第二話 銃後でも前線でもない
第二話書きました。クオリティは以下略
第二話 銃後でも前線でもない
クラウスと約束した日の夜、私は荷物をまとめていた。昼の一件から母は完全に憔悴しきっていたため、すぐに自室にこもってしまった。あの後も家に帰るなり母と口論を交わした。人生の中で母とこんなにも口論をしたのはたぶん初めてだ。家中には父の写真が飾られていた。恐らく、母が飾ったのだろう。私はそのうちの一つから3人が写った私の誕生日の時に撮った写真を手にした。父と母はいつもと変わらない笑顔で、私だけ少しだけゆがんだ笑顔だった。父をこの時は信用していたはずだった。きっと帰ってくると。それでも私の心の中に取り残された不安はそのままで、それは私の顔によく現れていた。その写真を私は大事にバッグに詰め込んだ。ここドレスデンの郊外からベルリンに一度だけ旅行に行ったことがあった。その時のためだけに父が買ってくれたのだが、それ以降も私は遠出するときはこのバッグを使ったものだ。父は私にとてもやさしかった。欲しいといったものをなんでもそろえてくれようとしてくれた。時には無茶ぶりをしたけれど、父はめげずに何か別の形で私を満足させようとしてくれた。母はそんな父に少しだけ呆れながらも父に協力してくれた。そんなやさしい父と母は本当に大好きだった。バッグに詰め込むものは衣服は母が用意してくれたもので、時計や貴重品類は父が買ってきてくれたり作ってくれたものだ。時計についてはわざわざ父が知人に頼んでスイスの時計を輸入してくれたというのだ。とても頑丈で家の時計と買った当時から少しもずれることはなかったし、ドレスデンに友達と遊びに行った時もあらゆる時計と少しもずれていなかった。父が時計のうしろに刻み込むよう頼んだであろう「愛している」の文字はもらってすぐに気づいた。思わず微笑んでしまった。できれば父の口から聞きたかったけれど、こうやって形に残るのも悪くはなかった。それに、もう二度と父の口からはその言葉は聞けないのだから余計大事だった。この時計を付けているときは父がどこからか見守ってくれているようで、安心だった。遠くに行くときでもこの時計が守ってくれるような気がしていた。だから、これから戦争に行くときにも、これは絶対にもっていきたかったのだ。
「…これで、もう持っていくものは無いかな」
誰に言うでもなく、つぶやいた。バッグはあんなに余裕があったはずがパンパンでもう詰め込めないんじゃないかというくらいだった。後悔もなくなった私は一階に降りる。そこら辺の紙にゆっくりと、丁寧に文字を書き込んだ。
「クラウスと一緒に戦争に行ってきます。必ず帰ってきますから心配しないでください。お父さんの写真、一枚借りました。きっと返します。」
私が精一杯書ける強がりをした文章だった。もっといっぱい書きたいこともあったけれど、変に心配させたくないのでこれくらいで書き終えた。ゆっくりと玄関の扉を開けるとひんやりとした風が吹き込む。一歩、また一歩と踏み出し、後ろを振り返る。私が18年間父と母と過ごしたこの家にしばらく戻らないだろう。1年かもしれないし、数年かかるかもしれない。けれど、必ず帰ると心に決め、私はクラウスと落ち合う予定の森へと向かった。
「予定通りだね、リザ。」
「当たり前じゃない。さぁ、行きましょう。汽車が行ってしまうわ。」
「そうだね。早く行こう。」
二人でいつも歩くときはもっと明るく話していたのだけれど、今日に限っては二人ともだんまりだった。駅の明かりが見えてくると足を早める。夜行の汽車は本数が少なく、これを逃すと次は数時間後だ。駅員に少し怪しまれながらも、成人とほぼ同じ年齢の私たちは止められることなく汽車に乗り込んだ。これだけ二人ともパンパンになった荷物入れを持っているのだから、就職か何かかと勘違いされたのだろう。中はがらんとしており、あちこちに軍の広報があった。パリ目前であるとか、東部戦線でも優勢だとか、ドイツ軍に入れば栄光ある未来が約束されているだとか。正直それらはどうでもよかった。ただ、私たちは父たちと同じようになりたかったのだ。残してきたもののために命を厭わない父たちに憧れたのだ。それは愛国心だとかそういった類のものじゃない。大好きなものを守りたいという純粋な気持ちからだった。
