管理人の災難
異世界転生管理人(仮) エピソード0
「管理人の災難」
ー--都内某所ー--
クリスマス・イブ。
この日も俺はたっぷりの残業をこなし、帰路についていた。
輝かしい街のネオンに騒がしい喧噪、
そしていちゃつくカップルを横目に深いため息をつく。
俺の名前は堂珍マスオ。
年齢は38歳。ブラック会社に勤めるしがないサラリーマンだ。
新卒で入った会社だが、役職はいまだに平社員。
あとから入ってきた後輩は直属の上司となり、
日々、肩身の狭い思いをしている。
家は家賃月2万円のボロアパートで、
仕事終わりに少ない給料で安酒とつまみを買い
泥酔しては死んだように眠り、また出社する。
こんな生活をもう10年以上続けている。
最近は何のために生きているかが全く分からなくなるほどだ。
聖なる夜もこのルーティーンは変わらず、
俺は半分涙目になりながら家路を急ぐ。
しかし、大通りを通って帰るのは失敗だった。
少しでもクリスマス気分を味わおうと思い、遠回りして大通りを選んだが、
周りはカップルだらけで、自分の惨めさが余計際立つ。
大通りを抜け、カップル達の視線がなくなったところで
足を止めぽつりとつぶやく。
「なんかイイことないかなァ~」
発した言葉は、冬の冷風に飛ばされ虚空へと消えていく。
「あるわけないか・・・。」
しかし、その瞬間、誰かの声が聞こえた。
???「ー---なさい」
堂珍「えっ?」
???「ー---に来なさい」
ぼやけていた声はだんだんとはっきり大きく聞こえてくる。
???「こっちに来なさい」
声が聞こえる。最初は幻聴かと思ったが、この声は明らかに俺を呼んでいる。
俺は突然の出来事に驚きながらも声のする方向へ少しずつ足を早める。
今思えばこの時、俺は仕事のし過ぎで頭がおかしくなっていたんだろう。
堂珍「ハア、ハァ、ハアッ・・・!」
気づいたら俺は期待と興奮を胸に全力疾走していた。
この非現実的な事象のもとに行けば何かが変わるかもしれない。
何もなかった自らの人生に彩りが生まれるかもしれないなどという
勝手な妄想しながら足を動かす。
夢中になって声のする方向へ走っていく最中、突然、世界が反転した。
いや、違う。俺が回転したのだ。
どうやら、何かにぶつかってしまったようだ。
鈍い痛みを我慢しながら、顔を上げる。
トラックおじさん「兄ちゃん大丈夫か!?」
トラックからガタイのいいおっさんが
車のドアを閉め、慌てて駆け寄ってくる。
車にはねられてしまったようだ。だが意識はしっかりとしている。
堂珍「あぁ、大丈夫ですよこれくらい・・・。」
と伝え、右手で地面を支え立ち上がろうとする。
しかし、右手は地面をつかむことができず、そのまま体勢を崩してしまった。
堂珍「あれ?」
左手も使い立ち上がろうとするが、地面が見当たらない。
それもそのはず。俺の両腕はあらぬ方向へと曲がってしまっていた。
液体が顔面を這う感覚。これはおそらく血液だろう。
俺の両腕は満足に動かすことができないため、拭くことも確かめることもできない。
体が熱い。両腕の感覚がなくなり冷たくなる。
わけのわからぬ状況に俺はパニックになってしまっていた、
堂珍「あ、あ、ああああ・・・!」
周りに人だかりができる。
トラックおじさんは大声で周囲に何かの指示を出しているようだが、
周りで大きな叫び声が聞こえるが俺はそれどころではない。
だんだんと眠くなってくる。
思えば、つまらない人生だった。
俺の人生で最も輝いていた時期は小学生の頃に
あっくんの家でスマブラを一緒にやっていた時期だった。
中学に入ってからはいじめられ、高校デビューには失敗し、常にぼっちだった。
惰性で入った大学も出席数が足りず、2留。
そんな俺を雇う会社などブラック企業しかない。
すべて自業自得だ。しまいには謎の声につられ、トラックにひき殺される。
俺みたいな人間の屑にはぴったりな終わり方だ。
これでいい。これでいいんだ。
トラックにはねられた男にしては満足げな顔をしていただろう。
ただ一つ、心残りがあるとすれば、俺は生涯童貞であった。
オナニーに関してはプロ級であったが、生まれてこの方38年彼女はおろか、
