いつもの2 水晶玉は割れる物
パーティから追放された俺は、小劇場で小金を稼いでいた。冒険をせずともこうして金を稼げるのは、最強の職業であるお笑い師ならではだろう。そうそう、戦闘に不向きで追放された職業ならば、冒険に行かずに街で稼ぐことをお勧めする。俺は戦闘職なのでダンジョンにも行くのだがな。
「は~い、トムちゃん。これ、今日のおギャランティ。」
俺の名前を気軽にトムちゃんといってくるこいつは小劇場の支配人だ。どうでもいい話だが、支配人はおかまキャラでなくてはいけない、という法則でもあるのだろうか。こうして髭ずらのおっさんが初対面の癖に馴れ馴れしくしてくるのは腹が立ってくる。だが、名前を呼ばない勇者ほどではない。なぜならば、勇者はただの同僚だが、支配人はいわば上司である。勇者とは格が違うのである。
さて、この小劇場、俺のおかげで連日連夜の大行列といいたいところだが、俺は長らく冒険の旅に出ていたために知名度はすでに新人に追い抜かれていた。
「どーもぉ!シャークで~す。」
「きゃぁ~シャーク様!」
看板芸人シャーク。奇跡の世代とか言われ調子こいてるが、こうして面白くない、知名度だけの身内芸しかできない芸人をごり押ししたところで数字が伸びるわけもなく、そもそも客いじりは客が面白いだけだし、毒舌はもはやギャグですらない。地方巡業で経験値を稼いだ俺たちを…(この後だらだらと長い愚痴が続いたので自主的に省略)……である。
公演が終わった後も劇場の裏手にはシャークを待つ女どもが並んでいた。いわゆる、出待ちの女だ。
「シャーク様はどこ?」
「君も連れてって言っちゃうぞ。あ、ブスはお断りだから。ちゃお!」
「きゃぁ~!シャーク様ぁ!」
シャークが一言いうたびに何が面白いのか、湧き上がる黄色い歓声。あの頭が軽いだけの遊び人に何の人気があるのだろうか。
「君たちもシャーク君になれば、あのようなハーレムも夢じゃないYO!」
支配人が発破をかけてくるが、あんな男になるくらいなら転職したほうがマシである。
シャークが去ったには後、あれだけいた女たちも、すべて居なくなっていた。いや、一人だけ残っている。一人、俺の方をずっと見つめている女。
「あらぁ、君も出待ちがいるの?結構な美人じゃない。」
「そう見えるか?彼女は……俺が初めてサインを書いてあげた女だ。」
「えぇ!じゃあファン第一号ってこと?きゃ、素敵!」
「いや、彼女は。」
そんなもんではない。俺は彼女との出会いを語ることにした。
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あれはパーティを追放された後の話だ。彼女との出会いは、転々と小劇場を移動する際の、とある馬車であった。
「あなたも冒険者?」
「そうだ。職業はお笑い師。」
「私は旅芸人。私も追放されたの。お仲間ね。」
「俺も旅する芸人だから旅芸人だな。」
「うふふっ。」
彼女とは、まるで好感度がMAXであるかのように気が合った。
「最近のパーティって支援職の重要性をわかってないんだから、いやになっちゃう。」
「全くだ。特に昨今は追放系が流行っていると聞く。嘆かわしい。」
この世界、セレスティアは長引く冒険不況によりパーティのリストラが横行していた。
特に支援職は対象になりやすく、錬金術師、鑑定師、付与師、使役師。様々な職業にしわ寄せがきていた。
彼女もその時代の波にのまれたのであろう。
「私は魔歌でPTを支援してたの。」
「マカ?なんだそれは。」
俺がそう聞くと、
「歌に魔力を込めるのよ。」
そう言って歌を1小節歌ってみせた。ほんの少しだが、力があふれ出てくるような気がした。
俺はひらめいた。ギャグにも魔力を込めれば似たような物ができるかもしれない。そしてそれは限界突破のカギになるかもしれないのだ。
「俺も、言葉に魔力を込めることができるのか?」
「それは、才能がないと無理ね。」
「才能か?」
「そう。魔法の才能。この水晶に魔力を込めるの。見て。こうやって。」
女が水晶球を取り出し手をかざすと、水晶球の中に火、水、風のシンボルが映りこんだ。
「綺麗なもんだな。」
「うふふ。」
褒められて、女はまんざらでもない様子。
「やってみる?」
「ああ。」
俺は水晶球を受け取った。
「力を込めて念じるの。うーん。イメージ?魔力を流すイメージ。」
「イメージだな。よしっ。」
なろうほど、少し触っただけでは、変化がない。念じてみる。変化がない。
「うーん、そんなはずは。もう少し力を込めてみて。」
「もっと力を込めて念じるのか。」
俺は強く念じ力を込める。すると。
キンキンキン!
水晶球は、乾いた音を立てて粉々に砕け散ってしまった。
「きゃぁぁぁああ!!!」
女の悲鳴が響き渡る。
「ローンが……ローンが……」
必死に水晶球の欠片をかき集める女。俺は思わず狼狽えた。
「お、俺は、ほら、全ステ99だし、力を込めてっていったから、つい!」
「私はイメージっていったのよ!本当に力を入れることはないじゃない!」
「……俺、何かやっちゃいましたか?」
思わずとっさに出でてしまった言葉。どうやらそれがいけなかったらしい。女の血管がプチン、と切れる音が聞こえた気がした。
「絶っ対許さない。地獄の果てまで取り立ててやるんだから!」
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「ええ、それじゃ、サインってのは。」
「そうだ。借用書だ。」
俺が貰った賃金の8割を渡すと、女は満足そうに帰っていく。
「そうか、元気だせよ。」
いつの間にかおかま口調をやめて素になっていた支配人は俺を励ましてくれたのだった。