『異世界生活・思ってたのと大分違いました』
一瞬でも楽しんで頂けると幸いですっ!!
どうかよろしくお願い致します。
殺風景と化し寂しく残った橋の上────
ログンメが首を上下に振りタナロウの選んだ体を確認する。
「……うん…………君は直感までもが気遣いの達人なんだね……」
久しぶりに聞いたその声に安心を得ていた一方、その意味深な発言にタナロウは不安を募らせた。
つまりそれはえ~っと……俺が気を遣ってしまったということは~…………あーー、ろくな結果じゃないんだな……。
いつも気を遣った後は決まって俺自身にとってはろくなことがなかった。全く前世で変な癖を体に染み込ませちまったもんだ……おかげで俺はどこまでいってもこんなんだよ……はぁ。
タナロウのテンション低下により若干沈む空気の中、ログンメの高揚高まった声が辺りの雰囲気を一気に明るく照らす。
「ハハハっっ! まさかまさか僕の一番のお気に入りを選んでくれるなんてさっ!! キミっていうキミは本当に最高だよっ!! ありがとうっ!! タナロウくんっ!!」
へ? これは予想外の展開。どうやら俺の無意識に発動した気遣いは、ログンメ様の一番選んでほしかったものを選ぼうとするそういう方向に働いたようだ。
もう一押しで安心を得られるとそれを求めタナロウが聞く。
「あのっ……ログンメ様のお気に入りって……俺は一体何の体を選んだんでしょうか?」
俺がそう聞くとログンメ様は只ニコニコしながら。
「それはねぇ~、次に君がこの体になって生きてからのお楽しみかなっ。
さてっ! それじゃ、そろそろ君も行った方がいい頃だろうしここら辺で一旦お別れかなっ。タナロウくんとの会話と散歩すごく有意義で楽しかったよっ!!
じゃあ気をつけてねっ、君の次の命に幸がありますようにっ────────」
そのログンメの言葉を最後に、境界を理解する間もなくタナロウには見るという感覚が戻っていた。
目の前にあったのは細く軽い左肩上がりの坂道。その向こうにはそよ風に靡き優しく揺れる草たちと黄色と白の綺麗な花々が咲き、更にその奥には高い木々が並んだ森が見える。時折聞こえてくる耳あたりが良い鳥のさえずりが心を落ち着かせてくれる。人の気配は一切なく、ものすごく居心地がいいっ!
まあ……拭えないド田舎の自然風景観が元居た世界を連想させてしまうが、よく見ると植物も虫も鳥も見たことないものばかりだしこれは正真正銘・異世界転生と言って間違いないだろうっ!!
人生何があるか分からないとは言ったもんだが、まさか自分にこんな運命が巡ってくるなんてな……。
まっ、とりあえず俺の新しい姿を一拝みしてボチボチNEW生活始めるとするかっ。
「いざ行かんっ! 俺の転生生活ッ!!─────」
ぐっ
(ん???????????????)
勢いよく一歩を踏み出したつもりのタナロウだが、何故か前に進めていない。
ぐっ グッ ぐっ グッ ぐっ グッ─────
その後何度も前に進もうと試みるが依然タナロウの体はぴくりとも動かず。
ん? えっ? あれっ? おいっ!! 何だよこれッ!!
この理解不能な状況に次第に焦りを見せ始めたタナロウは、気張って力を思い切り込め必死に全身へと全速前進の信号を送り続けた。
「ふンぐぅっ! ぬんギぃぃぃぃィッッ!!──────ッッぷハァッ!!!!」
はぁはぁはぁはぁ……おかしい……おかしいぞ……嘘だろっ……何で……動けないんだよっ。 どうなってるんだ? 首も手も足もまるで全身コンクリートで固められているみたいだっ。
「まさかログンメ様が間違って魂のまま俺をこの世界に発哺り出したんじゃ………。
いや、でも目はちゃんと見えているし声も出て音もちゃんと聞こえてはいるっていう実感はあるし……それはないか……。でもじゃあ何で………」
【タナロウの転生生活1日目】
この日原因不明の停止を余儀なくされたタナロウは、朝から何も飲まず食わずトイレにも行けずで結局原因は何も掴めないまま夜を迎えることになった。
「そういえば、朝から飲まず食わずでトイレにも行ってね~な~……はぁ。幸い今は空腹でもないし便意がやってきてもいないけど、これがいつまでもってくれるか……。
人間って何日飲まず食わずで死ぬんだっけ……一週間くらいは猶予があるだろうか?
