うん、かわいい。十分、かわいい。」
俺は、ハナコと呼ばれて付いてくる、健気なかわいいホルスタイン牛を想像したが、不満らしい。
「いくらししょーでも、嫌なものは嫌なのです!」
「めんどくさい。お前が気に入った名前を勝手につけとけ。」
「あいあいさー。」
俺がそういうと、彼女は背中に翼を生やして、窓からどこかに飛んで行った。まったく、初めからそうしろって。
しかし、元ドラゴンというのは本当だったのか、と俺は感心した。簡単に龍に変身したり、人に変身したり、よくあるやつだが、一体、どういう原理なんだろうな。質量保存の法則を無視するあの変化は、俺のステータス99の知力をもってしても理解はできそうにもなかった。が、兎も角、これでやっと寝られるのだ。
「ふぁぁぁああ。」
俺は大あくびをすると、さっきまで彼女が横たわっていたベットに入り込み、再び眠りについたのだった。