4.初めて抱けた感情を胸に。
(*‘ω‘ *)もうすぐで、玲音編も終わるかなぁ……。
「玲――アルビレオちゃん! これって……!」
「どうやら、毒蛇のボスみたいですね」
二人の前に姿を現したのは、まさに絶望と呼ぶに相応しかった。
その大きさは小型のドラゴンほど。しかし纏う空気は通常のモンスターとは、一線を画しているようにも思われた。そこに魔素の濃くなる夜間帯ということも加え、ただの呼吸にさえ威圧感が漂っている。
毒蛇のモンスター――【アセト:コブラ】は、完全に彼女たちを獲物と見ていた。
にじり寄る姿を目の前に、怯えを隠せず涼子は声を上げる。
「さっきの毒蛇で、薬は作れないの!?」
「それは難しい、ですね。モンスターは倒すと紫の霧になって消失します。だから使うとすれば、いまこの刀に付着しているものを使うしかない。そうなると――」
最後まで言わなくとも、分かった。
こんな大物を目の前にして、そのような余裕などあり得ない。だがしかし、今すぐにでも薬を作って逃げる選択肢も、玲音の中にはあった。
「…………え?」
「リョウさんは、これを持って逃げてください」
その方法とは、自身を囮として涼子を逃がすこと。
信じられないほどに穏やかな表情で、玲音は刀を彼女に差し出していた。その意味が分からない涼子ではない。
「早くしないと、付着した体液が乾燥しますから。貴女は――」
「そんなのできないよ!! 玲音ちゃんを置いて行くなんて!!」
「………………」
だから、とっさにそう訴えかけた。
配信中だということも忘れ、本名を口にしながら声を荒らげる。だってこのまま置いて行けば、確実に玲音は死んでしまうだろうから。
しかし、それもまた覚悟の上だったのだろう。
玲音は初めて、幼い外見に似つかわしい笑みを浮かべて言うのだった。
「わたし、お二人に会えてよかったです」
「え……玲音、ちゃん?」
涼子に歩み寄って、刀をしっかり握らせながら。
「短い間でしたけど、今まで生きてきて一番楽しかった。たぶん自分が生きてきた理由は、この数日間にすべて詰まっていたんだと思うんです。だから――」
大粒の涙を流しながら声を、そして指先を震わせて。
「行ってください。そして、こんな自分を『友達』と呼んでくれた師匠のことを救ってください」――と。
それこそが『配信者アルビレオ』としての、最期の願いだった。
すべての責任を取らせてほしい。仮に恨まれたとしても、二人にとっての呪いになったとしても、どうか生き延びてほしい。大切な『友達』には、死んでほしくない。
そんな覚悟、いったい誰が拒めるだろうか。
きっと誰にも文句は、言えなかった。だから――。
「…………ごめん、玲音ちゃんっ!」
涼子は彼女に背を向けて駆け出した。
振り返ることはなく、涙を拭うこともせず。
「ありがとう、涼子」
それを見送って、玲音は静かにそう口にした。
解毒剤の作り方自体は存外に簡単だから、その点は大丈夫だろう。そう考えながら、彼女は巨大毒蛇に向き直った。その瞳にはもう、涙はない。
後悔がない、といえば嘘になる。
本当は自分も生きていたかったし、父との再会も夢見ていた。でも、
「師匠の命には、代えられませんから。……すみません」
達治のためなら、これくらいのことはできる。
自分の責任は自分で片を付ける。そう思いながらも、玲音はついつい彼に謝罪をしながら身構えるのだった。拳を強く握りしめて、戦闘態勢を取る。
「でも、最後までわたしは足掻きます。最後の最後まで足掻いて、そして――」
囮になったからには、時間稼ぎが必須だろう。
それに何よりも、簡単に終わってやるつもりもなかった。何故なら――。
「もっと、この胸に抱いた『希望』を描いていたいから……!!」
彼女は果敢に、毒蛇に向かって駆けだした。
その尾の一撃を回避して、ひたすらに注意を引き付ける。
「絶対に、二人のもとへは行かせない!」
相手を挑発し、回避。
それを繰り返して、走り続けて、ただただ彼女は笑っていた。その美しい瞳に生の実感を宿らせながら、一片の迷いなく敵を翻弄し続ける。
息が切れて、肺が破けるような激痛に襲われても。
玲音は決して止まることなく、一心不乱に駆け回るのだ。
「はぁ、はぁ……!?」
だが、しかし――。
「く、う……!」
人間の身体には、どうしたって限界があった。
呼吸で酸素を使うたびに、視界がだんだんと細くなっていく。脚はもつれて、幾度となく転びそうになる。そして、ついに――。
「あ、が…………はっ!?」
終わりの時は、やってきた。
毒蛇の一撃を受けて、玲音は壁に強か打ち付けられる。瞬間、呼吸を失って視界が暗転する。次に目を覚ました時にはもう、逃げ場はなくなっていた。
「(あぁ、そっか。もう……)」
それにもう、身体は微かにも動かない。
まるで糸の切れたマリオネットのように力なく、ただそこに落ちていた。
「(終わり、なんだ。……本当に)」
耳鳴りが止まない。
目も霞んで、ほとんど状況が分からなかった。
でも、どこか清々しい。理由は分からない。ただ、満足していた。
「(……そっか、ようやく分かった)」
彼女はこの時に至って初めて、ある人間らしい感情に気付いたのだから。
ゆっくりと目を閉じて、その気持ちを噛み締めるのだった。
「(これが、誰かを好きになる、ってことなんだ……)」――と。
――達治に、涼子。
人生の最後にできた大切な、たった二人だけの友達。
いまになって、やっと彼女は自信を持ってこう口にできたのだった。
「二人とも、大好きです。……心から」
きっと、ここに嘘偽りなどない。
これこそが本当の自分、その心なのだと確信した。そして、
「だったら、諦めるんじゃねぇよ。……俺たちのためにも、さ」
「………………え?」
今度は嘘のようなことが起きた。
たしかに、彼の声がハッキリと聞こえたのだ。
玲音は驚きながら目を開ける。すると、そこにあったのは――。
「――よう、待たせたな。お弟子さん?」
肩で息をしながらも、日本刀を手にする達治の姿だった。
達治、カッコ良すぎん? やりすぎたか(ぉぃ
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