いつもの 1 勇者PTから追放される
とあるダンジョン、である。
俺たちは20mもあろうかとする巨大なドラゴンを前に苦戦を強いられていた。
「必殺!炎斬剣!」
「ファイアストーム!」
「どんどんパフパフ!どんどんパフパフ!ピーピーピー!」
勇者は剣を、魔法使いは杖を構え、俺は鳴り物を鳴らす。
「駄目だ、炎属性は効きそうもない。ランクは落ちるが、氷属性で攻撃するんだ!」
勇者が、陣形を後退させ、態勢を立て直す。
「おい、何をしている、サマンサ!回復!回復が間に合ってないぞ!」
「うっさいわね。詠唱が間に合わないのよ。しゃべってる暇があったら勇者を援護して!」
「へっ!へんぽろこぴっ!」
遠方から攻撃をしていた盗賊たまらず声をあげ、魔法使いが不満を叫び、鼻メガネとパーティ帽子をつけた俺は、両手を頭にのせてポーズを決めて、自信のある一発ギャグをかます。
俺の活躍もあってどうにか勝利したのだが。祝勝会であるはずの酒場で、勇者が信じられない事を言った。
「お前さ、PTから出て行ってくれないかな。」
祝勝会。中ボスを倒してお祝いムードなはずなのだが、なんだろう、この空気は。リーダーの勇者が重たい口を開く。
「あのさ、言いにくいんだけど。お前さ。このPTから出て行ってくれないかな。」
「ど(pi)う(pi)い(pi)う(pi)こ(pi)と(pi)だ(pi)?俺(pi)の(pi)何(pi)が(pi)い(pi)け(pi)な(pi)か(pi)っ(pi)た(pi)ん(pi)だ?」
俺が一言しゃべるたびに、装備中の鼻笛からピーピー鳴る。
「そういう所だ。」
「そうか。」
俺は渋々、鼻笛を装備から外した。
寂しいものだ。魔物が強くなるにつれて、戦力外になっていることは薄々気づいていた。皆、より良い装備に新調していくのだが、なぜか俺だけ少ないお小遣いでやりくりをしなければいけなかったからだ。しかし、この手作りの鼻笛ですら、気に入らないというのか。
「最初はすごい助かってたさ。モンスターを倒せずに宿屋代にすら困った時も、路銀を稼ぐことができた。低レベルの時は、魔物の気を逸らしてくたり、格上のモンスターを倒すことができた。……でもさ、さっきのアレはないだろ。」
「それは俺の笑いが足りないだけだ。笑いが効けば、大受けして1グループを1ターン行動不能にできるんだ。」
「1グループ?1ターン?」
そんなことも知らないのか、勇者とあろうものは。俺はやれやれと溜息をついた。
「そうだ。連続で決まれば、無傷でボスも倒せる計算になる。」
「とりあえず、意味不明な言葉は、お笑い師特有のそういう用語があるとしてスルーするが。つまり、大受け中はモンスターが行動不能になって、無傷で倒せる、ということか?」
「そうだ。」
「しかし、あのドラゴンには効いてないみたいじゃないか。つまり、行動不能にはなってない。」
「それは俺のレベルが足りないからだ。」
俺の誠意ある説明に対して、魔法使いのサマンサが異を唱えた。
「でもあなたのレベルって99じゃないの?」
「そうだな。」
そう、俺はレベル99。いわゆる最強の一角である。
「じゃあ、もうレベルが上がらないじゃない!」
「上がるさ。俺が狙ってるのはそれより上の先の高み、限界突破。」
俺はNO1を示すハンドサインを出した。
「限界突破ぁ?」
「ああ。限界突破だ。限界突破すれば、レベル上限を超え、ボスにも効くようになる。」
しかし、期待した反応はかえってこなかった。
「なんだそれ。聞いたこともないぞ。」
「まて。また、お笑い師特有の用語かもしれない。」
「聞いたこともないのは当然だ。まだ誰も達成したことがないのだからな。」
俺は得意げに言ったが、魔法使いが水を差す。
「ちょっと待って。誰もが達成したことないのに、なんであなたは存在を知ってるのよ。」
なるほど。もっともな意見だ。しかし、俺にはそれを感じることが出来るのだ。なぜならば。
「そういうものだからだ。」
ますます酒場が冷えあがる。ここが本当に祝勝会会場なのか疑いたくなるくらいだ。
「まったく、話にならないね。そもそも遊び人風情をPTに入れるのが間違いだったんだよ。」
「遊び人じゃない。芸人だ。」
「どう違うんだよ!」
やれやれ、この違いが判らないとは。遊び人はただ遊んでるだけだが、俺は違う。芸人とは、芸に、笑いにストイックなのだ。
「芸人は不人気職で、理解して貰えないのは仕方がないが。だからといって下に見るのはやめてもらおうか。」
「なら、人気職に転職しなよ。」
なるほど。もっともな意見だ。転職すれば、下に見られることはないのかもしれない。
「うむ。芸人はレベル20を超えれば賢者に転職できるといわれているな。」
「じゃあ、それに転職すればいいじゃん。」
「しかし、レベル20を超えてもその選択肢は出てこなかった。不思議だ。あれは都市伝説だったのかもしれない。」
「そんなのレベル99になる前に気付いてよ!」
サマンサが悲痛な叫びをあげる。
なるほど。もっともな意見である。だが気づかなかったのは仕方ない。
「……あのさぁ。黙って聞いてりゃ、おかしなことばかりしゃべりやがって。」
俺の横からにゅっとビールジョッキが出てくる。今まで沈黙をしていた盗賊が横やりを入れたようだ。
「こういうやつははっきり言わないとだめなんだよ。お前さ、役立たずなんだよ。」
「メジエ!」
そして、この疎外感。勇者たちは皆名前を呼び合うが、俺の名前は言ってくれないのだ。
「それならば、俺にだって言いたいことがある。俺の名前をお前というのはやめてくれないか。俺にはふさわしい名前があるんだ。」
「でもさぁ、お前の名前ってさぁ。」
メジエは口をモゴモゴとさせた。
「忘れたのか?ぽょとむだ。」
「だから、どう発音するんだよ!」
「だからぽょとむだ。」
俺がこう注文しても、何かと理由をつけて決して俺の名前を呼ぶことがない。俺が芸人であることに対して、見下しての事だろう。
「カイン。俺は、役立たずか?」
「ああ、そうだ。」
「わかった。世話になったな。」
俺は、酒場を後にすることにした。男は背中で語るものだからだ。
「カイン、PTから外すといっても、そういう言い方はないでしょ。」
「俺だって辛いんだよ。あいつのお笑い芸に何度も助けられたか。でもさ、もうわからないんだよ。あいつが何考えてるのか。」
背後から聞こえてくる声に、俺は涙が止まらなかった。勇者は悪くない。追放されたのは何よりも俺の力が足りないからだ。やはりあの状況。
祝勝会は鼻笛ではなく、鼻風船を装備すべきであったのだと、俺は後悔したのであった。