そんなことを考えながら夜を過ごした。
【タナロウの転生生活2日目】
あ~もう完全に朝だ、昨晩は一睡もできなかったなぁ……はは。只いつもの俺なら一日徹夜しただけでも簡単に目が回ってしまう頃なんだが、今日は不思議とそうはなっていない。それに腹だって未だに減る様子もないしトイレの方も全然平気だ。まぁ、一日よく持ちこたえてくれたと俺の体を褒めておきたい。
よしっ、いつまで続くかも分からないこの状況にかまけて悠長にはしてられないし、今日中にはなんとしてでも動けるようになる術を見つけてやるっ─────────
結局その日も何も口にせず便も出ずでタナロウが動けるようになることはなかった──────────
【タナロウ転生生活3日目】
体の調子のことも含めさすがにおかしいと思った俺は、昨晩も一睡もせずにひたすら考え続けていた。そしてとある説に至った。そうそれは、【もしかして今の俺は封印されてる系の何かではないのか】という説だ。実際そうなら俺のいくつか沸き出てきた疑問点との辻褄も合う。
俺が今動けないのは封印石的なものに封印されていることが原因で、そのため俺は何も食わなくても平気だし便もする必要もない。俺が丸二日一睡もしてないのに目が回らずぴんぴんしていられている訳である。
それに俺の知り得る限りで封印されてたやつが封印が解かれてから、はい死んでましたなんてのは見たことがないからおそらくこのまま死ぬことはないだろう。
【タナロウの転生生活3カ月目】
タナロウはまだ生きていた─────
あの状態から3ヶ月近く生きたんだ、俺の説がほぼ立証されたと言ってもいいだろう。
内心この世界へ初めて来た頃に抱き始めた不安が消えかかっていたタナロウだったが、彼には新たな不安も芽生え始めていた。それは封印をどうやって解いたらいいのかということだ。この3ヶ月間24時間営業のタナロウが見てきた限りでは、目の前の道を人が通ったという覚えはない。
このまま誰も来なかったら……どうすんだろ。封印に消費期限でもあって自動で解けてくれればいいんだけどな……。そもそも人という存在がこの世界にはいるんだろうか。
その時だった─────
タ タ タ タ タ
ここにいますとばかりにその足音はタナロウに届いた。
……え!!? これって……足音だよなっ!!? 人なのか? それともまた別のっ────
足音はタナロウの存在に気がつくとそこで止まった。タナロウの目の前にいたのは、彼の認識では人以外の何者でもなかった。杖をつき笠を被り黄色い甚平を着た47歳の男だった。
男は無言のまま、タナロウに向かい目を瞑り手を合わせた。
この世界に来て初めての人っ!! 異世界人だっ!!
その光景は彼の薄れかけていた異世界へ来た頃の新鮮な気持ちと取り戻させ、且つそれ以上の実感と興奮を与えた。いろいろな感情が相まってかテンションが上がり、本来の自分と今の自分の姿を忘れたタナロウは。
「おはようございますっ!!」
そう男に挨拶あいさつしてしまった。
タナロウが男に声を掛けてから、男がいなくなるまでは一瞬だった。
「………………」
【タナロウの転生生活8カ月目】
あれから随分と長かったが、遂に今日二人目の人がやってきてくれている。白銀の着物姿に藍色のローブを羽織り、長い黒髪を後ろで束ねた見た感じ20代後半くらいの男の人だ。彼の身なりや持ち物を見るにそこそこな身分だと見受けられる。今回は声も掛けていないし今のところは順調だ。
タナロウが様子を伺っている間、男は水を汲んだ銀のバケツの横にかがみタナロウのことを布のようなもので磨いていた。
(こんなに間近に人を見るのなんていつぶりだろう……)
汗をかきながらも滅茶苦茶熱心に磨いてくれている……。
なんか……この人には私情抜きにしても幸せになってもらいたいと思うな……。人相もいいし真面目だし、何よりこんなしがない石にここまでしてくれているんだ。もうこの人しかいないなっ。
只問題なのは、この状況からどう声をかけるかなんだよな……。この前と同じ失敗をすれば次いつ人が来るかも分からない。かといって黙っててもこのまま帰ってしまうだけだろうし、どうにか上手く状況を伝えて理解してもらって封印を解くために力を貸してもらいたい。
タナロウがそんなことを考えている間にタナロウを磨き上げた男は、自身の紺色の巾着から大福や饅頭のようなものを取り出した。そしてそれを竹の皮を敷いた上に置き、ゆっくりとタナロウの前へと供えた。前世では決して見ることのなかった光景にタナロウは感動した。
お供え……食べれませんがありがとうございますっ!! お気持ち頂かせて頂きますっ!!