「いいかい、リザ。ドレスデンについたら、二人で一緒に訓練学校に行くんだ。その時に必ずリザは女だからと拒否されるだろうけど、諦めないで。もしかしたら僕は先に連れていかれてしまうかもだけれど、諦めないで。きっと、気持ちを分かってくれるはずだ。」
「でも、訓練を終えても前線にいけるのかな。クラウスと一緒にいられるのかな」
「あぁ、大丈夫さ。隊長やらが気を遣ってくれる。君は一人じゃないし、僕も一人じゃない。」
クラウスはぎこちない笑顔で私に微笑む。彼の優しさは昔からだったけれど、こんなにも心強いのは初めてだった。
「そうね、ありがとうクラウス。」
父がいなくなってからはじめて、心の底から笑顔になれた気がした。二人で軍隊に入ってからのことを色々話しているうちに私は気が付けば目を閉じて寝てしまった。気が付くと、クラウスも隣で私の肩に寄りかかって寝てしまっていた。カーテンを開けると、もうドレスデンに近いのだろう。工場群が見えてきた。
「クラウス、起きて。もうすぐドレスデンよ。」
「…ん、もうそんな時間か。」
クラウスは目をこすってこちらを見る。とても眠そうで昨日の頼りがいのあるクラウスとは大違いで思わず微笑む。
「なんだいリザ…急に笑って。僕にそんなおかしいところがあるかい?」
「んー、そうね。今兵隊さんがあなたのことを見たら仲間には入れてくれなそうな顔をしていたわ。」
「そ、そんな!どこがおかしいのか教えてくれ!」
慌てて私に縋りつくように言った。おかしくておかしくてしょうがなかった。
「クラウスの寝起き顔が面白かったのよ。もう、そんなに本気にしないでよ。」
「そ、そうなら早く行ってほしかったよ。びっくりしたじゃないか。」
クラウスは肩を落として、背もたれに寄りかかる。その時、汽車はぶーっと汽笛を鳴らしてブレーキ音を鳴り響かせて止まった。外を見ると、レンガ造りのドレスデン中央駅が見えてきた。二つの時計塔と天井のガラスが特徴的が駅が見えた。
「さぁ、行こう。リザ。足元に気を付けて。」
「うん、大丈夫。」
クラウスの手をぎゅっと握る。クラウスの私の手を握り返す。クラウスとならどこまででも行っても帰ってこれるような感じがした。行き交う人はみな、下を向いているようなあまりいい気分では無さそうな雰囲気だった。駅から出て、地図に従ってドレスデン練兵所を目指す。街頭やおおきな建物が飾り立てられていたけれど、あちこちで軍靴の音が聞こえてきた。私とクラウスはそれを目をキラキラさせながら眺めた。そろった足並みはうっとりするほど美しかった。しばらく眺めた後、歩みを進める。ドレスデン練兵所に近づいていくと男たちの雄たけびに似た何かが聞こえてきた。練兵所につくと、二人の警備員が話しかけてくる。
「なんだ、子供が来るようなところじゃないぞ。」
「僕たちはもう大人なんだ。ここはドレスデン練兵所でしょう?」
「そうだが、では君たち"大人"はここに何の用かな?」
「入隊を希望して来ました。」
そうクラウスが言うと、警備員は顔を見合わせた後、少し笑ってこう言った。
「君たちみたいな"大人"がよくここに来て入隊してきているのさ。さぁ、入った入った。練兵所に入ったら受付にも同じことを言うといい。そしたらもう入隊手続きを済ませてくれる。ただ、逃げ出すんじゃあないぞ。俺たちの仕事が増えるだけだからな。特に、そこのお嬢ちゃんだ。兵士になるってのはきらびやかなものじゃあなんだぞ?」
「わかっているわ。そんなことも知らずに来るほど愚かじゃないのよ。」
