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7.親の心、子知らず。

達治ぃ……。






『ヤバいな。……雨、強くなってきたか』

『わ、わぁ! たっちゃん、急がないと濡れちゃうよ!?』




 気の緩みを神は見透かしていたのか。

 達治と涼子が出歩いていると、小さな雨が降り始めた。しかしそれは次第に強さを増して、考える暇すら与えないままに痛みを伴うものとなる。少年は従妹を守るようにして身を屈めつつ、薄暗くなり始めた農道を歩いた。



『涼子。足元滑るから、気を付けるんだぞ?』



 いつもなら気にも留めない場所。

 だがしかし暗くなってから見てみれば、そこは危険に満ちていた。雨の滴る草花や水分を含んだ土は、普段よりも足を取られてしまう。一歩間違えれば、勢いの強くなっている用水路に転落するのは明白だった。

 それを理解しているからこそ、達治は一生懸命に涼子を庇いながら歩を進める。

 そして、薄靄のかかった視線の先に家が見えた瞬間だ。



『リョウちゃん、達治くん!』

『あ、ママ……!』



 その前に涼子の母親の姿が確認できたのは。

 相手方からも見えたのだろう。涼子の母が思わず声を上げると、想像よりも大きく反応を示したのは従妹だった。

 それまでの不安感も相まってか、彼女は無意識のうちに前に飛び出す。

 だが、不明瞭な視界であったから気付かない。



『りょ、涼子……!?』

『……え?』



 世界が速度を失っていく。

 浮遊感が涼子の全身を包み込んだ。

 足元にあったはずの道はなく、代わりにあったのは――。



『は、う……! あ、たす…………けて……!?』



 ――激流と化した用水路。

 幼い子供なら容易く収まってしまうそこに、涼子は巻き込まれた。ほんの少し足を踏み入れただけで、少女の身体は顔の下半分まで呑み込まれる。

 彼女はとっさに掴んだ枝にすがりながら、必死に助けを求めていた。

 しかし、大人たちの到着を待っていては間に合わない。



『涼子……!?』



 それを察したらしい達治は、考えるより先に駆け出していた。

 そして、己の安全など顧みずに涼子の濡れそぼった身体を抱え上げる。どうにか道端に従妹を投げ出して、そして――。



『達治、達治ぃぃぃぃ!?』



 響き渡ったのは、彼の母親の悲鳴。

 涼子はたしかに見たのだ。



 自身を助けた瞬間に、微笑んだ彼の表情。

 そして、それが激流の中へ消えていくのを……。







『……う、うぅ…………?』

『たっちゃん!? おばさん、たっちゃんが!!』



 達治が目を覚ますと、そこは街の少し大きな病院だった。

 半べそをかいた涼子が傍にいて、場を弁えない大声で家族を呼ぶ。


 あの状況から少年が助かったのは、奇跡だと思わざるを得ない。

 強か頭を打ち付けたらしく意識こそ失っていたが、下流で発見された彼の身体には目立った外傷はなかった。それでも意識はまだ判然としない。

 達治はしばし呆然としていたが、次第に状況を呑み込んでいった。



『達治くん、大丈夫……!?』



 真っ先に病室へやってきたのは、涼子の母――達治の叔母だ。

 彼女は娘の恩人である少年の頬を撫でて、何度も感謝の言葉を口にする。そして安堵からか、大粒の涙を流していた。

 達治はそんな叔母の姿に、ほんの少し困ったように笑みを浮かべる。

 そして、本心からであろう言葉を漏らした。





『【俺なんかの命】で、涼子を助けられるなら……』――と。






 それを聞いて、涼子と叔母の表情は凍り付いた。

 寒気を覚えたと言っていい。


 対照的に、少年の表情はひどくあっけらかんとしていて。

 彼の言葉を耳にしたもう一人は唇を噛みしめ、無言のままベッドの傍らまで歩いてそのまま――。



『ふざけんといて!?』



 ――パシン、という乾いた音が病室に響いた。

 その人物、達治の母は瞳を潤ませながら息子の頬を叩く。だが当の本人は意味が分からないのか、唖然と母親の複雑な表情をうかがっていた。

 それがまた母の感情を刺激する。



『なにが、なにが【俺なんかの命】なんよ……! どうして、そんな言葉がでてくるん? どうして、どうしてアンタは昔から…………!?』

『母さん……?』

『何考えとるんか、少しくらい話してくれたっていいじゃない!!』

『………………』



 声を荒らげる彼女に対して困惑した表情のまま。

 達治は静かにうつむいて、ようやく自分のしでかした間違いに気付いたらしい。明らかに狼狽えた声色で、少年は一言こう口にするのだった。




『ごめん、なさい……』――と。




 

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