「本当にありがとうございますっ!!」
感謝の気持ちがいつの間にか心から漏れ出ていた。
案の定男はその突然のタナロウの声に目を丸くさせ驚くと、氷の上で足を滑らせてるかのような腰を抜かした足取りを見せながら声を上げて大慌てでその場から逃げ去ってしまった。
「あぁ…………やった……」
そこには綺麗で高そうな銀製のバケツだけが転がっていた。目立ちすぎない装飾が施され、バケツの側面には割れないようコーティングされた楕円形の鏡が4枚程埋め込まれている。
どうしよう……今の優しい人に忘れ物をさせてしまった……。あんなに熱心に磨いてもらったのに恩を仇で返してしまったな。随分と怖がらせてしまったみたいだったけど、取りに戻って来るだろうか………。
(もしかしたらさっきの人が取りに戻るかもしれない)そう信じタナロウは、銀のバケツがどうにか無くならないようにと有るか無いかも分からない自分の封印されしエスパー能力の強制解放を信じて凝視し念を送り始めた─────
カァ カァ カァ カァ
その時が訪れたのはカラスのような鳴き声が頻繁に聞こえ始めた5時間後の夕方。彼の集中力が途切れ始めた頃だった。
ん? 何だあれ? 石みたいな……ああ俺が映ってんのか。そういえば、この世界に来て一回も自分の姿見たことがなかったな……。封印石に変わりはないだろうが、どれ……今の俺はどんな姿を────。
タナロウが銀のバケツに映る自分の姿を捉えようと凝視すると、次第にその目に像の形がはっきりと映り始めた。
(え……)
タナロウの心の底から言葉が漏れた。
「あぁ~~~~…………そうかぁ~~~~…………はは……そりゃ……動けない訳だなっ…………。ははっ……しかも封印されてすらいねぇじゃんかよっ…………」
タナロウの口調は明るかったが、口は殆ど動いておらず震える声はショックを隠しきれていなかった。
今まで無駄な期待をしたと思ったと同時にこの先の事考えるとそれが幸せだったとも思えた。あまりの衝撃的現実を処理しきれなかった俺の脳はショートし、気付けばそのまま気を失っていた……。その日から俺は自分に期待することを止めた。
それから随分と長い間タナロウは苦悩した。自分の生き方を受け留められるまで、考え過ぎで記憶が飛ぶ日々を何度も繰り返した──────────────────────
思い返せばこの傍観生活もそんな始まりだったな……。
まぁ自分の生き方を受け入れた後にも色々とあったが、今は心底穏やかでいられている。別に悟りを開いたとかではないが、ただ……いい出会いがあった。
百年が経った今、タナロウが目にしている景色は彼がこの世界に初めてやって来た頃とさほど変わってはいないようにも見える。例えるなら、上級者向けの間違い探しレベル程度。
その景色から見て反対側もまた同様、百年前からその木祠は在る。そして中に見えるのは、笠を被らされたまん丸の石頭・両目の位置に赤く大きな丸いかわいらしい窪み・鼻や口等は無い・頭の下円筒形の石体にはあまり古くない黄色い布が巻かれ、全体的に綺麗に磨かれている。
木祠の中に居る者それ即ち、岬取棚郎の名を改めた【アワス】という新たな名を持つお地蔵様である────────────────────────────
最後までお目通し頂きありがとうございました。
御貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます。
ペースはゆっくりですがこれから更新していきますので、もし次も読んでやってもいいぞっという方おられましたらどうかよろしくお願い致します。
また、別に【RYANGA-リャンガ】という物語も描いておりますのでそちらの方も宜しければ一緒にお願い致しますっ。