セックスなど一度もしたことがない。大金を片手に風俗へ行ったが、
童貞ゆえに女の子とどう接したらいいかわからず、
萎えて時間切れになったこともあった。
それ以来、風俗へ行くことさえも諦めてしまった。
堂珍「もっとエロいことたくさんしてやりたかったな・・・。」
俺は最後に小さくつぶやき、意識は暗い闇の底に落ちていった。
【異世界の女神との邂逅】
???「・・・なさい。」
肩を揺さぶられる。
???「・・きなさい。」
だんだんと強く体が揺れる。
もう少し眠っていたい。
???「起きろっつってんだろぉこの糞ゴミ童貞チンポ野郎がぁぁぁ~~!!」
瞬間、俺の性なる棒に激痛が走る。
堂珍「あィィィィィィ~~~~~ッッッ!!!!」
声にならない悲鳴を上げ反射的に起き上がる。
???「やっと起きたわねゴミ童貞。」
痛みを我慢しながらひどい悪口がする方へ顔を向けると、
そこにいたのは一言で言うなら美少女だった。
やや釣り目だが整った顔で身長は俺より少し高い。
髪は金色で、二つくくりにされている。
ビキニのような恰好をしており、いろいろと危ないところが見えそうだ。
最も特徴的な点は頭になぞの輪っかがついているのと
大きな翼が背中から生えている。
俺はおっぱいをガン見しながら叫んだ。
堂珍「何てことすんだこの糞アマァ!!」
彼女は軽く伸びをし、ニコリと笑い言う。
???「いいお目覚めね糞ごみ童貞♥」
俺は殺意とチンポをおさえながら、彼女に問う。
堂珍「ここはどこだ!?俺はトラックにはねられ死んだはず・・・!」
俺は両腕が折れていたことを思い出し、体をまさぐる。
今度はちゃんと自分の体に障ることができた。
俺の両腕は折れてなどいなかったのだ。
俺は自分がまだ生きていることを実感し安堵する。
???「死んでるわよ。」
堂珍「え・・・?」
???「だからあんたはもう既に死んでるのよ」
目の前の女がわけのわからないことを言っている。
おそらく、頭のおかしいコスプレイヤーだろう。
俺は立ち上がりあたりをゆっくりと見まわす。
目の前に広がるのは美しい草原であった。
涼しい風が流れ、足元の草花が揺れる。
天に上る太陽を浴び、草花が喜んでいるかのようだ。
普段、都内のコンクリートジャングルを見慣れている俺にとっては、
久しぶりの自然風景であった。一陣の優しい風が頬を撫でる。
俺が死んでいる?五体満足でここに立っているのに?
そんなわけあるもんか。
???「察しの悪いゴミね」
後ろで女が何かスマホのようなものを取り出す。
???「再生開始っと♥」
その刹那、目の前に広がる草原は一瞬にして俺の最後の記憶である、
煌びやかなネオン街へと変化した。
目の前から一人の男がすごい形相で走ってくる。
俺は気付くのが遅れ、ぶつかってしまいそうになる。
一瞬目を閉じたが、俺がその男とぶつかる事はなかった。
堂珍「あれ・・・?」
???「これはホログラムよ。あんたの死に様を録画しといたの。」
彼女は手元の機械をくるくると回しながら先ほどぶつかりそうになった男を指さす。
???「あれがあんたよ。」
俺は目を丸くしながら彼女の指先の男を目で追う。
次の瞬間ー--。
キキーッッッッ!!!!ボグッッッ!
けたたましいブレーキ音、人が高速で何かにぶつかる生々しい音が聞こえ、
その男は見るも絶えない肉塊へと一瞬で変化してしまった。
堂珍「ッッッ!!」
俺は初めて見る人だったモノを目にし、たまらずその場で吐いてしまう。
気持ち悪い。彼女はホログラムと言ったがリアルすぎて、
目の前でその事故が起きたように感じた。
ひとしきり吐いた後、俺は落ち着きを取り戻し、彼女に話しかけようとする。
彼女はというと肩を小刻みに震わせている。
人の死を目前にし、彼女も耐えられなくなったのだろうか。
そりゃそうだ。男の俺でも吐くくらいなのだから、
女の子なら泣き出してしまうのも仕方がない。
俺は優しく声をかける。
堂珍「あのーお姉さん・・・。その、大丈夫ですか・・・?」
???「ッ~ッ~ッ~~ッ」
彼女は大きく肩を震わせる。
マズイ。感情が決壊してしまうのではないだろうか。
生まれてこの方、泣いた女の扱いなどしたことがない!