「ハッ!それは失礼しました。」
二人の警備員は高らかに笑う。
「行こう、リザ。」
クラウスは私の手を引き、中に入る。受付に言われたとおりの事を話すと本当に事務的な手続きはさっさと済ませてしまう。時々、質問されることはあったが、ほとんどあちらがしてしまった。奥の方に案内され向かうと、練兵所の長らしき人物に会うこととなった。
「二人が今回の入隊希望者かね。」
「はい。」
私とクラウスはなるべく下に見られないように胸を張って答えた。
「君たちはドレスデン歩兵連隊所属となる。…おそらく二人は同じ小隊を望むだろう?」
小隊とは何かはわからなかったけれど、クラウスが答える。
「はい。お願いいたします。」
「わかった。だが、部屋は別々だ。ほかにも女の入隊希望者はいる。特に同世代が一番多い。だが、女だからと容赦はしない。私達ドイツ軍は屈強なドイツ国民のみを軍隊に入れるのが常識なのだ。足手まといを入隊させるほどの余裕はないのだ。それでもいいかね?」
「はい!」
私は勢いよく答える。
「結構。では…えー、クラウスはこの部屋を出て右手のa-12号室だ。リザはb-12号室だ。君たちの所属は第二大隊第三中隊第五小隊第三分隊となる。覚えておきたまえ。まぁ、同室の連中に聞けば聞けるが、明日までには覚えておくことだ。では、行きたまえ。」
そういわれるとクラウスは素早く動く。私も遅れまいと自室へと向かう。歩いていくとすれ違う屈強な女性たちがいる。恐らく教官であろう。私は素早く敬礼をする。
「見慣れない顔だな。新人か?」
「はっ、第二大隊第三中隊第五小隊第三分隊所属リザ・エスターライヒ訓練兵であります!」
「…なるほど、新人だな。これからは省略して第五小隊第三分隊のみで構わない。出兵後は必ずしもそうではないがな。よく訓練に励むように。部屋に着いたら必ず軍手帳を確認し、軍規を頭に叩き込むこと。」
「はっ!」
私はクラウスから借りた本で読んだことをなるべく真似した。なんとか乗り切れたが、不安で不安で仕方がなかった。クラウスがいつも近くにいるので、いないとこんなにも心細いなんて思いもよらなかった。12号室の扉を開けると、3人の同世代くらいの女性がこちらを見る。
「新入り?そうなら名乗ってほしいわ。ここに所属する仲間でしょう?」
「えっと、リザ・エスターライヒです。ここが第五小隊の部屋でしょうか?」
「第五小隊第三分隊、ね。食事の時に第一小隊、第二小隊の連中に挨拶を済ませるといいわ。私は分隊長ヘルガ・フランクフルト・ドルンよ。ヘルガで構わないわ。もちろんプライベートの場のみよ。外で分隊長を付けないと私まで怒られてしまうから気を付けてね。」
「…ヘルガ、私も自己紹介しなくちゃならないの?」
「マリアンヌ、これからリザは私と命を預けあうのよ。当たり前じゃない。」
「はぁ…マリアンヌ・マリア・ローデよ。マリアンヌでいいわ。」
「わ、私はドーリス・ド・リヒトホーフェンです。よ、よろしく。」
ドルンは分隊長で頼もしいけれど、マリアンヌは結構辺りが強い印象だった。ドーリスは気が弱そうで、なんでこんなところに来たのか最初はわからなかった。
「さ、みんな行きましょう。新入りが来たなら小隊長にご挨拶を済ませなければならないわ。リザも荷物を置いて。ドーリスの上のベッドと棚を使って。そしたら軍服に着替えて挨拶に行くわよ。なるべく早くしてね。」
言われたとおりに荷物を置く。棚の中には軍服がしまわれていて、きれいに折りたたまれていた。軍服に着替えるとき、とても大きく、少し動きづらかった。
「…早いわね。マリアンヌもあれじゃあすぐにリザに追い越されちゃうわよ?」
「うるさいわね!ミスが多くて悪かったわね分隊長殿!」
正直、この分隊に所属したのをこの時は後悔していた。
正直出来が悪いと自分でわかっていますが、まだ書きたいところまで行ってないので書きたいところはちゃんとガンバリマス。