090 身代わりのゴーレム
ハッチを開けろと言われても。
もう敵の砲弾は飛び出している。
そりゃ開けろと言われればその意味もわかる。
貫通して弾薬庫……車体の壁面と床下に収まる砲弾が連爆するにも多少のタイムラグが出るからそのうちに這い出ろって事なのは知っている。
でも、だからって今更それを言われても。
……。
と、考えたのは砲弾が直撃したその後だった。
ヴィーゼは言われるままにハッチに手を伸ばしたその時に、ガインと音が耳を叩いた。
耳だけでは無い……脳も音に叩かれた。
意識は有るけど、回りの感覚と合致しない……何処かに勝手にうろつき回る感じ。
……。
「ヴィーゼ! 前進!」
それをバルタが背中を蹴って戻してくれた。
「なに? 外れた?」
口と手足は別の事をしていた。
体は条件反射の様にハンドルを握りアクセルを踏む。
外れたわけは無い。
衝撃は有った。
「もしかして弾いた?」
敵との距離は2km以上は有った……でも、スチュアートの砲弾ってそんなに弱いのか?
そこまで減衰したか?
「わからないけど……生きている」
バルタは叫んでそれに答えた。
バルタもまた、口と体がバラバラに動いている様だ。
その間も敵を砲撃しているが。
でも……その弾は当たってはいなかった。
バルタも私と同じで混乱している。
着弾のショックで心も脳も体も各々が繋がりとは別に最善で動こうとしている様だ。
だから、手足は染み付いた動きを延々と再現しようとしているのだ。
砲弾を込めて引き金を引く。
それを繰り返していただけ。
それは、生き残ると言う唯一の共通の結果を求めてだ。
「バルタ!」
「もういい!」
「もう大丈夫だから!」
無線から三姉妹の声が響いていた。
私に聞こえているそれはバルタにも聞こえている筈。
「ヴィーゼも戦車を停めて」
「ストップ!」
「もう終わった!」
また聞こえたそれは私を止めているの?
突然に目の前のハッチが開け放たれた。
そう言えばバルタに言われてもいたのだ、ハッチを開けろと。
何故かそれを中断してしまっていた。
でも、空いた。
覗き込む顔はエレンだけど……私の代わりに開けてくれた。
「いいからブレーキ!」
目の前のエレンが狭い社内に入り込んでくる。
そして、私の頬を叩いた。
「痛い……」
痛いけど……不思議だ。
動いている筈の戦車なのに……なんでここにエレンが居るの?
もう一度、叩かれた。
そして……今度は私を引っ張り出そうとしてくる。
「なんなの……邪魔しないで」
バルタが前進って言ったのに……言われたのに。
「ヴィーゼ……もう停まって」
そのバルタが私に声を掛けた。
後ろからだと、振り向くと……そこにはアンナが入り込んでいた。
砲塔の後ろのハッチは開け放たれていて……ネーヴの覗き込んでいる顔も見える。
そして、私はアクセルを緩めた。
いや、殆ど踏んでいなかった様だ。
自分では目一杯の積もりだったのだけど……軽く足を置いているだけの感じ?
