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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

風信子

作者: なめ

気づけば朝だった。

新しい一日に対する希望は、いつの日からか薄れていって、今では単なる時間の区切りとしてしか認識できなくなってしまった。

この世界は思ったよりも陳腐だった。

朝食に胸を弾ませていたあの気持ちは、味気とともに消え失せた。

いつか昔に見た面白い動画が、今見ると全く笑えなくなってしまった。

一度鑑賞した様々な作品を思い出すことも、見返すこともなくなってしまった。

いつか手にできると思っていた理想も、いつか叶えることができると信じた夢も、もう忘れてしまった。

期待は毒だと気づいたのは、いつ頃だっただろう。

私が向けられた期待に応えることも、私が向けた期待に応えてくれることも、終ぞなかった。


……悲しかった。


遅刻をしないギリギリの時間で家を出ることが当たり前になっていた。

最初はもっと余裕を持って外に出ていたはずなのに。

陳腐さに暮れていたからだろうか、子供の時、電車に乗って移動する1時間が途方も無かった時の、少しの不安と高揚感を思い出した。初めて近所のコンビニに出かけたときの緊張や、親とスーパーマーケットに出かけたときの興奮を思い出した。

大人になってから、自分の人生が自分のものであることに絶望するようになった。

『私は自分のことが好きになった』と卒業前に語っていたあの先輩は今どんな顔してこの世界を生きているのだろう。


電車は遅延して、遅刻が確定した。

閉まる踏切に立ち入った人がいたからという理由で、電車は急停止した。

人間は嫌いだ。

ただの自分のエゴで、平気で見知らぬ他人に迷惑を働けることができるような愚か者が私と同じ分類にある知的生命体であることが悔しい。

食物連鎖という頸木から解放される為にホモサピエンス・イタルドゥたる人類は知恵を身につけた。その結果文明社会を構築して、人類は繁栄した。

その結果、人類は増えすぎた。

生活資源は底が見え、飢餓問題がちらつくほどに人間は増加の一途をたどっている。

大きく括られた人類の中には世界の宝のような人もいれば、いてもいなくてもいいようなどうでもいい人もいるのだ。

私など、後者の最たる例ではないだろうか。

子が欲しいという親のエゴで生まれ、それなりの愛情を注がれながら育ち、学校でまあまあな友好関係を築き、特に何かに熱中するでもなく、なあなあで大人になったのが私だ。

親は私が成人したら離縁した。最低限の金を置いて姿を消した。

友達には私よりも仲がいい友達がいた。その子たちと私との関係は錆び付いて、今まで関係を維持できている人は残っていない。

職場の人間は人間に見えない。私に全ての仕事を押しつけたその足で飲み遊びに行っていたのを知っている。

そのくせ私の遅刻を許さないし、ハラスメントなどという世間のお言葉をご存じない。

クソだ。私以外の人間はみんな死ね。

……。

いや、死ぬのは私だ。

たとえ身近の厭な人間がみんな死んだとしても、人間はこの国だけでも一億はいる。多過ぎ。生きづらいわ。

それならいっそ死んだほうが楽だ。

いつぞやのカルト宗教かなにかで、『死は救済』なんて題目を掲げているのを、馬鹿げていると嘲ったけれど、あの言葉はもしかすると、意外に真実なのかもしれない。



なけなしの所持金で有名な樹林地帯の近くに来た。

来るまでのことは良く覚えていない。覚えているのは、道すがら踏み台と縄を買ったこと。店員の訝しげな目は気にならなかったことくらいだ。

それ以外の記憶は曖昧で、靄がかっていた。

樹海に入る前に、携帯や財布を入れた鞄は近くの湖に捨ててきた。半分くらい衝動的な行動だったが、肩にのし掛かっていた憑きものがとれるような気分だった。

樹海に入る。

静かだった、木々のざわめきが時折耳を撫でるが、都会の喧噪に比べればそれはとても穏やかで、心地の良いものだった。

ふと、この感覚に懐かしさを感じた。

死は、当然ながら今まで経験したことがない。




かなりの距離を歩いたように感じる。

木々の景色は新鮮だった。どこか似た光景なのに、明らかに風景が新しい。どれだけ進んでも、終わりは見えないような途方のなさを感じた。

目に留まったのは、木に吊された白骨死体だった。

辟易した。自分と同じ考えを持つようなこの死体と、この無様な死体と同じ発想しかできない自分に。

場所を変えよう。

少しでも深く、誰にも見つからないような場所で。

もう人間も、その面影もうんざりだ。




そこには幸福感があった。

肉体から遠のく感覚のようなものがわかった。

幽体離脱のような感覚を味わえたのは最大の発見だ。

新しいこと、刺激的な経験が好きだった。

自分の人生は、日々新しく更新されるものだと信じてやまなかった。

だけれど、もう無理だ。限界だ。

新しいものを追いかけるのに疲れてしまった。

最期に、この感覚を味わえただけでも、私の人生も少しは救われたのかもしれない。

痛み、苦しみと、それを手放した先にある虚脱感。

この快感は私だけのものだ。私は、ようやく“私”になれた気がした。


自分の感情の捌け口がなくて、どうしても追い詰められたときにものを書くようになっていることに最近気が付きました。

僕はもう20を超えていて、それなのに自分の知らない側面がまだまだあって、こんなことで大人に、社会人になれるのかすごく不安だけれど、でも時間は待ってくれなくて、残酷にその秒針を刻むんです。なんでこんな人生になってしまったのかという後悔だけは今もずっと心に残っているんですよね。あぁ、悔しいなぁ

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