俺は焦り、彼女にもう一度、声をかけようとした。
しかし、彼女は堰を切ったように大声で笑い始めた。
???「ア~~~ヒャッヒャッヒャッヒャ!!!!!」
すごく下品な笑い声だ。
俺は自分の死をあざ笑われていることを理解し、怒号をあげる。
堂珍「テメェ!人の死を笑ってんじゃあねえぞ!!」
彼女は相も変わらず頭の上でパンパンと手をたたきながら、笑い続ける。
俺の言葉を無視し、ひとしきり笑い終えた後にこう続けた。
???「いやーあんたの死に顔はこれまで
ここに来たヤツの中で過去一ブサイクだったわ~~www」
自分がすでに死んでいるという事実に深く傷を負った上に、
顔の悪口まで言われ、何とも言えない気持ちになった。
そんな俺の心を読んだのか彼女は笑うのをやめ、
姿勢を正して向き直りまじめな顔で説明を始めた。
???「ようやく理解したと思うけど、あんたはもうすでに死んでる。」
???「ここは死者の魂がとどまる天国のようなものよ。
ここに集まった魂は管理者である、
あたしの手によってさまざまな世界へと転生させられるの」
???「あたしの名前はエリスよ、冥土の土産に覚えておきなさい。」
冥土の土産ってここが冥土みたいなもんだろとツッコもうと思ったが、
めんどくさくなるだろうから、口をつぐんだ。
エリスは俺の言いたいことを察したのか、
俺の右足を踏みながら説明を続ける。
エリス「本来、人の肉体というのはただの器なのよ。
魂のみが永遠の生を持ち、転生し続ける。」
「これはどんな人間にも分け隔てなく与えられる権利なの!」
なぜかドヤ顔をしながら、足をさらに強く踏まれる。痛い。
エリス「それは生まれてこの方38年、彼女がいたこともない、
セックスもした事ない、童貞の糞ゴミも一緒なのよ!」
俺を一瞥し、指をさしながらこう言うのだった。
堂珍「何で知ってんだよ・・・。」
小さくそうつぶやく。
エリス「あら、ここに来る人間の事前情報は私に筒抜けよ」
彼女はたわわな胸の谷間から一枚の紙きれを取り出す。
裏側には俺の名前が書かれている。
エリス「堂珍マスオ38歳。生まれてこの方彼女はいたこと無し。
ブラック企業に勤め、入社して15年以上経つのにいまだに平社員。
入社5年目の新卒に先に昇進され、直属上司は10歳年上。趣味はオナニー。
人生の最盛期は小学生のころあっくんと一緒にスマブラをやっていた頃。
中高はぼっち。大学は2回留年。悲惨ね。
中学時代に同クラスの女子のリコーダーを・・・。」
堂珍「やめろぉぉぉぉぉ~~~~~~!!!」
自分のことではあるが、それを他人に説明されるとかなり応えるものがある。
慌ててエリスから紙切れを奪い、口に放り込み勢いでごくりと飲み込む。
エリスはやれやれといった風で俺にこう問いかける。
エリス「さて、堂珍マスオ君。あなたには二つの選択肢があるわ。」
エリス「一つは最初に言った通り、新たな世界へと転生をすること」
「もう一つは転生の輪廻をここで終わらすかよ」
「異世界転生」最近流行りのアレだ。
なんかチートスキルをもらって異世界に転生し無双するってヤツ。
そんな夢みたいな話があるのか。
堂珍「転生・・・。そんな夢みたいな話が・・・。」
エリス「まァ、あんたみたいな糞ゴミは
ここで輪廻を断ち切る選択をしてもいいかもだけどね~。」
俺はふと気になり、聞いてみることにした。
堂珍「ちなみに、輪廻を断ち切るとどうなるんだ?」
エリス「文字通り、魂が輪廻から消失するのよ。
意識はなくなり完全に堂珍マスオという存在は消えてなくなる」
可愛い顔して恐ろしいことを彼女に若干恐怖しつつ俺は話を逸らす。
堂珍「一つ質問なんだが、転生先は選べるのか?