実際に外の景色の動きも緩やかだ……たぶん駆け足くらいで追い付ける。
「終わったから」
バルタがもう一度。
「終わったの?」
オウム返しで聞いた。
もう一度、外を確認した。
離れた所でチャーフィーもスチュアートも黒い煙を上げている。
「いつの間に?」
ヴィーゼはバルタに尋ねたのだけど……バルタは首を捻っている。
そして、そのバルタは犬耳三姉妹に聞いた。
「いつの間に?」
「もう、10分くらい前に決着はついたよ」
「バルタ達が派手に動き回ったから、それに気を取られてた奴等を一気に仕留めた」
「私がスチュアートを」
三姉妹の話振りに。
アンナがチャーフィーでネーヴがスチュアートをファウストパトローネで撃った様だった。
「10分……」
バルタは混乱していた。
今の今まで砲撃を続けていたからだ。
「もう動かない敵に撃っていたってこと?」
「そうだね」
エレンはそれを認めた。
「たぶん……見えて居なかったのだろね」
「うそ……」
そこにハッキリと居たのを確認した筈のヴィーゼも唸る。
バルタが外しているのも見た。
「たぶん……気絶する前の記憶と混濁したのじゃないかな?」
「私達……気絶してたの?」
「そう……一時、動かなく為ってた」
「撃たれた時……完全にやられたと思ったもの」
「でも、突然に動き出してビックリした」
「幻を撃ってたの私」
「だから……当たらなかったのか」
「2……3発の事だよ」
「もっと撃ってた気がしたのだけど」
ヴィーゼが首を捻る。
「ほら、バルタの足元見て」
そのヴィーゼに指で指し示すバルタの足元の床には、空の薬莢がパラパラと転がっていた。
数えても7発しかない。
「これだけ?」
「それだけ……」
頷いたエレンは、ヴィーゼとバルタにもう一度告げる。
「とにかく終わったから、落ち着けるまでは休んでて」
そう言って戦車から降りる様に即した。
這い出す様に出るヴィーゼの耳に。
「でも……撃たれたのよね」
バルタの声が聞こえた。
「撃たれたよ……モロに当たった」
エレンは砲塔の後ろを指差した。
背中のエンジンの有る部分が黒く焦げている。
しかし、鉄板は少し凹んでいるだけの様だ。
その凹み方もおかしい……と首を捻る。
すると、履帯の隙間に手を突っ込んだバルタは……土塊の手が着いた腕だけを引っ張り出した。
「ゴーレム?」
呟くバルタ。
ヴィーゼはモット後ろを確認した。
「尾橇にゴーレムが居ない」
また落ちたのか?
しかし、バルタの手には腕……。
「撃たれた時に、ゴーレムが体を投げ出したみたいだよ」
エレンは説明してくれた。
それを見ていたのはネーヴだった。
エレンに言われて説明を始める。
スチュアートが砲を向けた時……尾橇に座ってたゴーレムが履帯に飛び移って、砲塔の後ろにまで移動した。
その時に着弾したらしい。
モロに受けたのはゴーレム。
その体が車体に叩き付けられたけど、砲弾自体は上に逸らされた感じに見えた……のだそうだ。
そして、また指を指す。
離れた草原にマリーや元国王がシャガミ込んで何やらしていた。
よく見れば……そこにはゴーレムの胴体の下半分が転がっていた。
「庇ってくれたのか……」
唸るバルタ。
「代わりに受けてくれたのね……」
泣きそうな声になるヴィーゼ。
「でも……どうして?」
バルタはまた唸る。
「そこまでの知能は無い筈なのに……普通の市販品でしょう? パトが最初に拾っただけのゴーレムの筈」
「それだけどね……ヤッパリ行動がおかしいって今調べてる所」
元国王とマリーがそれを見ている理由か。
ヴィーゼとバルタは戦車から離れて、その二人に合流した。
「これね……」
マリーは壊れたゴーレムの下半身の一部を指差している。
その指した先には、赤い色をした小さな結晶の粒が見える。
大きさは飴玉くらいのサイズだ。
「どう見ても魔結晶に見えるな……」
首を傾げる元国王。
「市販品には有り得ないのだが」
と、唸る。
「ねえ……このゴーレムはどうしたの? 何処で手に入れた?」
マリーは近付くバルタに尋ねている。
「ダンジョンで初めて戦車戦をした時にパトが拾ったヤツなんだけど……うちで一番に古いゴーレム」
「拾ったとは?」
「敵の対戦車砲を引っ張ってたヤツだと思う」
その説明に頷いた元国王。
「なら……ヤッパリ普通の市販品じゃな」
まるで、見に覚えが有るようにも見えた。
「となると……このゴーレムは進化した?」
マリーが土塊を崩しに掛かる。
「あ! ここにも」
少し掘った場所にも赤い結晶。
「有り得ない位置じゃな……普通はそんな所にバラバラと仕込まんぞ」
市販品で作ったとしての話だろうか?
でも、そもそも市販品にはそんな結晶は無いと言っていたのに。
「やはり、自然発生と見るべきか」
唸る元国王。
「そんな事……ある?」
首を捻るマリー。
「もしかすると……パトのせい?」
そこに、やって来たエルが口を挟んだ。
「パトは、モノに宿った意識を読んでいたから……読めるって事は何か有るのだと思うのだけど」
「なるほど……ヤツの能力か」
フムと考え出した元国王だった。