例えばエルフのいる世界に転生したいとか・・・。」
エリス「うーん。基本的にはランダムね。私の持つ権限では世界を選ぶことはできない。
その代わりこの世界の中では私はなんでもできるのよ」
堂珍「なるほど、エリスはこの世界の神様ってことか。」
エリス「そうよ。もっと私のことを崇めなさい!」
そう言いながらまた足を踏まれる。痛い。
エリス「さて、それじゃあ改めて聞くわ。堂珍マスオ君」
「あなたは転生する?それともここで消滅する?」
実質、一択のようなものだが、俺は大きく息を吸い、改めてエリスに回答する。
堂珍「俺は転生したい。前世は本当に糞みたいな人生だったけど、
次はもう少しうまく生きてみたい。」
すると彼女は先ほどまでの雰囲気ががらりと変わり聖母のような笑顔でこう続けた。
エリス「堂珍マスオよ。あなたの選択は受理されました。
転生先へと接続致します。また、ここでの記憶はすべて処理され、
あなたは、まったく新しい自分へと生まれ変わることになります。」
俺は突如変わった雰囲気に呑まれドキドキしながら返事をする。
堂珍「は・・はい・・・。」
エリス「あなたに幸運がありますように。」
彼女が右手を挙げたその瞬間、階段付きの巨大な扉が上空より目の前に落ちてきた。
エリスは落ちてきた扉の前に立ち、美しい所作で階段を上り始める。
そして、胸の谷間から生成された鍵のようなものを扉に差し扉を開ける。
俺の方へ振り返り彼女は言う。
エリス「さあ、堂珍マスオよ。この扉の向こうがあなたの転生先です。」
「この先は私の力で干渉できない世界。楽しいこともあるでしょう。
つらく苦しいこともあるでしょう。でもそれはあなたが選択し選んだ道。
後悔せず、前を向き進み続けなさい。」
最後の最後で女神っぽいところを見せられ圧倒されていたが、
意を決して階段を昇る。
一歩一歩、前世の記憶を思い出しながらゆっくりと昇っていく。
そしてエリスのいる扉の前に立つ。
エリスはにこやかに俺に笑いかけ、扉に入るように促す。
俺はこんな屑人間にもう一度チャンスをくれた
女神のエリスに一言礼を言うために、
扉に入る前にエリスのもとへ向かおうとした。
その時だった。
俺は足をもつらせてしまい、転びそうになる。
反射的にエリスの右肩をグッとつかんでしまった。これが良くなかった。
エリス「えっ?」
そのまま勢いよく、エリスを階段の最上段から押し出してしまった。
不意の出来事にエリスは対応することができなかったのか、
彼女は音もなく階段の下へと落ちていった。
数秒後に、俺がトラックにひかれた時と同じような音が聞こえた。
堂珍「ウソだよな・・・?」
俺は恐る恐る、階段の最下段をのぞき込む。
そこには青い液体を垂れ流したエリスの肉塊があった。
やっちまった。この高さだ。おそらく彼女は死んでしまったのだろう。
俺は一呼吸おいて状況を整理する。
俺は異世界転生の直前に管理者たるエリスを殺してしまった。
扉はまだ開いているが、エリスが死んだ以上、
ちゃんと異世界転生ができるかはわからない。
そんなイチかバチかを試すほど、俺に勇気はなかった。
堂珍「あれ、もしかして詰んでね?
うーん、うーんと頭を悩ませていると突如、
けたたましいサイレンの音が鳴り響き始めた。
?「エラー!エラー!管理者の存在が確認できません。」
?「エラー!エラー!管理者の存在が確認できません。」
機械音が何度も耳をつんざく。
青く澄み切った空は赤黒く変化し、明らかに異常事態だ。
堂珍「なんかヤバくないかァ!?これェ!?」
俺は耳を澄まし、音の出所を探す。
あった。それはエリスの持っていた機械から大音量で流れているようだ。
慌てて扉の階段を降り、エリスだったものに近づく。
青い液体が辺りを真っ青に染めている状況が異質でSAN値が減りそうだ。
なるべく肉体を直視しないようにしつつ、エリスの持っていた機械を手に取る。
画面にはこう書かれていた。
?「管理者権限の譲渡を行いますか?」
・はい ・いいえ
俺は悩みながらも「はい」をタッチする。
だが、反応しない。どうやらエリスが操作しないと先に進めないようだ。
堂珍「南無三!!」
俺は肉塊をそっと触り、エリスの指で機械の「はい」をタッチする。
画面が切り替わり機械音が鳴る。
?「管理者権限の譲渡を行います。
新しい管理者は本機に5秒間手のひらをかざしてください」
俺は言われるがままに、手のひらを機械へと差し出す。
すると機械から出た細かな光が手のひらを照射する。
すると、次は機械がこんなことを言い始めた。
?「新しい管理者候補「堂珍マスオ」は転生の手続きをすでに終えており、
このまま管理者権限を譲渡を行うと、二度と転生ができなくなります。
それでも譲渡を行いますか?」
・はい ・いいえ
二度と転生ができない!?それは困るかもしれないが、
このままだとなんかヤバそうだし、
とりあえずこの事態が収拾してから考えよう。
と、俺は思い切って「はい」を選択する。
堂珍「よろしくお願いしまァ~~す!!!」
すると機械がさらに輝き、大音量とともに俺の視界は真っ白になった。
目が慣れる前に機械の方から、冷たい声で音が聞こえた。
?「管理者権限の譲渡は完了致しました。
エリス様に代わりこれからよろしくお願いいたします。堂珍マスオ様」
こうして俺の波乱の一日は終わりを告げたのであった。